第672話 ロスティスカ到着
竜の状態でも、人間の言葉は理解出来るというのは前回直接話をしたのでノーウェも知っている。先導する竜に伝えてくれたのか、微妙に進路が変更される。竜達も上空から見ているので、地理の把握は出来ている。道に沿ってではなく、最短経路に沿って飛び始める。
「ヒロ、結構上から見ると、景色も違うんだね」
リズが後ろから話しかけてくる。暫く飛んでいると鬱蒼としていた林が開けて、木々がまばらになり、草原地帯が増えてくる。沼地や湖が点在し、そこから形成される川が北側に伸びている。
「この辺りに都市を作れば良さそうだけど、担当者が……いないか」
「ヒロが増やす?」
「『リザティア』で手一杯だよ。それに飛び地の運営管理は辛いと思う。竜達に頼むにせよ、資材は運ぶ必要があるし。まずは主要都市としての『リザティア』が完成しないと考えられないかな」
「勿体ない気もするけど……」
「それが、今の人間の、ワラニカの限界だと思うよ」
眼下の景色を眺めながら、リズと話す。草原地帯を抜けて岩石が中心の荒れ地地帯を抜けると、また疎らな木々が見え始める。その先に人工物が広がっている。
「あれが、北の領地なのかな」
私が指さすと、リズから頷きが返る。そのまま畑の中に浮かぶ村や町を幾つか抜けて、東北の方角に飛び続ける。一際巨大な町が見え始めたと思ったら、ノーウェ達が速度を緩めて、旋回を開始する。私達もそれに合わせて、大回りに旋回しつつ高度を下げるが、こちらに気付いた町の住人達が慌ただしく動き始めて、兵達が集結し始めていた。殆ど全ての兵が弓を持っているのが見える。このままだと、竜は問題無くても、私達が針鼠になってしまいそうだ。
「これから私が先に降りて、事情を説明してきます。それまで上空で待機、暫くしたら町の外に着陸してもらえますか?」
ベルトを外しながら、ブリューに伝えると、微かな頷きを感じる。
「リズ、きちんと捕まっておいて。私は先に降りて事情を説明してくる」
「えと……。大丈夫……?」
「平気、心配しないで、じゃあ、行ってくるね!!」
そう答えた瞬間、蒼穹にその身を投げ出す。頭から、回転しないように自由落下に任せ、数百メートル程進み、足元より緩やかにホバーを出して直立、そのまま出力を上げて落下速度を殺す。三十階建ての建物くらいの高さで一旦静止して様子を見ると、眼下には驚愕の表情で見上げる人々が見える。その中でも兵が集中している場所、領主館であろう建物の近くに向けて移動しつつ、徐々に高度を下げていく。攻撃されるのは嫌なので、両手を上にあげて、攻撃の意思が無い事を表しながら、兵が空けてくれた空間にそっと着地する。向こうも貴族礼服を着ている人間だとは気づいたようなので、武器は下げてくれている。
「何者か!!」
兵達の上官から誰何の声が上がる。
「ノーウェ伯爵閣下が寄子、アキヒロ子爵です。危急の用件により、ノーウェ伯爵閣下と共に推参致しました。着陸の許可を頂きたい!!」
背中の紋章を見せながら答えると、領主館を防衛していた近衛の中に『リザティア』に来た事のある人間がいたのか、慌ててこちらに向かってくる。
「アキヒロ子爵様!! 失礼致しました。皆よ下がれ。ロスティー様の客人だ。兵は急ぎ隊列を組み、ノーウェ伯爵閣下のお迎えの準備を。伝令!! ロスティー様に伝達。急げ!!」
集合していた兵達が潮が引くかのようにざぁっと各員の持ち場に戻る。
「助かりました。いらぬ騒ぎを起こし、申し訳ないです」
「いえ。お越し頂き光栄です。着陸と仰いましたが、場所はどちらでしょうか?」
「町の外、門の近くを予定しています。東西南北、どちらが望ましいですか?」
「西門が正門です。そちらをお使い下さい。今、迎えを用意しております」
