第645話 夏の『リザティア』でぇ、ノーウェがぁ、竜達にぃ、出会ったぁ
典礼用の礼装に身を包んだ、ノーウェ領の兵士が、裏庭に列をなす。ブリュー達には竜体になって空から降りてもらうようにお願いしている。ノーウェが列の最奥に立ち、私達は兵達の後ろでその姿を見守る。しばらくすると、上空のゴマ粒みたいな黒い影が、徐々に大きくなり、螺旋を描きながら、領主館の裏庭に向けて、降りてくる。滑空するように優美かつ力強いその姿が近付くにつれて、ノーウェを始め、兵士達の頬が引き攣っているのが見て取れる。地上に着陸すると思った瞬間、ブリューがドレス姿に変わり、ふわりと列の端に降り立つ。それを皮切りに、十体の竜が次々と降下の速度を上げる。とすっと、前回だと風を巻き起こしていた皆が殆ど影響を及ぼさず降り立っていくのはレデリーサの降り方を見て研究した成果なのだろう。最後にちょっとよたっとしながらばふっと風を巻き起こし、アーシーネが可愛らしいドレス姿で降り立つ。
「我らノーウェ伯爵近衛一番隊は、竜の皆様を歓迎するものである!!」
近衛隊の隊長が叫ぶと、奇麗に揃って抜剣し、剣のアーチを描く。ピタリと動きを止めたアーチの中をブリューを先頭に、しずしずと竜達が歩んでいく。ノーウェの前にブリューを始め、アーシーネまでが並ぶと、隊長が剣を鞘に納め、跪き両手を天高く掲げる。それに合わせて、流れるウェーブのように隊員達が同じく跪いていく。それを見届けたノーウェが使者の歓迎と同じく跪き、敬意を表そうとすると、ブリューが手を差し出し、それを止める。
「私達は、この世界に住む、隣人です。お互いに尊重し合いたいと考えていますが、その立場は対等です」
ブリューがそう告げると、ノーウェが一瞬目を見張り、微笑みを浮かべて、胸に右腕を添えて、敬礼する。それに合わせて、隊員達も立ち上がり、敬礼に変える。それを見たブリュー達も同じく敬礼の姿勢を取る。
「初めまして、竜の皆さん。私はアキヒロ・マエカワの寄親である、ノーウェ・ウェンティです。ワラニカ王国で伯爵をしております。皆さんに会えて、光栄です」
「初めまして、ノーウェ伯爵。私の名前はブリューです。本日はこのような形でご挨拶出来る事を嬉しく思います。そして、こちらは……」
ブリューが中心となって、それぞれ竜達を紹介していく。最後のアーシーネだけは少し紹介が変わる。
「そして、こちらがアーシーネ。この大陸の竜達の主、レデリーサの娘となります」
お互いに紹介が終わると、一礼を交わす。
「アキヒロの友誼に基づいた滞在と伺っています。私はそれを尊重し、あなた方を遇したいと考えています。それでよろしいですか?」
「はい。私達がいる事によって、人間の方々に何らかの影響が出る事は望んでおりません。アキヒロさんは我らが主、レデリーサ。そして竜達と友であると示してくれました。なので、私達は今、この場にいます」
それを聞いたノーウェが優しく微笑み、こくりと頷く。
「では、私もアキヒロの親として、共にあなた方と友誼を深めたく思います。是非昼食をご一緒にいかがですか?」
「嬉しく思います。是非に」
ブリューが告げると隊員達が、方向転換し、裏庭から歩いて去っていく。
「さて、公式にはここまでだよ。いや、驚いた。空を飛んでいる竜は何度か見たけど、やはり迫力があるねぇ……」
ノーウェが苦笑しながら、ブリューをエスコートしてこちらに向かってくる。
「態度を崩して頂き、ありがとうございます。アキヒロ様の上役に当たる御方なのですよね?」
