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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第三章 異世界で子爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第677話 古参の去就

 真剣な表情で思い悩むユリシウスの表情がふと緩む。


「在地の貴族に取って、政務は義務でしょうが、私達法衣に取っては生きる術です。ただ、それは誇りをもって挑むべき課題でもあります。私に力があれば、派閥を、侯爵を信じ毅然と対応出来れば良かったですが……。それを出来なかった事に誹りを受けるのは当然でしょう」


 ほのかに浮かぶ苦笑とも諦観ともつかぬ笑み。


「そのような私に過分なお話です。家中も妻と古参の使用人程度です。子供ももう独立しました。はは、昔この仕事に就く時は心躍ったものです。どのような新しい事が待っているのかと。しかし、二十余年仕事をしてきましたが、同じ事の繰り返し。倦んでいたのも事実です。残念が無い訳ではないですが部下に余波が至らぬと言うのであれば、このお話受けたく思います」


「では……?」


 期待に満ちた瞳を向けると、やっと笑みを浮かべてくれる。


「法衣の貴族など、仕事に爵位が紐づいているだけです。口さがない人間は領地の責任も負わず国の益を貪るなどという人間もいます。それでも、国の発展だけを考えて邁進してきたこの人生です。それを、私自身が欲しいなどと……。口説かれたのは初めてです」


 少しはにかんだ笑みを浮かべながら、手を差し出してくれる。


「このような人間を雇う事に反発も出るでしょう。それを呑んで尚、私を、私自身を欲しいと思って頂けるなら、私と妻の身を預けるにふさわしいかと。この身、朽ちるまで努力しましょう。どうか……よろしくお願い致します」


 法衣伯爵ではなく、一個の人間、ユリシウスとしての言葉に、私も自然と頭が下がる。


「いえ……いえ!! そのような事はありません。世の中の悪意など、ひと時の幻です。どうか心安く仕事に専念してもらえるよう、私も努力します」


 こくりと頭を下げ合うと、目が合い、どちらともなく微笑み合う。


「私が法衣になった頃は、ロスティー様が北を何とか平定し、国が固まり始めた時期です。前王陛下には過分に評価頂きました。国を支えるは、一人一人の努力の賜物などと……。あのお方が……国に殉ずるとは……。それでも、ワラニカは民一人一人のために揺るぐわけには参りません。現王陛下も後を継ぎ、必死に努力なさっておられるのは、王都に住む者皆が理解しております。それでもこの揺らぎを契機に自分の利益を求め、内憂に動く者はおります。これも、その余波でしょう。どうか、そのような些事に現王陛下がお心を痛められないように、此度の件は処理したく思います。また、今後はアキヒロ様にお仕えし、ワラニカに少しでも今までの思いをお返し出来ればと考えます」


「ありがとう……ございます」


 万感の思いが胸を突き、絞り出すように感謝の言葉を紡ぐ事しか、出来なかった。二十年以上を一つの仕事にかけてきた人間の言葉だ。重い。それでも、一緒に仕事を出来ればと考えたのだ。きちんと受け止める。


「内憂……ですか。ユリシウス伯、具体的な情報はお持ちですか?」


 ノーウェがそう言うと、ユリシウスが朗らかに笑う。


「もう退くと決めた身です、ユリシウスで結構ですよ。内憂……ですか。王家派は何も考えず盲目的に王家に負担をかけるばかり。保守派は変わる事による変化を恐れ、ただ足踏むだけの存在です。それぞれが内憂ではありますが……。今、一番国にとっての大きな問題は、前王妃殿下でしょうな」


 少しだけ苦い物を混じらせながら、ユリシウスが口を開く。


「アキヒロ様にも関係のある話ですな。前王陛下が身罷られたのはロスティー様一門の陰謀であると。王弟が遂に欲望を露にしたかと、王都では持ち切りでした。面と向かって言うものはおりませんし、開明派にとっては説明を受けて自明の理の話です。それでも既存の益を失った者、変化を嫌う者、混迷に益を求める者にとっては、攻めるべき対象があるのが望ましいのでしょう。ロスティー様の下で今一番益を受けているのは、その孫アキヒロ様でしょうから」


 その言葉に、眉根に皺が寄るのを抑えられなかった。確かに献策はしたが、開明派として、国の先を考えての行動だ。少なくとも、私利私欲として求めたのは自分の家族の身の安全だけだ。実施してからは最大限の益が取れるよう努力したが、混乱を招くのが目的ではなかった。


「憮然となさるのも当然ですが、今は控えられた方が賢明です。人は見たいものしか見ません。私もロスティー様のご説明だけですので、裏が完全に分かっているとは言えません。ならばこそ、毅然となされる方が良いでしょう」


 ユリシウスが温かく、言葉を紡ぐ。


「では、私が退く事を前提とし、現場の調整を進めます。個人的に懇意にしていた者で、今後の体制に向かぬ者もおりますので、それは私の責の下、共に連れて参ります」


 あぁ……。そりゃ、もう二十年以上も現場の長をしていれば、秘書的な人間もいるだろうし、子飼いの部下もいるか。


「はい。はっきりとしたお話は今後と考えていますが、給与に関しても指針としては法衣の方のお仕事であれば、今までよりも多くは出せます。どうか、心残りの無いよう『リザティア』に移ってもらえればと考えます」


 そう伝えると、ユリシウスが嬉しそうに一礼し、さっぱりした顔で仕事に戻っていった。


「急な話でしたが、取り込んで良かったでしょうか……」


 ノーウェに問うと、ふわりと微笑む。


「それは大丈夫だよ。法衣で仕事をしていた人間を引退後に在地の貴族が引き込む事はよくある話だからね。政務の現場と密接に絡む事が出来るし、やはり長年政務を行ってきた知識、経験は大きいから。でも、『リザティア』の法務の幹部なんて、今後を考えれば大きいなんて言うのも烏滸がましい程の利権だしね。法衣伯爵の人生よりは余程楽しそうだけど」


 最後は悪戯混じりに言うので、こちらも軽く微笑みが浮かぶ。


「しかし……はっきりと前王妃殿下……と出ましたね……」


「現場は敏感だからね。父上側で何か情報が無いか期待しようか」


 そんな感じで、今後のユリシウス達の扱いを相談していると、ノックの音が響く。どうもロスティーが呼んでいるとの話なので、ノーウェと二人で応接間に向かう事になった。

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