第683話 聞き耳頭巾ブースト
単行本の第二巻の発売が決まりました。
発売日は三月三十一日となります。
今回は書下ろしで、タロの前日譚も載せています。
どうぞよろしくお願い致します。
食事をしながら昨日の顛末を皆に話す。
「それは……。前王妃殿下の問題ですよね……。そちらをどうにか出来ないのですか?」
ロットが珍しくストレートに言ってくる。確かに、ロスティーの館の襲撃と合わせると二度目だ。堪忍袋の緒の問題もあるか……。
「と言っても、前王妃自身が動いている確証がある訳じゃないよ。誰かが、消極的な前王妃を利用している可能性がある。だから、国王陛下に任せた。真意を確かめてもらって、裏がいるなら決別してもらう」
「本人の意思ならどうしますか?」
「その場合は国王陛下の裁可に任せる。少なくとも、私は現状維持と前王妃殿下の専横が現場に影響を及ぼさないよう動いて欲しい旨を伝えた。後は国王陛下の判断かな」
そう答えると、ふーむと考え込む。話は終わったかなとロッサの方に向く。
「ロッサ、少し早めてしまったけど式典の方、兵の皆は大丈夫そう?」
「はい。ロットとティアナにも手伝ってもらったので、大丈夫です。でも斥候は参加しますが、諜報は参加しないで良いのですか?」
ロッサの言葉にティアナが口を開く。
「顔が知られるとまずい人間もいるから大丈夫」
「某達が別に労うので、今は些末事に囚われず、成功だけを考えるで御座るよ」
リナも頷きながら言うので、ロッサもにこりと微笑みを浮かべる。
「じゃあ、予定より早いけど、物は手に入ったし、やっちゃおうか。王都への移動もあるから明日で良いかな?」
「警邏の調整も終わっているし、一時的に八等級クラスの冒険者にお願い出来そう。ハーティスさん、超面倒くさかった……」
フィアがげんなりした顔で言うと、皆が笑う。
「ん。明日朝から式典と言う事で。兵の皆は参加と言う事でよろしく」
そう告げると、私は席を立つ。昨日の唐突な仕事の所為で処理しないといけない書類が溜まっている。処理が終わったら麦と稲の様子を見に行かないといけない。八月もそろそろ中盤だ。そろそろ穂も出来始めているし、この時期は病気が気になる。それに九月にはもう刈り入れだ。この地で初めての収穫。大々的に収穫祭が出来れば良いなと思いながら、執務室に入る。
書類の整理をしていると、少し遅れてティアナとカビアも入ってくる。
「しかし、国王陛下にお任せするとは……。母親と言う事で手心を加えたりは無いのでしょうか?」
カビアが若干心配顔で告げる。
「そこはロスティー様も国王陛下も為政者だからね……。王権の行使は国王の特権と共に弱みでもある。無茶を通すと道理が引っ込むから。乱用は出来ない。それをやっちゃった報いはきちんと受けないと、王権そのものが揺らいじゃう」
そう答えると、カビアが一旦納得した顔になる。
「後、式典の件、レイには隠しているけど良いのかしら。式次第が若干変わるわよ」
ティアナが少し咎めるように聞いてくる。
「どちらにせよ、兵員をまとめて軍組織を作り上げた功績に対して、恩賞を渡す次第はあるから問題無いと思っているけど?」
「貰う物が物だから……。まぁ、レイなら大丈夫なのかしら」
「驚きはするだろうけど、卒なくこなしてくれそうだね。まぁびっくりするレイの顔も見てみたいって言ったら不謹慎かな」
そんな会話をしつつ、事務作業を終わらせていく。商工会のフェンからティルトの研修が終わったという報告も上がっているので、具体的な方針を相談したくは思うかな。畑の視察が終わったら商工会にも寄ろう。
「後は頼めるかな?」
決裁出来る書類は全て処理したので、席を立つ。カビアには王都行きも伝えたので、前倒し可能な決済が明日から増えるだろうけど、今日はここまでと。小雨がぱらつく中、マントを羽織って畑の様子を見に行く事にした。
馬車に乗り、南門を抜けて畑の方に向かう。小麦の方は青々と茂り背も大分高くなっている。ノーウェの話だと風害が出るほど風は強くないと言っていたので、一旦はこのまま様子見かな。子供達も総出で雑草を抜いている姿が牧歌的で微笑ましい。馬車から手を振ると、皆が手を振り返してくる。
馬車を止めて降りると、駆け寄ってくる男性が一人。農務周りを任せている担当者だ。
「これは領主様。視察でしょうか?」
「はい。何か問題は無いかなと思いまして。初心者のお願いを聞いてもらった手前、気になってしょうがないのです」
「はは、なるほど。麦の方は順調ですね」
水田の方に向かいながら、話を聞いていく。
「発芽率も高いですし、その後の生育も順調です。いつもであれば、集中した場所の生育が遅れたりしたものですが、一様に育ってくれているので、世話は楽ですね」
「病気の傾向などは無いですか?」
「風通しが良いので、その傾向は見えません。このままいけば、予想を遥かに上回る収穫が見込めそうですな」
「数粒は密集させましたがその影響はありますか?」
「現状は無い……と見ますね。ただ分蘖の事を考えると、あまり密集させなくても問題は無いでしょう。穏やかな気候のようですし」
「分かりました。次回は密集率を下げる機材を考えるようにしましょう」
そんな話をしていると、水田に辿り着く。澄んだ水と伸びゆく稲の葉のコントラストが美しい水田が視界一杯に広がる。
「こちらは専門外なので何とも言えませんが、雑草も無いですし、葉も健康そうなので、問題は無いかと思います」
担当者の方もにこやかに報告してくれる。
「分かりました。ありがとうございます。後は私一人でも大丈夫です」
そう伝えると、一礼して担当者が去る。
稲はしっかりと根を張っているのか少々揺るがしてもびくともしない。分蘖も進み、思った以上に太くしっかりと直立している。これならば収穫も期待出来るかなと思っていたら、ひょこっと稲の間から顔を出した鴨と目が合う。
『おなかすいたからたべるー』
物怖じしない感じで、すいーっと稲の間を抜けて、ちゃぽりと顔を浸けては雑草や小さな虫などを食べている。雛達も大きくなって鴨っぽくなっている。元気に育ったなぁと思っていると、ざわざわと頭の中に何か、はっきりとしない情報が入ってくる。落ち着いて集中すると、徐々に意味のある言葉に変換されていく。
『ふやすー、こどもたくさんー』
『おなかすいたー』
『ねるー』
潮騒のような個々がはっきりとしない思考。相手は何かなと考えていると、ふと気付く。これ……稲の声か? 『馴致』が2.00を超えた時にかなり鳥を含めて広範囲の意思を理解出来るようになったけど……。偶々鴨にチャンネルを合わせていたら、混信して気付いたという感じだろうか……。植物の言葉を聞くなんて感慨深いなと思っていたが、ちょっと大事な事に気付く。あれ? これ、品種改良に役立たないかな……。子供を増やそうと頑張っている稲に印をつけておいて、その粒数が多ければ収穫率の良い稲になる。それが子供に遺伝してくれれば、収穫量が増えないかな? 新しい可能性に胸を躍らせながら馬車に戻る。水を抜く直前にちょっと試験的に試してみよう。そう思いながら、お昼ご飯のために領主館に戻る事にした。