「あぁ、そう硬くならなくても結構ですよ。内々の出会いの場という形ですから。それに、長く生きる竜の皆様には敬意を表したく思いますし。ここはお互い、楽しむべき場としましょう」
ノーウェが微笑み告げると、ブリュー達、竜もほっとした表情を浮かべる。
「中々硬い場に出る事も無いので、どうしようかと思いました……。ティアナさんに色々教わっておいて良かったです」
ブリューが少しだけ泣きそうな顔をしながら言うので、皆、噴き出しそうになる。
「いやいや、堂々としていたよね?」
ノーウェがこちらに問うてくるので、頷きを返す。
「レデリーサさんの名代として頑張ったと思うよ、ブリューさん」
そう告げると、ほっとした表情に変わり、嬉しそうに微笑む。後ろを追っていた竜達もにこやかに表情を変える。アーシーネはててーっと走ってきて、こちらに飛び込む。
「おいたん!! アーシーネ、がんばった!!」
そう言うアーシーネを抱き上げて、頭を撫でる。
「うん、頑張った、頑張った」
微笑ましい物を見る顔で、皆がアーシーネが落ち着くまで待ち、そのまま食堂に向かう事にした。
食堂で皆が席に着くと、早速食事が運ばれてくる。今日の昼食はおじやっぽい粥と、味噌焼のイノシシ、それに冷ややっことサラダ、野菜の漬物だ。
「では、皆さん、食べましょう」
私が告げると、食事が始まる。軽くサラダを食べるが、ドレッシングがオリーブオイルとたまり、柑橘の果汁で作られている……。淡い酸味にほのかな甘さ。溜まりの雑味とマッチしてどっしりしながらもオリーブの香りと相まって、複雑妙味になっている。これ、日本でもいけそうだな……。おじやは、スルメの出汁にふんわりと溶き卵、最後の仕上げにたまりが軽く振られている。上に乗せられた細ネギの青い香りと調和して、優しくも食欲をそそる逸品になっている。メインのイノシシも漬け込んだ時間が長いのか、熟成と相まってふわふわと柔らかで、イノシシとは思えない程歯切れよく、口が幸せになる弾力を感じる。料理人が味噌とたまりに嵌ったのか、これでもかと味噌関係で攻めてくる。箸休めの冷ややっこも絹ごし豆腐に昆布出汁で伸ばしたたまりがかかっている。おじやとは少し毛色が違うところで攻めながらも、夏の暑さにうってつけの涼味だ。
「あぁ……美味しいね……。食事を取ると『リザティア』に来たと感じるよ……。この豆腐が堪らないね。先程アイスで食べた物ともまた違う。面白いね……」
にこやかにノーウェが舌鼓を打つ。ブリューも仲間も目をキラキラさせながら食べ進めている。
「おいたん!! おいちいの!!」
リズの横に座ったアーシーネが食卓に乗り出して、こちらを見ながら、報告してくる。足をバタバタとさせる様は、本当に美味しく感じているようだ。少し大人な味付けだが、本当にアーシーネは通な気がする。
皆が絶賛した昼ご飯が終わり、ノーウェから単独で竜達と歓談したいという話なので、応接室を開放し、皆を誘導する。私はリズと一緒に部屋に戻り、楽な格好に着替える。
「ふわぁぁ、暑かった……。やっぱり夏物、せめて春夏秋用としてもう少し薄い生地で作ろうか……」
ソファーに座ってパタパタと手で顔を扇いでいると、リズも額に汗を浮かべながらくてんとソファーに座り込む。
「締められる上に暑いから、ちょっと気持ち悪くなったかも……。凄いね、皆こんな状況でにこやかに笑っているなんて……」
リズも苦笑を浮かべながら、一休みと言った感じで頭を肩に預けてくる。涼を取ろうと、窓辺に置いたタライに氷柱を生み出す。そよと入ってくる風が心地良い冷風になったところで、ほっと一息吐く事にした。




