第679話 感情の力
「まずは、この問題の一番根っこの部分に関して、議論した方が良いです。私は、前王陛下を弑し奉る策を奉じました。これは、隣国との関係性を考えれば正しいと考えていましたが、賢王の先読みには遠く及ばない愚策でした。それでも尚、前王陛下が今後の発展を担保にその身を犠牲にしてくださったお蔭で、成りました。ただ、愚策の最もたるところは賢王を失うと共に、遺族の悪感情を残すと言う事でした」
「それに関しては、定例会議の時に述べた通り……」
身内の席と言う事で、ローディアヌスの言葉を右手で遮る。
「ロスティー様の涙を見た時、私は為政者とはかくあるべしと悟りました。ただ、感情と統治を乖離させすぎては、やはり問題は出ます。余裕無き世を統べるために快刀乱麻を断つが如く王権という鋭い剣は必要でしょう。しかし、飲み込み切れない悲しみで人が動く事もまた真であると、ご理解頂きたく思います。我らは泣き、悔悟を食い破ればそれで良いのかもしれません。しかし前王妃殿下にその機会はあったのでしょうか? ローディアヌス様は為政者としてお強い。それ故に、お母様の悲しみ、恨みに行き当らねば、今後同じ事が起きかねません」
一息に告げると、三者三様の表情を浮かべる。ローディアヌスは困惑を、ロスティーは悔悟を、ノーウェは苦笑を。
「ディアニーヌ様の呪い……。いや、試練なのやもしれません。統治は超然となされねば、不平不満の元となるでしょう。それでも、人は情によっても動きます。益無き事であったとしても、その思いが突き動かす事もありましょう。ロスティー様は先日の襲撃の際、傭兵ギルドとの確執の調整というスタンスで対処成されました。今回、ローディアヌス様は王家の威信を揺るがす事態への対処と考えております。ただ、この二件の事件に関して、根は一つ」
はぁと情けなく息を吐き、次の言葉を継げる。
「前王妃殿下が愛する方を奪った私に対する恨みでしょう。私は、為政者たるべしと立った時に、まずは全ての恨みをこの胸の奥の器に留めおこうと考えました。全てを飲み込み、それでも先の、未来のためであったと誇れるようにと。何かを失った人間にも、その損失こそは前に進むための礎になったと伝えるために。それが唯一つの遺族への報いだと考えています」
「母上が……か」
やや視線を下げて、ぽつりとローディアヌスが零す。
「女性的な感情でもありましょうし、ディアニーヌ様の薫陶を受けない人間の考え方でもありましょう。私達は業などと呼んでいましたが、これを斟酌せぬ為政者に人は付いてはこないでしょう」
「アキヒロ……」
ロスティーが眉根に皺を寄せて口を開くが、私は首を振る。
「今回、王家の威信を問題とし、この件自体を闇に葬る話で進んでいます。そうなれば、前王妃殿下の恨みは行き場を失い、より募るでしょう。明確に私を攻撃したはずなのに、結果として現れず、そもそもその事象自体が無かった事にされる……」
「滑稽……だね」
ノーウェが寂しそうに呟く。国政の大きな部分に携わってこなかったが故に、ディアニーヌの薫陶を受けても、一番価値観が近いのはノーウェだろう。
「はい。どのような心情、考えで動いておられるのかは分かりません。ただ、何をしても結果が出ないのは虚しいと考えます」
何故、攻撃してきた側を擁護しないと駄目なのかなとも思いつつ、ここではっきりさせとかないと第二、第三の敵が現れそうな気がしていた。
「では、どう動けと?」
「話し合って下さい。前王妃殿下、母上様と。前王陛下を失った時にどう思ったのか。私に対してどう思っているのか。今後、このワラニカをどう扱っていきたいのか。前王妃殿下はどうしていきたいのか。きっと白黒がはっきり付く話にはならないでしょう。ただ、それは家族が支え、いつか答えを出すべき話です。法律でどうこう出来るものではありません。為政とは別の、人間の感情の問題ですから」
一息に告げると、ローディアヌスがふむと口を閉じ、思案の表情になる。
「何よりも、今喫緊の問題は、そのような不安定な前王妃殿下を利用する勢力が存在する事です。前王妃殿下がディアニーヌ様の薫陶を受けていないというならば、このような企みを誰が描いたか。その者が何を求めているのか。そこを見つけ出す事が先決かと考えます」
「君は……。自身が国権の主より恨まれているのに……変わらないね……」
「あの献策は、それも含めて……ですから。誰にどう思われても良い。ただ、国に住む領民の生活を、未来を希望の色に変えたいと願った帰結です」
その言葉に、ローディアヌスとロスティーが顔を見合わせ、頷き合う。
「ふむ。乾いた為政の世界で摩耗しておったか」
「恥ずかしながら、兄の死に涙した儂が伴侶を無くした前王妃殿下の気持ちを斟酌出来なかった時点で問題であろうな……」
二人がやや苦笑気味に微笑みながら、そっとソファーから立ち上がる。我慢強いのも善し悪しだし、他人も同じく我慢強いと思うきらいがあるのはこの世界の人間の共通項なのかな……。
「まずは、この目論見を潰しましょう。国権の主たる王家の威信。それを損なわぬためにも、現場に泥を被ってもらいます。その上で、一度決めた事なので、私は私で税の納入は行います。これで法の順守という部分も明示されますし、そこからは現場の過ちを正すために、廃案の処理を行わなければならないでしょう」
私がそう告げると、ロスティーが頷く。
「開明派の各員が王家派やその他派閥を連れてきておる。今回は、官僚の暴走という形で廃案処理のみに徹する。過半数は集まる見込み故、こちらで処理は可能であろう」
「母上とは一度、きちりと話はする。王となると決まってからは、王としてしか接する事が出来なかったからな。それでも、此度の件は、家族が済まぬな」
ローディアヌスがやや申し訳なさそうに言ってくるが、緩やかに首を振り返す。
「私の不徳の致すところです。では、出来れば前王妃殿下より実行犯の聞き取りをお願いしたく考えます。開催はいつ頃を想定でしょうか」
「父上のところから鳩を飛ばしたから、遠隔地で八日かな」
「と言う事は八月十五日ですか。ふーむ、一度領地に戻った方が良いですか」
「私も仕事をそのままで出てきたから、帰りたいね……。父上はどうなさいますか?」
「馬車とペルティエだけは向かわせる。こちらで根回しに走るべきであろうな。ここまでお膳立てを孫にさせたのだ。後を引き継がぬ訳にもいくまい。それに王権の部分、王家の在り方を考えるにせよ、実行出来るのは儂かローディアヌス様かであろうからな」
ロスティーが告げると、ローディアヌスも頷く。
「国の問題故、私も叔父上と共に動く事となろう。母上の件は暫し時間が欲しい。悪い結果にはせぬ。それに母上は王家より出すべきであろうしな」
家族の問題なんてしっちゃかめっちゃかになるのが基本だが……。まぁ、お手並み拝見といこうかな。
「それで……叔父上より話があったのだが……」
ローディアヌスがふと、口を開く。
「竜との友誼とは……なんだ?」
あー、うん。報告してなかった。さって、どう報告しようかな……。乗りつけちゃったし、冗談ですとも言えないなと、若干途方に暮れた。




