第650話 物が物を作り出すというインパクト
昨日フライング投稿をしてしまったので、お詫びに異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう ショートストーリーの方も更新しています。この話の直後になります。今後ともよろしくお願いいたします。
と言う訳で、もちもち幼女ともふもふ二匹が降臨した。はふーとか言いながら、お冷を飲んでいるアーシーネが可愛い。でも、ちょっとだけ親父臭さを感じさせるのは何なのだろう、息の吐き方か? おやじようじょ、新しいジャンルな気がする。タロとヒメも先程までしゃばしゃばと水を飲んでいたが、ソファーの足元で虎視眈々と遊ぶのを狙っている。もうすぐ保育所に行くのに、元気というか、なんというか。
取り合えず、男女分かれてお風呂に入ってもらい、先程ノーウェが起きたと言うので寝起きの朝風呂を楽しんでもらう事にした。上がった辺りで食堂に呼んでもらうようには話をしている。
「昨日も暑かったのに、タロとヒメに囲まれて寝ているから、汗をかいていたのに。拭ってからベッドに移したけど、いつの間にか懐の方に入り込んでいたみたい」
「起こしちゃった時には、すっぽり嵌っていたけどね」
「もう、眠かったからきちんと覚えていないけど……。お母さんも心配はしているから、なるべく向こうで寝かせるようにしてあげたいけど……。遊んじゃうと寝ちゃうのがちょっと困るかも……」
リズが苦笑を浮かべながら、アーシーネの方を向く。新たに作ってもらった骨型の木の玩具を渡すと、嬉しそうに投げている。銜えて戻ってくると、喜んで構うので、二匹とも真剣に狙っている。
「起こしちゃっても良いから、今夜からはきちんと移そうか。甘えたいのは分かるけど、リズが負担になるのなら本末転倒だし、ティーシアさんの方が詳しいしね」
「そうだね。体調管理とかもお願いしたいから。最終的にはアーシーネのためになると思う」
そんな感じで、きゃっきゃと遊んでいるアーシーネを横目に話していると、ノーウェがお風呂を上がった旨を侍女が伝えてくれたので、食堂に向かう。
今日の予定を皆に確認していると、ノーウェが食堂に入ってくる。
「いやぁ、ありがたい。中々朝なんて忙しいからお風呂になんて入れないけど、ここは大丈夫というのが嬉しいね。暑さで汗もかいているから、やはりお風呂はありがたいよ」
「午後から視察で温泉宿に訪問されますが、大丈夫ですか?」
「その頃にはまた汗もかいているだろうしね。さっぱりしてから夕食を食べたいよ」
「では、護衛も兼ねて、テスラを付けます。テスラ、頼めるかな?」
そう告げると、テスラが立ち上がって頷く。
「あぁ、馬車もそちらで用意してくれるのかい。助かるよ」
「いえ。折角のご訪問です。色々伝手がある人間がお傍にいた方が何かと便利かと思います」
そんな話をしながら、朝ご飯を楽しむ。今朝は夏野菜の冷製パスタとベーコンベースのスープになっている。『フィア』の近くで里芋を探した辺りの上流で沼みたいになっている場所があって、そこにレンコンが群生していたと報告をもらったので、サンプルを何本か送ってもらったのが含まれている。ざくりとした歯応えと、咀嚼した時のしゃくしゃくした感触が気持ち良い。肉気を入れていないため、朝から血液を洗われたような気分になる。飲み物はオレンジに似た柑橘系の実を絞ったものだ。冷たいもので体を冷やし過ぎないようにスープで調整し、ゆったりと食事を楽しむ。
食後は少し休憩を挟み、工場へと移動となる。ティーシアは先に出たし、勿論アストも食事を先に済ませて、森の方に出て行っている。馬車にアーシーネやタロとヒメも乗せて、一緒に工場まで向かう。リズが抱えているけど、アーシーネが床の敷物に寝転がって、タロとヒメ塗れになろうとする。
「この姿を見ていると、とても竜なんて思えないんだけどね」
ノーウェが微笑ましい物を見る顔で、そっと呟く。
「同感です」
