第666話 鰹探しの旅
一気に急上昇したブリューが安定飛行に入る。魔術の使い方を考えると、羽根は畳んで流線形になった方が良いような気がするのだけど、もしもの時の滑空用に広げて飛んでいるらしい。小さな街道にミニチュアみたいな荷馬車が走っているのが見える。高度としては、千メートルから千五百メートル程度だろうか。高い建物や山も無いので、とにかく見晴らしが良い。ただ、ワクワクしている間は良かったのだが、鞍からブリューの体温が伝わってきて、何だか眠くなる。これは危険な気がする。そんな事を考えていると、海が視界の端に見えてくる。キラキラと青く輝く帯が徐々に広がっていく。
『では、見えるか見えないか程度の手前で降りて、待っています』
そう伝えてくると、徐々に高度を下げながら、着陸地点を探す。くるりくるりと滑空しながらスピードを殺して、最後にひらりと着地する。飛び立つ瞬間から着地まで三十分程度か。四百キロ程度の道のりなので、時速八百キロ程度の計算かな。ただ大分乗っている側に考慮してくれていたし、急いでもいなかった。実際にはもっと早く到着出来るようだ。
「じゃあ、行ってくるね」
そう告げると、ブリューがくいくいと首を上下に振って、頷きを表す。私は、ホバーで道まで戻って、そのまま『フィア』に向かう。残り二キロ程の地点で林が切れた辺りに着陸してくれた。徐々に農作物も増えており、瞳を和ませてくれる。サトウキビも追肥が終わったので、すくすくと伸びている。サーターグルマを導入しようかなとも思ったけれど、水車で圧搾する仕様の方が良さそうかなと。砂糖の生産が完了したら、必需の塩と欲望の砂糖の両輪が生まれる。もう少し、防衛側にも人を割かないといけないかなと、庶民という名の元新兵達を思い出しながら、どうしたものかなと悩む。てくてくと歩いていると、関所が見えてくる。『フィア』と高級リゾートホテル方面への手前に設けた関所だ。
「これは、領主様。先程竜が現れたと報告がありましたが、乗ってこられたのですか?」
「そうです。伝令がどの程度で届くのか確認したいというのもあったので。村長はいますか?」
「はい、テラクスタの方が昨日までは訪問なさっていましたが、もう帰られましたので大丈夫だと思います」
「分かりました。では、村長の家に向かってみます」
上空から見ていると、浜に沿って西側に細い道が作られているのが見えた。馬車はちょっと辛いが、荷車くらいなら通れそうな道だ。こちらで道を整備するかと聞いたのだが、テラクスタ側の権益だからと固辞された。んー。あんまり気にしない方が良いと思うんだけどな。そんな事を思いながら、歩道をてくてくと進む。ソテツなんかが間隔を空けて並び、異国情緒というか南国情緒をこれでもかと刺激させる。『フィア』に入り、村長宅の扉をノックする。出てきた侍女に名乗ると、慌てて奥に戻る。
「これは領主様。お久しぶりです」
「お久しぶりです、村長。竜の件は伝令を出しておりましたが、届いておりますか?」
「はい。先程も村の者が竜の接近を報告しておりましたが、領主様だったのですね」
「驚かすつもりは無かったですが……。基本的にこの大陸に住む竜の眷属はこの領地に対して、悪意は持たないと思います。なるべく心安くいて下さい」
「分かりました。で、本日のご用は?」
「あぁ。新しい保存食の製造を始めようかと思いまして。どの辺りに製造工場と保存所を建てようかなと」
「なるほど。場所の指定などはありますか?」
「いえ。ただ、排水などは出ますので、川側ですかね」
「なら、土地は余っています。人手はどの程度を見込んでいますか?」
「交代要員を合わせて、二十人ほどです。仕事の方は十分にありそうですか?」
「そうですね。高級リゾートの方に人手を割いていますので、人余りは無いです。ただ、回す事は可能かと考えます」
村長が帳面を捲りながら言う。
「分かりました。急ぎでは無いですし、そろそろ対象の魚に脂が乗り始めるので、来年からかもとも考えます」
「そう……なのですか? 脂が乗った方が美味しいと考えますが……」
「今回作る物に関しては、逆に望ましくないですね。では、ちょっと人魚さんに、実際にその魚がいるか聞いてきますね」
「分かりました。建物の設計の方はお願いします」
村長と別れて、人魚さんの集会所の方に向けててくてくと進み始める。さて、ベルヘミア達はいるかな。