装備を整えた兵達が西に向かって走っていく。ノーウェも正門は知っているだろうし、それを伝えているはずだ。大きく旋回を繰り返しながら、西門へ着陸しようとしているのが見えた。
「ロスティー公爵閣下はいらっしゃいますか?」
「はい。本日は領主館にて政務のご予定です。今は近衛が守っております。伝令が走りましたので、暫くしたら出てこられると思います」
「では、私はノーウェ様と合流しましょう。共に、お邪魔する事にします」
「分かりました。門まで案内致します。迎えの馬車は今、用意しております」
そう言うと、馬を引いてきてくれたが、私は魔術で移動すると告げて、ホバーで浮く。馬上の近衛の兵と一緒に門に向かう。周囲の領民達は、ホバーで移動する私を見ると奇異なものを見た表情を浮かべているが、気にしていられない。慣れない馬より、こちらの方が楽だ。
大通りを抜けて門に辿り着くと、兵達が整列し、貴人の歓迎の準備をしている。丁度着陸直前だったので、そのまま私も着陸現場の方に向かう。ふわりと着陸する三匹の竜達。装具を外し、降りようとするのを近衛兵が手伝う。
「鞍の取り外しを手伝って頂けますか?」
一緒に付いてきてくれた近衛にお願いすると、兵を何名か呼んでブリュー達の鞍を取り外し、荷馬車に乗せてくれる。それを見届けると、竜達が変身する。その姿を見て、門で待機していた商人や領民、兵達からどよめきが生まれる。
「ブリュー、お疲れ様。体調や体力は大丈夫かな」
「はい、大丈夫です」
「ノーウェ様、ラディアさん、慣れぬ旅でしたが、気分を悪くされておりませんか?」
「いや、大丈夫。良い景色だったよ」
「このような経験初めてで、堪能しました」
二人共、晴れやかな表情で告げてくる。リズはててーっと寄ってきて、傍に付いてくれるので、そっと頭を撫でておく。
「びっくりした……。でも、無事でよかった」
そっと耳元でリズが囁くので、誰にも見つからないようにぺろっと耳を舐めておく。
「ノーウェ伯爵閣下、ようこそおいで下さいました。些か慣れぬ事ゆえ、不手際がありました事、お詫び致します」
一緒に着いてきてくれた近衛の人が敬礼をしながら言う。
「構わないよ。こちらも急で驚かせた。通告が遅れたけど、アキヒロ子爵と友誼を結んだ、竜の方々だよ。粗相のないように」
ノーウェが告げると、ブリュー達三人が前に出て、楚々と礼をする。
「竜……ですか。今、目の前で見ましたが、全く信じられませんな。先触れがおりません故、手続きが必要ですが、危急との話ですので、軍令準拠と致します。どうぞ町の中へ」
近衛の人に先導されて、ノーウェ達、私達、ブリュー達の順番で、兵が剣を交差させた歓迎の列を進み、大型の馬車に乗り込む。
「しかし、ノーウェティスカから一時間もかかっていないよね。速度は力というけれど、全く大した力だよ。驚いた」
ノーウェが軽く呆れ顔を浮かべると、少しだけブリュー達がはにかむ。
「一時間……ですか? 失礼、アキヒロ子爵様の旅程はどうなっていたのでしょうか?」
近衛が驚愕した表情で口を開く。
「私が『リザティア』を出たのが二時間ほど前、ノーウェティスカでノーウェ様にご説明した後、そのままロスティスカに向かいました」
結婚式の時、四領軍滞在に際して参加していた近衛兵らしく、旅程は記憶しているはずだ。指折り日数を数えながら、呆れたように天を仰ぐ。
「馬のみの強行軍でも半月は超えますな……。なんともはや……恐るべき力です」
そんな話をしながら馬車に揺られていると、先程の館の前で緩やかに停まる。馬車を降りると、整然と並んだ歓迎の近衛兵の前に立つ、老夫妻。
「よう参った。ノーウェ、それにアキヒロよ。壮健か?」
久々に見る、ロスティーの笑顔だった。