私も微苦笑で返していると、工場に辿り着く。馬車を降りると、景色と匂いで分かるのか、二匹が興奮したようにしっぽを振り出すので、首輪とリードを付けてあげると、アーシーネが転ばない程度の勢いでぴゅーっと工場の中に向かう。
「さて、保育所だったよね。前にも話した通り、女性の早期社会復帰は大きな価値がある。また、幼児期の段階で教育が可能であれば、その後により高度な教育へと移行するのも容易だろう。そう考えると、そこに着手する意味は大いにあると思う」
ノーウェがそう言いながら、工場に入る。管理人に説明し、執事と一緒に保育所に入る。広い室内を見渡し、柵や敷物を見分していたが、タロとヒメに群がる子供達を見ると、目を細めて嬉しそうな表情になる。
「子供達が本当に明るい。トルカも徐々に子供の数が減っていた。古い村だしね。どうしても、身軽な人間はノーウェティスカ、もう少し無理をして王都まで出ようとするが、夢破れる事の方が多かったんだよ。『リザティア』が出来てからは、仕事そのものが増えて、平均年齢は随分と若返った。ただ、子供達の交流というのも中々難しくてね。古くから住んでいる子供と新しく移ってきた子供ではやはり意識や考え方にも違いがあるしね。そういう溝を埋めるのが難しいと思っていたが……。この姿を見ると、そんな事を忘れてしまいそうだよ」
「そのお話だと、新しい人間ばかりだからという側面もありますが。ただ、やはり新旧関係なく、楽しい事があれば子供は集まります。喧嘩はしますが、管理人もいますし、最近はほら、保育士と呼ぶようにしていますが、導き手も置くようにしています」
一緒に来たアンジェが子供達の仲介をしながら、一緒に遊んでいる姿が見える。
「彼女が将来的に教育をするのかい?」
「そうですね。その予定です。そこまで急ぐ話ではないですし、初等教育の年齢までに簡単な読み書きと算数まで覚えられればと考えています」
そう告げると、ノーウェがかなり驚きの顔を浮かべる。
「それは……。普通なら十二や十三歳辺りの子供じゃないのかい?」
「そうですね。リズの話を聞いていても一般的な庶民であれば、その頃までに覚えて、職業に合った訓練を進めていくという流れでしょう。ただ、子供も教えれば覚えるのですから、覚えられる間に覚えられるだけの事を教えてあげたいと思います」
「急がないと言っているけど、十分急いでいる気がするよ。でも教材なんかを揃え……。あぁ、それで報告にあった大量に複写するための機械を開発したと言う訳か……」
ノーウェがはっとした顔で呟く。
「はい。まだまだコストがかかるので、こういう小規模なところからという話ですが、基礎研究が進めば、より安く、より大量に扱う事も出来るでしょう。そうなれば、庶民が大量の情報に安価に触れる事が可能になる。識字率が上がれば上がる程、勝手に知識層が増える流れです」
「はぁぁぁ……。君は……本当に……。一つ一つの報告も色々と示唆に富んだ話ではあるけど、流れを聞けば、きちんと骨子があって、それがとんでもない未来につながっているんだから呆れるよ。商家でも上の方、貴族並みの知識層に領民達全体を引き上げるつもりかい?」
「そうですね。まずは子供達。そこから家族に波及して、将来は全体的にという流れでしょう。現在、情報は一部の人間が価値を知り、独占出来る事によって、富の寡占につながっています。教育と機会の平等。これが成せれば『リザティア』は、アキヒロ領は、開明派は、ワラニカ王国は千年の栄華を享受出来るでしょう」
その言葉にノーウェが息を呑み、瞑目する。
「あぁ、分かる。それは、きっと難しい道だろうね……。政体すらも変えながら行っていく必要があるかもしれない。でも、十分に価値はあるだろう。他国に類を見ない、貴族よりも知識を持った庶民達が、自らの欲するように国を豊かにしていく。それが正しいと導ければ大いなる夢の実現だろう。貴族はかくあれしと先頭に立ち、規範を見せ続けなければいけない。それは今よりも随分と辛く苦しい環境だろうけど、やりがいは何よりも勝るだろうね。だって、変わりゆく国の姿の先頭をひた走れるのだから」
