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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第三章 異世界で子爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第688話 領軍設立式典

単行本の第二巻の発売が決まりました。

発売日は三月三十一日となります。

今回は書下ろしで、タロの前日譚も載せています。

どうぞよろしくお願い致します。

 館全体に潮騒のようなざわめきを感じて目を覚ました。式典に向けて、領主館の中でも皆が動き始めている。時計を見るといつも起きるのよりかなり早い。ふわと小さく欠伸をして窓を覗く。まだ曙光の頭も出ておらず、薄明かりが濃い藍色の空を照らしている程度だった。空には雲一つ見つける事は出来ない。昨日の雨が嘘のような晴天だ。八月九日は晴れと。

 戦場という表現も生温い厨房に出向き、何とか手伝いの侍女を捕まえて、タロとヒメの食事をもらってさっさと退散する。こんな忙しい時に内輪で格好をつけるつもりもないので扱いに関しては何も思わない。式典の成功の方が余程に大事だ。でも料理長もイノシシのロースの部分を残してくれているのできちんと目配りしてくれている。いつも通りタロとヒメを起こしてご飯をあげる。昨日アーシーネと心ゆくまで遊んだからか、落ち着いた感じでご飯を食べて、今は大腿骨を後脚でけしけししながら噛んでじゃれついている。

 ベッドのリズはいつものように可愛らしい寝息を立てて眠っている。軽く口付けるとふわと目を覚まし、柔らかい笑みを零す。


「おはよう。今朝は素直に起きたね」


「ん。ふわぁぁ……。昨晩は涼しかったからかな。よく眠れた気がするよ」


「寝汗も殆どかかなかったし、逆に夜中ちょっと冷え込んでいたから、窓を閉めたしね」


 そんな会話をしながら、すとんとベッドから抱き下ろす。


「式典だし、体を温めがてらお風呂にでも入ろうか。石鹸まではいらないけど、正装するなら綺麗になっておきたいかな」


「分かった。声かけてくるね」


 リズがしゅぴーっと扉から出るのに合わせて、私も浴場に向かって準備をする。タロとヒメは昨日の晩入ったから良いかな。夢中で大腿骨にむしゃぶりつく二匹を部屋に残し、戻ってきたリズと一緒にざっと湯船を楽しむ。起きたのが早かったのもあるので、朝ご飯には余裕があり、窓からのそよ風を楽しみながらゆっくりと火照った体を冷ましていく。


「式典は人員交代の時間に挟むんだよね」


「うん。夜番の人には申し訳ないけど、ローテーションは調整したしね」


 つらつらと話をしながら、侍女の声に導かれ食堂に向かう。朝ご飯の場では式典の式次第の最終確認を行い、そのまま皆が各部隊の統制へ向かっていく。私はカビアと報告が来ている内容で最終調整を行っていく。と言っても、お昼の懇親会の準備や、本日警護を任せている冒険者ギルドの最終報告に合わせての調整程度ではあるが。

 さくさくと雑務を済ませていると執事に声をかけられる。熱中していて気付いていなかったが、七時も回っているので、歓楽街の北、練兵場まで急ぐ事にする。

 馬車に揺られながら式次第を最終確認しながら、演説内容を頭の中で通しで流していく。正直式典なんて好きじゃないというか、嫌いの部類に入るが節目節目で行っておかないとそれはそれでメリハリがつかないので頑張るしかない。同乗しているカビアは苦笑しているが、余程に嫌そうな顔が浮かんでいたのだろうか。


 練兵所の指揮棟を上り、テラスに出ると練兵場内に整然と並んだ兵達の姿が見える。眼下には三千五百程の兵が並んでいる。どうしても外せない人間もいるし、『フィア』の兵士もいるので全員と言う訳ではないが、これだけの数が整列した姿は圧巻だ。まだ式典開始前と言う事で弛緩した雰囲気の中、ざわめきに包まれている状況でも緊張を感じる。はぁと息を吐き、丹田に力を込めて右手をそっと上げる。


