第669話 議事録の配布と疑問点
『フィア』から戻った私は、隠れつつも内政の方を進める事にした。
『リザティア』が動き始めてからそれなりに時間も経過し、木材がかなりの割合で自給出来るようになった。建材として活用する部分は置換が進んでいる。また、製造工程で出されるおが屑は梱包材や氷室の保冷剤として使用し、端材に関しても木の種類によって破砕し、燻製用のチップとして蓄積、使用されている。そういった再利用の範疇から外れる端材に関して、炭にしてしまいたいなと考えていた。折よく鉄製品の増産を目的として、新造の窯を郊外の丘に建設する計画が動いていたので、それに並行して炭窯も一緒に作ってもらった。
一旦炭にした端材に乾留の際に出るピッチと貝殻を加工した消石灰と混ぜて、圧縮成形した後に、乾燥炉で固めてしまえないかと考えていた。ただ、配合が分からなかったので、試行錯誤をしてもらったが、煙の量が少なく、臭いもそれほど無い配合比率が見つかったので、歓楽街の飲食店など長時間の過熱が必要な場所に提供する算段が付いた。その現物の生産現場を見学している時の事だった。
「領主様、王都よりの伝令より先触れが参りました」
馬に乗った伝令が慌てて窯場を訪れる。
「用件は聞いているかな?」
「定例議会の承認報告と、議事録の配布だそうです」
と言う事は、王家派の人間か。七月に行われた定例議会の議題及び議決内容は国王の承認により、決裁され公布となる。これが大体一カ月程度と聞いていた。
「すぐに戻るよ」
「畏まりました」
伝令に短く返事をして、職人さん達に炭の試験を引継ぎ、領主館に戻る。政務と並行で炭の件や醤油や味噌の製造時間短縮を時魔術で試していたので、何となく王国関係の仕事も久々だなという感じだった。『フィア』とも一日一便、ドラゴンレターを送って、帰りに新鮮な魚介類を折り返してもらうという幸せな状況が生まれ始めている。竜達も海の魚の味に驚き、非常に満足してもらっている。それがモチベーションになって、定期便の順番は結構楽しい行事みたいになっている。高空から眺める海の景色は素晴らしいし、目先が変わって、気分転換にもなるのか、帰ってくると嬉しそうに報告してくれる子ばかりだ。
「戻ったよー。カビア、伝令はまだ着いていないかな?」
「あぁ、お帰りなさいませ。はい、まだですね。年次で定められた報告書の受け渡しですので、家宰権限でも可能でしたが?」
笑顔で迎えてくれたカビアが、慌てて戻ってきた私にやや苦笑気味に告げる。
「まぁ、初めてだしね。初回くらいは私が直接受け取った方が心証は良いかなと思って。泊りはどうしよう。護衛は兵舎だろうし、使者は領主館で泊まってもらうべきかな?」
「そうですね……。温泉宿の方に迎賓館の権限を持たせていますので、そちらで泊まって頂く方が心証はよろしいかと。領主館は内輪のお客様向けで問題無いでしょう。そのために明確にお分けになったのかと思いますので」
「そっか。それなら助かる。夕ご飯はご一緒しなければならないかな?」
「その辺りは、書状の確認が優先ですね。受領証をもらわなければ、帰還出来ませんので」
そう言う意味では、この時期の王家派は大忙しだろうなと。国王の承認状況を議事録と合わせて手書きでコピー、それを各地に配布するんだから。
「では、領主館で受け取り、そのまま温泉宿に案内で良いかな。テディとの連絡は?」
「はい、もう済んでおります。用意は進めているはずですので、後は決裁を頂くだけです」
「ほい、んじゃサイン……と。んじゃ、お願い」
と言う訳で、伝令の本隊が到着するまでと、書類仕事を進める。しかし、味噌も醤油も結構気難しくて、中々時間短縮は難しい。あんまり時間を速めると、呼吸出来ないのか嫌気系細菌が増えて、発酵ではなく腐敗が進む。味噌も醤油も、混ぜながら一日で一週間分を進める程度がぎりぎりのラインだ。それでも、味噌で一カ月、醤油で二カ月弱でそれなりの品質の物が作れそうなので、楽しみではある。後、蒸留酒に関しては結構時間への耐性が強いのか、ぶん回しても腐敗臭とかはしない。一カ月で十年物とかが作れそうではある。
ほけーっとそんな事を考えながら、書類を片付けていると、ノックの音が響く。執事から伝令の到着の知らせがあったので、玄関に向かう。
