第685話 にじゅうよじかんたたかえますか?
単行本の第二巻の発売が決まりました。
発売日は三月三十一日となります。
今回は書下ろしで、タロの前日譚も載せています。
どうぞよろしくお願い致します。
「やはり、今は塩でしょうか。塩ギルドの対象にならず、税もかからない塩を売る事がまず第一だと考えます」
ティルトの答えに首を傾げる。あれぇ、いきなり保守的な答えな気がする。何があったんだろう。
「えぇと、塩に関しては放っておいても売れると思います。わざわざ行商のコストをこちらが持たなくても、納品に来た行商人がそのまま塩を積んで帰るので、売り込みの必要はないですよ?」
ティルトに答えると、若干残念そうな顔になる。
「しかし、帳簿を確認しましたが原材料費と人件費の割合に対して最も利益が上がるのが塩です。現状では国内にしても搬送先は限定的です。もう少し積極的になっても良いかと考えます」
確かに利益率で考えれば最も効果的なのは塩の増産と売り込みだけど、営業が必要なほど難しい商材では無い。
「塩に関しては、現在塩ギルドが黙認しているためこの売価を維持しています。今後どのような動きが生まれるか分からないので、あまり積極的に投資する気は無いです。また、テラクスタ伯爵閣下より船を移譲頂けるよう話を進めています。この話が進めば海運での大規模搬送も可能になります」
船の件はまだフェン達商工会にも伝えていなかったので、しょうがないのかな。いつになるかは船の製造期間にもよる。頼んだ時期を考えるとそろそろだとは思うが、まだテラクスタの方から連絡が来ない。
「なるほど、塩の方は動かれていたのですね。分かりました。手押しポンプの利権はノーウェ伯爵閣下、リバーシはロスティー公爵閣下ですか。となると、今後市場規模の拡大を狙えるのは海産物の乾物でしょうか。スープの下味を作れるというのは大きいですし、原材料費を考えれば破格と言える値段で売れています」
昆布とかかな。あれも人魚さん達が収穫から干す作業まで一貫して実施してくれているので、人件費くらいしかかかっていない。積載量もかなり稼げるので行商向きではある。ただ、出汁の取り方の説明が難しいので、中々『リザティア』で味わってみた人しか買ってくれないというネックはあった。
「干した貝やイカなどもそうですね。適切な調理法を教示しながら広めていけば海の産物に馴染の無い村々でも売れるとは考えます」
「調理法が不味ければ生臭さが出たりします。その辺りはどうしますか?」
「出来れば料理人を一緒に連れて行きたいですね。修行の一環として出して頂ければ、材料のある限り商圏を広げながら調理品を試供品として提供していきます。その調理法も併せて販売すれば利益は十分以上に上がるかと考えます」
ふむ。売るだけじゃなくて、味わってもらってと言う事か。地元の食材を使って新しい料理が生まれるかもしれない。そういう食材を逆輸入して『リザティア』に利用するのもありか……。
「地物の食材を『リザティア』に持ち帰る事も考えているんですね」
「はい。空荷で帰るのは無駄ですので。どこにどのような食材があるかの情報が共有出来れば、今後の輸入計画も立てやすくなります」
ティルト側の考え方も同じだし、きちんと終始一貫して物流は考えているか。
「分かりました。その方針は支持します。まずは近隣から広げていきましょう」
「畏まりました」
でもこれって、ティルトじゃなくてもいけそうな気がするが……。ティルト自体はどうするんだろう?
「あぁ、疑問の表情も理解出来ます。この方針は『リザティア』に懇意な行商人を集めて、商団を作ります。私は貴族の館の設計の部分から提案をしていこうかと考えます」
ふむふむ。家の中に手押しポンプの井戸を組み込んで、家事を一気に省力化するとかそういう事か。
「開明派には顔が売れているので、その辺りの話は比較的楽に進みそうですね。特に重点的に扱いたい商材はありますか?」
「冷蔵箱の製造を少しずつ強化してもらいたく考えます」
ふむ。商工会にプレゼンだけはしておいたが、水魔術士が必要と言う事であまり受けはよろしくなかったが。ティルトは何を見ているのだろう。
「商工会側としては売りにくい商材という評価だったと思いますが?」
「その為に学校を開くと共に氷屋なんて新しい商売を始められるのでしょう? 水魔術士が増えれば間違いなく派生して売れる商材です。家事の省力化、食材の利用期間の延長。来年の夏を見越して、そろそろ動き出しておくのが良いとは考えます。まずは個人で水魔術士を抱えている貴族層から狙っては行きますが。将来的には庶民層にも普及はしていきたいです」
あぁ、ビジョンは明確になっているか。この辺りは提案が必要なので、ティルトが八面六臂活躍出来る場面も多いだろう。
「他にもネスさんには色々新しい物を開発してもらっていますよ?」
「はい。その辺りの情報は適時『リザティア』に寄りながら吸収していきます。まずは目新しい物を売り込んで『リザティア』の技術力を評価してもらうと共に、『リザティア』と商売をする事の利点に気付いてもらうのが先決ですね」
あぁ、目端の利く人間と話をするのは楽しい。ティルトはあくまで冷蔵箱は入り口に過ぎないと。領主館そのものの建て替えから、『リザティア』の産物によるトータルコーディネートまで視野に入れているか。
「と言う事は、システムキッチンの導入も検討しないといけないかな……。やはり奥様層を攻めるのはどの時代、どの場所でも正道でしょう」
「しすてむきっちん……ですか? それはなんなのでしょうか?」
ティルトの疑問に対して、説明を進めていく。キラキラと輝くティルトの表情。フェンもある程度理解出来る情報になると、ワクワクした表情に変わる。
今後の家の環境はこう変わっていくだろうという話をしているとティルトの顔に疑問が浮かんでくる。
「新型のソファーといい、住環境の改善に関する発明品が多いのが気になっていたのですが……」
「結局一番長くいるのは家なので、そこの環境を整えたいと強く願うだろうという発想で開発の優先順位は決めていますね。また家の雰囲気を司るのは配偶者の方です。長くそこで生活する人が住みやすい、幸せに思う環境を作る事が最も大切だろうと考えます」
そう答えると、感銘を受けた表情に変わる。
「出来ればティルトさんにも目線を変えて、そういう方向性で営業をして欲しいなと考えていますが……。大丈夫でしょうか?」
「はい。非常に納得の出来る話でした。そうですね。まずは今開発されている物品で如何に生活が変わるのか。その辺りを徹底的に確認し、それを売り込む事から始めます!!」
非常に切れのある熱心な返事をして颯爽と去っていくティルト。
「暴走しない程度に手綱を取ってもらえますか?」
フェンに告げるとくすくすとした笑いが返ってくる。
「けしかけたのは領主様ですよ。しかし、そうですね。あの熱意は尊いものでしょう。道を過たないよう、それとなく話をするようにします」
フェンの温かいまなざしに安心し、領主館へと戻る事にする。さて、この世界では初になるのかな? 『リザティア』公認の営業マン、ティルトの誕生かな。