「総員、傾注!!」


 独特の抑揚で発せられたレイの指示が練兵場に響いた瞬間、あれだけのざわめきが引いていく波のように消え、(しわぶき)一つない無音の空間が生まれる。その無音自体が音を奏でそうな練兵場の中で、楽師隊が静かに軽やかに演奏を始める。軽やかな旋律から重層な響きに変わる行進曲が奏でられた。余韻の中テラスの壇上に登る。登壇した瞬間、無音の中視界が一斉にこちらを向く。そこに物理的な圧力を感じながら、胸を張り直す。見えない程度の溜息を一つ。


「諸君」


 腹筋で発した言葉は、無音の頭上を抜けて、練兵場の壁に当たり、隅々まで拡散するのが分かった。


「諸君」


 兵達の目には何が映っているのかとふと見つめる。虚無も熱狂も嫌だなと思っていたが、いうなれば静かな熱意といったところだろうか。期待度の高さはありがたい。


「諸君」


 すいと息を吸う。


「今日、この日。アキヒロ領は新しい日を迎える。八月九日、この美しい晴天の下、この日を迎えられる事を私は誇りに思う」


 朗々と及第点を出しても良いかなと思える出だしだ。


「早い者なら半年、遅い者でも一月。皆、長きにわたる訓練を経て来た(つわもの)と私は確信する」


 静かな熱意は自負に彩られる。


「諸君らが苦しみに耐え、愛を以って仕える地『リザティア』は本日この時を以って、新しい剣を得る。私は本時刻を以って、アキヒロ領軍の設立を宣言する」


 私の言葉を追うように、レイが時刻と領軍設立を叫ぶ。それは各隊長に波及し、練兵場に波涛していく。


「その忠勇を今後も期待する。また、今回の領軍設立における貢献大と判断し、総司令官には褒賞を準備している。レイ」


 声をかけると、きびきびとした動きで、テラス正面の階段を上ってくるレイ。壇の下まで来ると美しい敬礼を見せ、動きを止める。その姿は彫像のように揺るぎないものだった。


「領軍設立における貴官の功績と尽力は余りあるものである。よって本時刻を以って正式にアキヒロ領軍総司令に任ずる」


「はっ!!」


 今までは仮の軍、仮の総司令だったが、これを以ってレイが正式に総司令に就いた。


「また、別途褒賞とし、十年の若返りのアーティファクトを授与する」 


 そこまで統制が効いていた兵達の息を呑む声が潮騒のように広がる。(うん)億ワールだもんね。個人の褒美には大きいけど、働けばそれだけの褒美が出ると分かってもらえればありがたい。

 レイが腰の剣帯から鞘ごと剣を外し、自らの前に置く。片膝を付き、頭を下げたまま両手を前に差し出す。私は壇上から降り、そっと木箱を両手に乗せる。


「お聞きしておりませんでしたが?」


 そっと呟かれるレイの声。


「使うも使わないも自由。後で相談しよう」


「敵いませんな……。畏まりました」


 短いやり取りの後、深く一礼をしたレイが感謝の言葉を述べ、兵達の方に振り返る。にこやかに大きくレイが手を振ると、兵達が大歓声で両手を上げる。この辺りの喜びの表現は黙認するのが慣例らしいので、落ち着くまで壇上でぼへーっと待つ。ちょくちょく精力的に現場にも顔を出しているし、きつくても無理無茶は言わないこの老兵を現場の皆は愛している。その愛すべき人間が賞された事に、純粋な喜びを爆発させているのはとても嬉しい事だろうなと。

 やや落ち着き始めた辺りを狙い、両手を差し出し抑えるようなポーズを取ると、場は再度静粛な雰囲気に包まれる。ただ、先程と内包される熱は全く別物だ。現金な物だなとは言わない。ちょっと苦笑が浮かびそうだけど。


「これをもち、領軍設立式典を閉会する。尚、この後に関してはレクリエーション、懇親会となる。羽目を外すなとは言わんが、最低限の節度は保て、以上」


 私が踵を返してテラスから消えた瞬間、背後から爆発のような歓声が響いたのは言うまでもない。

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