先達者の悦楽か。この先には何があるのか。それを一番に見る事が出来る快感を理解している為政者なんて、いたんだな。やっぱり傑物だよ。
「はい。得るものといえば、変わりゆく世の先を誰よりも早く楽しめると言う権利ですか。それに価値を見出す人間がどれほどいるか、でしょうね。まず保守的に自分の殻に閉じこもり、変わらない明日だけを望む人間には受け入れられない世界でしょうし」
そう告げると、ノーウェが目を開き、苦笑する。
「そうだね。ただ、変わらなければ劣化する。ただそれだけの話さ。ふふ、見てごらんよ、あの子供達の楽しそうな笑顔を。こんな笑顔を守り、つなげられるなら、どんなにだって変わっても良い。いや、変わるべきなんだろうね」
独白のようにノーウェが微笑みながら呟くと、そっと微笑みを浮かべる。
「さて、工場の方も見せてもらえるかな」
「分かりました。現場の方を先にお見せします」
そう告げて、ティーシアの詰めている機織り場の方に先導する。リズが先に走って、先触れになってくれるようだ。部屋に入ると、皆が立ち上がり敬礼をしているのを見て、ノーウェが口を開く。
「その敬意をありがたく思う。ただ、出来れば日々の仕事の風景を知りたく思う。いつもの通り、仕事をこなしてくれるかな」
そう告げると、皆が機織り機の前に戻り、作業を再開する。
「これだけの糸を紡ぐだけでも一苦労だろうに。なるほど、並行して作業をしながら、情報を共有しているのか……。それに熟練の技を盗みながら作業が出来る環境……。大規模な鍛冶屋と言うのは王都にもあるけど、中々情報を開示はしないからね。弟子にしか教えないなんてざらだし。それをここは当たり前のようにやっているのを見るだけで驚きだよ」
「『リザティア』に移ってきた先達も自分の代でその技術が途絶えるのを良しとする訳ではありません。人がいれば継承も出来るでしょうが、それであればそれが可能な場を設けて、一定の品質、均一の仕様で大量に生産する。技術はその都度、仕様に置き換えていく。そうすれば、自分達の技術は残りますし、またそれらが相互に関係しあって、新しい技術も生まれます。ここではそれが早いスパンで発生しています」
そう伝えると、またノーウェが溜息を吐く。
「それ自体が重要な情報なんだけどね。言われてみればそうなのだけど、それを実践出来る環境を作って、実践しているところに価値と、恐ろしさを感じるよ」
そう言われても、工場制手工業は産業革命への前身だ。歴史を考えると、進むのはこっちの方向だと分かっているだけに面映ゆい。
「まぁ、布が高いので、ファッションが発展しないと言うのもありますし。将来的には各国からのデザインを集めて『リザティア』から発信できればとは考えています」
「壮大だけど……。この環境が整えられるなら、可能なのだろう。流石だね……」
と呟いているノーウェにその原動力を見せようと、ガラ紡の部屋に導く。うるさいのと、埃が凄いのを先に断って、中に入る。ガラガラと響きながら機械が自動的に糸を紡いでいる様を見て、ノーウェが言葉を失う。
「これが、増産の原動力です。糸紡ぎを水車の力で機械に任せてしまう。そうする事により、織に人材を集中出来ます」
そう言っている最中にも綿が切れたのを補充していたりして格好は付かないが、まぁ、ドヤという顔だけ見せておく。
「紡ぎを……道具が勝手にやるの……かい? 機械って言っていたか……。そりゃ、この速度で、この品質で糸を紡げるのならば……。輸入してでも勝算はあると言っていたけど、これがあれば確かに大丈夫だね……」
額をぱんと叩きながら、ノーウェが苦笑を浮かべる。もうごちゃごちゃ言うのを諦めたのか、ガラ紡の機械一式の生産時間やコスト、注意点などをストレートに聞いてきたのでさくっと説明する。ただ、機械を置くよりも、糸を買った方が安いという結論になるのは見えていたので、開明派のどこかに営業をかけてくれるのだろう。そんな感じで、工場の視察は終了となった。




