第646話 はじめてのほいくしさん
数度の休憩を挟み、会談が終わったのは夕方近くだった。四時間近く話していたのだろうか。ブリュー達は入れ替わりで話をしていたみたいだが、ノーウェはずっと一人で対応していたんだから凄い。
「おいたん、おはなちちたよ!!」
最後はアーシーネだったが、話を聞いてみると現状の生活に満足か。足りない事は無いかを他人の目線で聞いてくれたみたいだ。本当に助かる。まぁ、ノーウェ的には竜の生態を確認するついでなのかもしれないが、こちらを気にしてくれている事が分かるので、ありがたい。暫くアーシーネと話をしているとアンジェがタロとヒメを連れて帰ってきた。
「あー、わんわん!!」
ててーっとアーシーネが迎えに行くと、寝入ってしまった子供達にちょっと寂しい思いをしていた二匹が嬉しそうに相手し始めて、すぐにオオカミまみれになる。
「今日も元気に遊んでいました。子供にはやはり好評ですね」
アンジェが報告してくれるのをリズと一緒に聞く。
「初等教育は九月辺りを目途に始めるけど、保育所でも簡単な読み書きは出来るようにした方が良いかな……」
私が言うと、リズとアンジェも考え始める。リズは教会の勉強会に出ていたけど、アンジェは猟師の出と言う事で読み書き計算はここに来てから覚えた。
「そうですね。小さな頃から覚えた方が楽だろうなとは実感します。私もここに来て、かなりご迷惑をおかけしたと感じていますので」
アンジェが少し恥ずかしそうに言っているのが印象的だった。
「良く使いそうな言葉を抽出して、まずは文字と単語を覚えやすくするのが最善かな。アーシーネと一緒に開発してみるよ」
そう告げると、アンジェも嬉しそうに頷く。
「でも、どうするの?」
リズが問いかけてくる。
「方法は幾らかあるけど、やっぱり遊びと結びついたものが良いかな」
当面はカルタの開発と、歓楽街で売っている知育道具をもう少し文字に特化して単語パズルに出来るように調整してみようかなと考える。六面体に文字を書いて、並べて単語を作る、みたいな。カルタで文字と単語の紐づけをさせて、単語を自分で作る楽しみを覚えてもらう感じだろうか。後は数字パズルかな。従来の物語で文字を覚えるというのは良いと思うんだけど、ちょっと一足飛びなので、保育所では遊んでまずは文字を覚えてもらうあたりから始めてみるか。文字パズルは初等教育の最初にも使えるだろうし、保育所に行っていた子が覚えていたら、発奮もしてくれるだろう。
「アーシーネ、これなーんだ?」
私はオオカミという文字と、タロを浮き彫りにしたカルタを土魔術で作ってみる。文字の部分と浮彫部分は御影石の黒、他は大理石の白でちょっと高級感がある。
「あー!! わんわん。わんわんがあるー!!」
目をキラキラさせながら、アーシーネが手を伸ばしてくる。
「ここに書いているのが、オオカミ。分かるかな? オ、オ、カ、ミ」
文字一つ一つを指しながら言うと首を傾げながらも、真剣に見て覚えようとする。
「あい!!」
ドヤ顔でしゅぴっと手を上げたアーシーネを見て、オオカミと一文字ずつ書かれた文字板を土魔術で作って、シャッフルして渡してみる。
「じゃあ、オオカミって並べて下さい」
「あい」
うーんうーんと唸りながら、ちょっと歪だが、オオカミと並べるアーシーネ。
「偉いね、アーシーネ。正解。凄いね」
わしゃわしゃと頭を撫でると、ひゃーっと言いながら、嬉しそうにする。タロとヒメも何故か後ろに並んで、自分も自分もと言う目で見ていたので、わしゃわしゃしておく。
「これは……分かりやすいですし、便利ですね」
アンジェがカルタと文字板を見ながら嘆息する。
「ヒロ、ずるい……。私の頃もこんなのがあったら、あんなに苦労しなかったと思う……」
リズも少し苦笑しながら、文字板を見つめる。
「こっちの絵が付いたのは子供の身近にあるもの、果物とか野菜とか動物とか興味を引くものを書いたら良いかな。文字板は大量に作らないといけないけど、焼き印で良いかな。材質は木の板で十分だろうし」
角の処理さえしっかりしておけば、怪我もしないだろう。
「アンジェ、折角だから、普及役になってみない? お給料は別に払うよ?」
タロとヒメのお世話だけというのも申し訳ないし、向こうにいる間に別のお仕事が出来るようになってくれるなら良いかな。
「え、私ですか……。あーうー……。そうですね。向こうで特にする事もなくて困っていたのは事実です。先生役と言うのも面白いかもしれません」
そう言うと、にこりと微笑む。ふふ。この世界初の保育士さんなのかな。管理人は置いているが、何かトラブルがあった時のための人員なので、教育として何かを教える訳では無い。そういう意味では、アンジェが初めての保育士さんだろう。
そんな事を話し合っていたら、夕ご飯が出来た旨を侍女が伝えに来た。




