第700話 忙しい最中の一息
「どうだったの?」
リズの心配そうな顔に、頭を撫でて答える。
「大丈夫。廃案には追い込めた。税は納めないといけないけど、織り込み済みだからそれは大丈夫。問題は……」
「問題は?」
「塩ギルドの調査が始まった。『リザティア』だけなら前例が無かったから調査の手は伸びなかったけど、流石に既存客に影響が出ると分かるみたい」
「塩ギルドって塩を販売しているところだよね。凄く注意していなかった?」
「うん、警戒してた相手。ただ、まだ調査だから出方が分からない。商工会とも調整がいるかも」
「ふふ。だから、顔が固かったの」
リズが告げながら、そっと頬を挟んで微笑む。
「大丈夫。皆がまた頑張るから。ヒロは落ち着いていたら良いよ」
その言葉に肩の力が抜けて、ほっと溜息が出る。
「リズは凄いよ。本当に」
そんな事を言いながら横を見ると、飽きたのか、アーシーネがタロの顔を挟んで小首を傾げて遊んでいる。真似っこごっこっぽいがタロは遊んでもらえていると思って大人しくハフハフしながらしっぽを振っている。
『あたらしいあそびなの!!』
『じゅんばん!!』
ヒメも後ろで伏せながら、しっぽをしぱたんしぱたんしているのが微笑ましい。昼過ぎから始まった臨時議会もその後の報告会を合わせても夕方間際には終わった。外はまだまだ夕暮れには遠い。
「さて、アーシーネやブリューも連れて散歩にでも行こうか。ペールメントに庭を教えてもらおうよ」
「うん。楽しそう」
「いく!!」
リズとアーシーネの嬉しそうな顔を見ながら、リードを取り出してタロとヒメを繋ぐ。嬉しそうなタロとヒメにペールメントの所まで案内してと伝えると、きりっとした表情でクンクンブルドーザーが始動する。部屋から勝手口を抜けてはしゃぎまわるアーシーネと途中で合流してアーシーネのお世話をするブリュー。色んな興味を引く草や花に翻弄されながらも徐々に庭の中心に近づいていくタロとヒメ。
「ふふ。ゆっくり時間が流れるね」
リズが柔らかな表情で呟く。
「ずっと忙しかったからね。ごめんね、中々時間が取れなくて」
「ううん。分かっていた事だし、きちんと時間ももらっている。楽しいよ」
何だか熟年夫婦みたいな会話だなと思いながら、夏の草花の濃い緑の香りを楽しみながら、藪を抜け、丘の方に歩いていくと、狼達の集団と庭師が見えてくる。
『あら? あそんでいるのね。いいわ。なかがいいのはいいことよ』
ペールメントがウォフゥォフと鳴くと、タロとヒメがてーっと走ろうとしてぐえっとなる。リードを外すとててーっと周囲の狼に挨拶を始める。ペールメントも初めてのブリューの匂いを嗅いで挨拶をする。
『このこもにたにおいね。ふしぎよ。でもおもしろいわ』
そんな交流をしていると、藪がかさりと小さく鳴った瞬間狼の群れが動きを止めて耳を立てる。かさっとウサギが顔を出した瞬間、ペールメントがクフみたいに小さく喉を鳴らし、それに呼応するかのように群れが大回りで藪を囲むように走り出す。一拍開けてウォっと短い鳴き声でタロとヒメがてーっと正直にウサギの方に向かう。その物音を察知したウサギが身を翻し、藪の中に駆け込んでいく。タロとヒメが藪をガサゴソとしている間に、遠くの狼がォォーンという遠吠えを響かせると、それを聞いたタロとヒメがちょっと落胆したようにとぼとぼと返ってくる。群れが戻ってくると、一際大きな狼がウサギを銜えている。狼の顔より大きな丸々太ったウサギだ。
『すねないの。よくやったわ』
タロとヒメがペールメントの元に戻ると、ペロペロと舐めて慰められる。ペールメントがウサギを引き裂き、内臓に軽く口を付けると、先程の大きな狼が近付き、貪る。暫くすると、ヒュイみたいな呼吸音をペールメントが鳴らし、タロやヒメを始め、狼達が近付き相伴に預かる。
『ふぉぉ、うさぎなの!! うまー』
『きょうどう!!』
鮮やかな狩りの手並みに、思わずペールメントを撫でると、目を細める。
『きちんとやくわりをあたえられて、こうどうできる。いいこよ』
親代わりと分かっているのか、私にタロとヒメの評価を教えてくれる。血塗れの口元をタロとヒメがお互いグルーミングし合ってからハフハフと嬉しそうに戻ってくる。
『うさぎとるの!! すごいの!!』
『ぱぱもすごい!!』
ウサギを取った事を褒めて欲しいのと、私が毎食用意している事に驚きながら感謝しているようなので、わしゃわしゃとタロとヒメを撫でてあげる。すると、いつの間にかペールメントと周囲の狼達も集まってきていたので、リズとアーシーネ、ブリューで手分けしてわしゃわしゃしていく。何故かアーシーネはもふもふに包まれてひゃーっという状況になっていたが、毎度の事なのでご愛敬だ。
「タロもヒメもいつの間にか大人になっていくね」
「うん。きちんと育ってくれて嬉しい。その内、ヒロのところの英雄物語みたいになるかな」
うん、きっと今なら猿ともキジともお話し出来るし、キビ団子はいらなそうだ。
「取り敢えずはアストさんと一緒に狩りかな」
そんな温かなひと時を過ごしていると、庭師が手を振りながらこちらに近づいてくる。茜に染まった中庭での夢のような時間は終わりを告げて、夕食のようだ。




