第693話 ロスティー再び立つ
「後ろ盾は……無い……筈……なんだけどね」
ノーウェが若干弱ったように告げる。
「女性なら生家が影響を及ぼすのではないのですか?」
私が問うと、ロスティーが口を開く。
「過去は保守派も影響を持っていた故な。元々は保守派の侯爵が後ろ盾だったが、今では家自体が存在しない。現状では、王家派が面倒を見ておると言うのが現実だ」
「うーん……。では、この問題はまず陛下の動向が決まらなければ、何も始まらないと?」
私が聞くと、二人が瞑目し、渋々こくりと頷く。
「分かりました。そろそろ初の収穫の準備です。もし私が出なければならないような事態となれば、竜を使います。出来れば早めにご連絡を頂ければと思います」
「すまないね。この問題に関しては、手を焼いているところだから。なるべく君に影響を及ぼさないように話は進めるつもりだよ」
ノーウェの言葉に頷きを返し、席を立つ。泥縄な対応になっているのは分かるが、結局は肉親の情か女性の情、どちらかが問題なのだろうなというのは理解している。ただ、どちらにしても解決策は存在しないだろうな。恨みの念は一度抱くと、解すのは難しい。だから、誰かを殺したりするのは好きでは無かった。それでも、国の為を思うのならあの瞬間しか無かったし、この状況は想定された範疇だ。大人しく甘受しておこう。
若干沈痛な思いを抱きながら割り当てられた部屋に戻ると、丁度リズも部屋に戻って来たところで部屋の前でばったりと会えた。
「お婆様とラディアさんはどうだった?」
「ふふ。孫と娘が二人になったって大喜びだったよ。ずっと男の子しかいなかったし、結婚も中々しないからちょっとやきもきしていたみたい」
「そっか。喜んでもらえればなによりだったね。でも、ノーウェ様って末っ子だったよね。お兄さんより早く結婚するのは大丈夫なのかな……」
「うん、それは大丈夫だって。お兄さん達はまだ仕事に集中したいんだって。家族を持つほど余裕がないって言ってた」
「軍の将ともなると忙しいか……。それでも、引く手数多だと思うんだけどね」
「ふふ。お婆様も少しだけ心配していたよ」
状況をリズに聞いていると、飽きたのかアーシーネがソファーにぱたりと横たわる。
「アーシーネはお婆様とどんなお話をしたの?」
「うー? どんなくあしだったの、とか?」
どうも竜としての生態を尋ねられたようだが、『リザティア』での生活を伝えたらしく、それはそれで幸せそうと言う事で喜んだらしい。
「お婆様も小さな女の子が身内になる事はなかったようだから。見ているだけでも幸せそうだったよ」
リズの言葉に心が少しだけ温まる。急な移動で疲労もしているだろうペルティアが少しでも心慰められたのなら良かった。
そっとアーシーネの頭を撫でていると、ノックの音が響く。食事が出来たと言う事で、皆で食卓を囲む。仲間達も警備との話は終わったようで食卓に着いている。
「前の訪問と何か変わっていた?」
「大分厳重に警戒していますね。襲撃の件もあると思いますが……」
ロットの言葉に、斥候組が小さく頷く。
「安心出来るなら良い事かな。何かあったら、フォローするように動こうか」
そう告げると、仲間達が同意を返してくれる。万が一の場合の協力体制に関しては、ロットを主体に警備の方と既にまとめてくれたようだ。その辺りの報告を受けながらの食事となった。
食事が終わるとお風呂と言う事で、ロスティー、ノーウェと一緒に簡易小屋の方に向かったがいつの間にか隣にも小さな小屋が出来ていた。中を覗くと竈と手押しポンプ付きの井戸が設置されており、薪が棚に並べられている。
「君がいなくても湯船に浸かれるようにと、父上が整備したようだよ」
「まだまだ珍しいのでな。『リザティア』の歓楽街を知る人間からは好評だな」
今日は私の水魔術で入れた熱めの湯に三人で入りながらそんな四方山話に花を咲かせる。
「『リザティア』の訪問者も増えましたか?」
私が問うと、二人が少し困ったように笑う。
「本人が最も分からぬものか……」
「西側に行く商家の人間は確実に経路だしね。豪商の人をこの屋敷で持て成す機会というのもあるから」
「それでも、ロスティー様は空けてらっしゃいますよね?」
「付き合いのある人間が来れば、儂がおらずとも泊める機会はある故な。まぁ、この風呂そのものが目的の者もおるだろうな」
苦笑を浮かべながら、ロスティーが話す。
「喜んで頂ければ幸いですが。そろそろ食文化の方も波及の時期ですね。調味料の製造の算段もつき始めましたし」
「乾物以外にも広めるのかい?」
「はい。今までお出ししていた味噌に合わせて、液体の調味料なども作っています。これも淡い味を楽しめます。出汁と合わせて使って頂ければ風味の違う味が楽しめると考えます」
「ふむ……。塩だけではないか……」
「はい。塩を使っての加工品も含めて少しずつ浸透を図るつもりですね」
私がそう告げると、ロスティーが考え込むように黙る。
「ロスティー様?」
「将来……の話ではあるがな。ノーウェを辺境伯として、中央から東一帯を任せようと考えておる。陛下とも相談済みだ」
「父上?」
「北は儂、南はテラクスタ、中央から東はノーウェ。貴族の数は変わらず、議会としては過半数を割り込まず、それでも実効支配の範疇は広げる……という話だな」
「それは……。保守派も王家派も望まないのでは無いのですか? 特に保守派の抵抗は容易に想定出来ますが」
「そうでもせぬとな。『リザティア』の躍進が隠せぬ。ひょいと出ている杭は打ちたくなるのが人情であろう?」
そう言われると、何も言えない。
「まだまだ先の話だ。ただ、出来れば東に要は置きたいというのが陛下との共通意識ではある。ダブティアの外交に関して、責を持つ人間が一律に管理出来る環境を整えたいとの話だな。ノーウェを表に出して、『リザティア』はあくまでノーウェの管理と思わせねばならぬ日がこよう」
「それは……今ならばロスティー様が王の係累だから出来る……という話ですか?」
「うむ。それに十年の猶予をもらった故な。ペルティアとも話したが、使うと決めた。この十年でワラニカをより豊かにし、将来につなげたく思う。その為の楔を打つ」
ロスティーが湯船から顔を上げて、真摯な瞳で見つめてくる。
「アキヒロ、現状は面倒をかけてばかりとは思うが、最終的に守ってくれるのは国となろう。どうか、儂らに守らせてはくれぬか?」
面倒は前王妃の話か。開明派という組織が腐る事を厭わず、実権の部分で過半数を握る決意をしたのはロスティー自身に十年の猶予が出来たからか。それを決意させたのは私か……。
「分かりました。少なくともリズとの生活を守るのが私の役目です。今後ともよろしくお願い致します」
もう店仕舞いを考えていたロスティーがもう一仕事を考え始めたのなら、国そのものが動く大事となるだろう。そうなれば、面白そうな事も増えそうだ。まぁ、退屈はしないだろうなと思いながら、将来の設計を少し修正し始めた。