カビア、ティアナと一緒に待っていると、十六人の護衛に囲まれた馬車が向かってくる。
「初めまして、アキヒロ子爵様。今回使者の任に就きました、ティーティシアナと申します」
政務服を着た文官の女性が優雅に一礼する。それに返礼し、私も名乗る。子爵就任時に新たにもらった割符を合わせて、確認してもらい、まずは受け取りの書類に紋章を押す。これで書類搬送の任務の責任は解かれ、使者の皆は待機状態になる。こちらが確認後、受領証に紋章を押した段階で、責任が使者の方にいく形だ。
「お疲れ様でした。宿の用意は出来ております。ごゆるりと寛いでもらえれば幸いです」
「ありがとうございます。色々な方から噂を聞いて楽しみにしておりました。兵の方に関して、歓楽街への移動許可を貰えますか?」
「はい、それも準備しております。人員確認が出来次第、向かってもらって大丈夫です」
「何から何まで、ありがとうございます。では、失礼します」
嬉しそうにそう言って、ティーティシアナが馬車に乗り込む。執事の馬車を先導に歓楽街に向かっていく。護衛の兵達も兵舎の場所は『リザティア』に入る際に説明を受けているので、そのまま隊列を維持して去っていく。ふむ、思った以上に練度は高い。整然と去る馬群にほぉと感嘆の息を吐きながら、受け取った箱を小脇に抱えて、執務室に向かう。
「んじゃ、カビアとティアナは手分けして議事録の精査を。私は、決裁された議事を追っていくから」
そう告げて、書類の確認が始まる。基本的には、七月の定例議会で可決した内容の決済が並んでいる。その時の議事を思い出しながら、問題が無いかを確認していく。暫く静かな時間が経過した。
「ん?」
私が首を傾げる。
「これは? どういう事でしょう……」
カビアも同じタイミングで議事録から顔を上げる。
「カビア、最後の税収方針の変更って、議事録にある? 議題に上がってなかったよね?」
最後の最後で、今年度税収方針の変更内容が追記されて決裁されていた。内容としては、男爵になった際の免税期間十年の権利を、その期間内に陞爵した際には失効するという内容だった。根拠としては今後の税収の健全化が挙げられているが、議論もしていなければそんな話、議会で提出なんてされていなかった。しかも、実行条件が今年度よりなので、今年陞爵した私は遡及して適応されてしまう。しかもこれ、私に対してのみの個人攻撃じゃね?
「んー? 意味が分からない。健全化も何も、そもそもさっさと子爵になってもらうために奮起する材料としての税免除だよね。こんなの、どんなに税収が上がっても誰も子爵に上がらなくなるよ……。それに、子爵に上がらなければ、親が延々防衛の責任を負い続けなければならなくなる。悪法というより、道理に合っていない……ね」
「議事録の方を確認しておりましたが、該当事項は議事として記載は無いです。ただ、王家から付帯条項として、承認可決されていますね」
分からん。王国法を見る限りは国王の権能に立法権は存在している。ただ、これは危急の際の臨時立法だ。王国法でも特別の定めがある場合を除いて国王でも許されない行為になっている。例えば、戦争が勃発して議会を招集するのが間に合わない場合に、交戦権を行使したり臨時税を発行する場合などが分かりやすい。が故に、税制の健全化なんて名目では発行出来ない。そんなの国王側から議会に議題として提出するべき内容だからだ。逆に健全じゃなければ、臨時議会を開きなおしても良い。んー、何というか、穴だらけだ。これ、ディアニーヌの教育を受けた人間のやるこっちゃない……。
「王家……なんだよね。国王の紋章さえあれば、可能か……。これ、やられたかもしれない……。ノーウェ様、ロスティー様に相談だな。使者の滞在期間の限界が記載されていなかったけど、どのくらい引き止められる?」
「ここは東の果てなので、次が無いため、期限を切っていないのかと思われます。ただ、一般的には火急的速やかに、ですね」
「ふーむ。ブリュー達を頼るか……。ノーウェ様にはちょっと迷惑をかけるけど」
ここはさっさと、連絡、相談だな。ささっとノーウェに相談する事にしよう。私は足早に自室に戻って、侍女にリズを呼んでもらうのと並行して、移動の準備を始めた。




