第690話 レイの決断
単行本の第二巻の発売が決まりました。
発売日は三月三十一日となります。
今回は書下ろしで、タロの前日譚も載せています。
どうぞよろしくお願い致します。
「領主様」
「あぁ、レイ。ご苦労様です」
振り向くと、挨拶を終えたのか少し疲れた表情のレイが立っていた。
「しかし……驚きました……」
テーブルの対面にかけたレイが口を開く。
「軍に長く滞在する将官に若返りのアーティファクトを褒賞として渡すというのは慣習のようですが……」
「どれ程に長くとも三年程度です。はぁぁ……もらっておきながら恐縮ですが十年は破格かと考えます」
ほぅと息を吐きながらレイが呟く。
「ダンジョン探索が思いの外うまくいったので。駄目でしたか?」
「報いて頂く気持ちはありがたく思います。しかし、億単位で取引される品をもらうという機会が無かったので、驚きと戸惑いの方が強いですね」
苦笑を浮かべながら、レイが薦めた杯を呷る。
「物品など、また集めれば良いだけです。しかし、人材は何物にも代えがたい。レイは十分以上に仕えてくれていると思いますよ。総数で考えれば四千からの人間を管理している訳ですから」
『フィア』へ詰めている人間も含めれば、軍関係者は四千を超える。領内の人数を考えれば私を除き、最も管理している人数が多いのはレイだろう。
「何もかもが破格……ですね。ダンジョンに向かわれたのは存じ上げておりましたが……。なるほど、ダンジョン行きそのものの目的がこれでしたか」
「正解です。どの程度の品が出るかは分からなかったですが、やはりより長く共に働ければと思えばこれしかないかなとは思っていました」
「十年……ですか。子供も独立し、孫もほぼ独立しました。十年延びると考えれば、曾孫ですか」
「ご家族はどちらに?」
「ロスティー領にお世話になっております。ただ、ノーウェ様と絡む事が多かったので、かなり南の方ですね」
やや懐かし気な表情で語るレイ。
「軍の編成も終わりましたし、一度休暇を取られてはどうですか? 十年規模となればご家族と相談も必要になると考えますが」
「いえ。家内ももうおりませぬ。それぞれが独立している状態で私が少々変わっても大きな問題にはなりません」
「そうですか。私の思いとしては所属を縛るというよりも、レイが長生きしてくれる事が喜ばしいと。それだけです」
微笑みを浮かべ杯を傾ける。ことりと杯をテーブルに置くと、珍しくぽかんとした表情のレイが見える。
「それ……だけですか?」
「あまり物や地位で人を釣るというのは好きでは無いのです。まぁ、心が揺れている人の後押し程度に使う事はあるかもしれませんが。今回は純粋にレイの力が将来失われるのは人間の、人類の損失だとは思っています。それが物や金程度で解決するなら、儲けものでしょう」
そう告げると、レイの顔がくしゃりと苦笑に変わる。
「程度……なのですね。やはり見ている視点が違いますね。分かりました」
「では?」
「はい。使った後は若干期間体調が不調となりますが、近々に問題が起こる予測はありません。使うなら今しかないでしょう」
それを聞くと、嬉しくなって自然と顔が綻ぶ。
「私も未熟の身。出来れば支えてもらえるとありがたいです」
「未熟などと。いや、そうですね。領主様は未熟を補える人でした。我が忠義は御身に」
そう告げるとレイが晴れ晴れした表情で立ち上がる。
「出来ればどこかでお時間を頂きたく。旅路の約定を果たす時が訪れたのでしょう」
んー? あぁ、『リザティア』の下見に来た時のお風呂話か。
「分かりました、近々にでも。今後ともよろしくお願いします」
「それでは、失礼します」
こくりと一礼し、きびきびと去っていくレイ。総司令官の年齢問題はこれで解決かな。十五年は長いと思っていたけど、軍周りをレイに任せられるなら大分やるべき事は軽減される。内政に集中出来るのはありがたいなと、杯を傾ける。
ここからは雑多な人間達の訪問を受けてのやり取りが続く。飲んで飲んで呑んでの世界なので、正直覚えているのがやっとだった。
「総員、傾注。解散!!」
レイの声が響く頃には、テーブルに突っ伏さないで座っているのがやっとの状態だった。仲間達も似たような感じだ。ドルだけは平然とした顔でロッサの世話をしているのが頼もしい。
「リズ、大丈夫?」
「うー、なんとか平気……。ヒロ、大変そう」
「景色が回り始めているから、ちょっと駄目かも。大分抑えていたけど、挨拶来られる数が違ったー」
ふわふわとしか感覚を得ながら、周りを見渡すが、フィアは上機嫌でロットに構っているし、ティアナは事務作業が終わったカビアに絡んでいる。リナは落ち着いている感じだけど、チャットとのボディタッチが増えているので、あれ、絶対に酔っている。まぁ、レイもロットもカビアも抑え気味に飲んでくれているので、何か起きても問題は無いだろう。
兵に関しては、年配の人間は帰宅するか兵舎に帰るし、若手はこのまま歓楽街で二次会らしい。マジみんな元気だ。歓楽街の飲み屋さんに関して、絶対に本日の売り上げは尖がるんだろうなと思いながら、テスラを呼んで馬車を用意してもらう。さて、帰ろう。わが家へ。うー、この状態で馬車に乗ったら酔うかも……。




