第678話 意識のずれ
城の中でも最奥の方に向かう。定例議会の際に呼び出されて面会した応接間は一般向けの応接間のようで、親密だったり内密な相手との面会に関しては別の応接間を使うらしい。侍従のノックに室内から応答が聞こえ、扉が開かれる。上品な調度で飾られ落ち着いた雰囲気の部屋だった。広さはそれほどでもない。二十畳程だろうか。幾つかのテーブルを連結して会議室としても使えるようだが、今は片付けられ、部屋の真ん中に大きめのテーブルが置かれ、国王とロスティーが向かい合って座っている。
「来たか。国王陛下より説明がある。座るが良い」
ロスティーに声をかけられ、挟んで両脇に座る。下座の方に座ると、国王が若干申し訳なさそうな表情を浮かべているのが印象的だった。
「叔父上、釈明のため呼んでもらったのだ。この場を親族の場とすると決めたのは叔父上であろうに。そのような呼び方をするならば、ロスティー公爵閣下と呼んだ方が良いか?」
国王が若干表情を緩め、ロスティーに向かって文句をいうと、ロスティーが咳ばらいをして、改めて口を開く。
「ローディアヌス様、我が息子と孫が推参しました。ご説明をお願いします」
「うむ。ノーウェも久しく。アキヒロは定例会議の時以来か。事情は聞いた。国王の立場では説明も謝る事も出来ぬ故、このような場を設けた。まずは、迅速な対応に礼を言う」
ローディアヌスの言葉に、ノーウェと私が頭を下げる。
「竜の件も聞いたが、それは後程だな。経緯は現在調べさせているが、母上の専横の部分もあっただろう。それに対して、筋道をつけて釈明が出来る状態へと動かしてくれている旨は聞いた。ありがたい」
ほんのりと苦い物を浮かべながら、ローディアヌスが言葉を紡ぐ。
「いえ、勝手に動いた事に関しては恐縮の思いです。ローディアヌス様、この件に関してはどの程度把握されておりますか?」
ノーウェが問う。
「叔父上より話は確認した。私としては確認し決裁を出した書状のためその後再び見る事は無かったが。改めて見て驚いたというところだろう。王家の権限で追記出来るが、原則として不可となっている。そのような行いが発生するとも思わぬし、その後の報告も上がらなかった。通常王家の人間がそのように動くのであれば、連携しているものと見做すのであろうな。報告の流れも義務も存在しない。それ故に把握が遅れた形になっている」
「今回の件、前王妃殿下の行いで間違いないのですか?」
「叔父上も私も把握していないとなると、我が子か母上しかおらぬな。子供の印章は私が管理しているので、実質母上であろう」
やや憮然とした表情で答えるローディアヌス。知らない間に身内に勝手な行いをされていたのだ。それは驚くだろう。
「なにゆえにこのような行いを母上が起こしたのかは分からぬ……。益体も無い法律と王家の威信を天秤にかける意味がな……」
他の三人は沈黙するが、私自身はその意味の方が分からない。威信を損なわれる部分に目が行っているので、根本的な部分がずれている。
「あの……。この法律で不利益を被るのは私です。本年度としているので、遡及の対象に含まれるのは私だけでしょうから」
私が口を開くと、三人の視線が集まる。
「不利益……か。あまりに額面が小さいので、それを考える事もなかったか……」
ロスティーがぼそりと呟く。
「いや……ロスティー様。確かに、男爵の税に関して負担かと言われればそこまででは無いですが、それは結果の話です。今回の件は私に対しての個人攻撃の部分はあるのでしょう」
個人攻撃と言ったが、若干当惑を感じる。ノーウェだけは苦笑しているので理解したのだろう。身近な問題の頃は理解が及んでも、大きな話ばかりを対処していると、視線を下げるのも難しいのかな。
「前王陛下を弑する献策は私がロスティー様に行いました。それは公然の秘密です。それが今回の根本の話でしょう」
そう告げると、ローディアヌスが首を傾げる。
「ふむ。人を犠牲にして国益を得るという発想は無かった。それを為すべきと思った事もないな。ただ、罠を仕掛けた状態で、より大きな実りを得るためと父上が仰っていたのは理解は出来る。元々王の座を退きたいという言葉は常であった。それが帰らぬ身になっての話となるのは想定外であったが、父の望みが叶えられるならばと納得はしたが……」
身内の死に対して、感情の発露が薄い。うーん、ロスティーもそういうきらいが若干あるし、ローディアヌスにはかなり強く感じるのだけど。平成日本の命の価値観と、根本的に違う。この世界の帝王学みたいなものの影響かもしれないし、死がより身近にあるためかもしれない。
「その悲しみで、人が動く事に思いが至りませんか?」
私が問うと、皆が考え込む。うーん、このギャップに関しては、どこかで解消しておかないと同じ事が起こりそうだ。ディアニーヌが何を教えているかは謎だけど、市井の人間とのギャップは大きいと考える。リズ達とは認識がずれていない。さてさて、どうやって話を進めていくべきか……。ある種、今回の件に関して被害者は私なんだけどな……。そんな事を考えながら、口を開いた。




