第639話 初めてのお風呂
領主館に仲良く皆で戻ると、すぐに夕ご飯となった。アレクトリアは温泉宿に帰したので食事の内容としては普通だったが、竜の皆さんは大感激してくれていた。アーシーネも足のバタバタが収まる事は無かった。
アーシーネを部屋に連れてきて、お風呂を教える事になった。他の十人に関しては、フィア達女性陣が一緒に入ってくれるらしい。当初はアストやティーシアに頼もうと思っていたが、タロとヒメをお風呂に入れると言うと、見たいとアーシーネが言い始めたので、今日は私達と一緒に入る事になった。
「おふお、はぢめて!! おふおってなに?」
「お風呂は体を奇麗にして、お湯に浸かる事だよ。アーシーネはいつもどうやって体を綺麗にしていたの?」
「う? うー、みづあび?」
他の竜に聞くと、人里離れた場所に出て奇麗な湧き水などで体を清めていたらしい。冬場は竜の姿のまま生活していたようだ。春から秋までが人に変身して過ごせる期間だったらしい。設定的には、定住場所を探している旅人という感じで、大陸内の村々を巡っていたようだ。
ちなみに、お風呂と言う単語を聞きつけて、骨をハムハム楽しんでいた二匹も、ぬくいのと興奮状態になっている。
アーシーネとタロとヒメを連れて、リズと一緒に浴場に向かう。
「じゃあ、服を脱ぎましょう」
「あい!!」
脱衣所に着いたので、私とリズが服を脱ぎ始めるが、アーシーネはふとした瞬間に裸体に変わっていた。脱ぐとかそういうレベルじゃないのね。取り合えず、浴場に入り、浴槽にお湯を満たす。気温が高いので、風邪の心配はいらないかなと。タライにお湯を満たすと、いそいそとタロが浸かる。体を弛緩させて、縁に顎を乗せて寛ぐタロを見て、アーシーネが目を細める。
「きもちいい?」
くてんと首を傾げて、タロに問いかける。何となく伝わったのか、わふっと短く返事をするタロ。それを聞いて、アーシーネの目が輝く。
「おいたん、きもちいいって!!」
「良かった。アーシーネも暑いのに走り回ったから、汗をかいたよね。タロとヒメを洗い終わったら、こんな風に奇麗にしようね」
そう言いながら、タロをリズと一緒にモミモミと洗っていく。興味深そうにじっと見つめるアーシーネ。タロの方は極楽といった表情で目を瞑り、口元まで弛緩させて体を預けている。全身を清めた頃には完全に寝入っている。今日もずっと走り回っていたので、お疲れ様なのだろう。ヒメも洗っていくが、タロと同じように寝入ってしまう。体は大きくなったけどまだまだ子供なんだなと微笑ましく感じる。二匹を脱衣所に移動させたら、アーシーネの番だ。
「リズ、先に洗って浴槽の方でアーシーネを受け取ってもらって良いかな?」
「うん。良いよ」
そう言いながら、リズが髪を洗い始める。
「じゃあ、アーシーネ、奇麗奇麗しようか?」
「あい!!」
しゅぴっと手を上げて元気良く返事するアーシーネ。かなりワクワクとした表情だ。タロ達と同じように洗われると言ったらかなり期待していた。
目を瞑ってもらって、耳を塞ぎながら、頭から全身までお湯をかける。驚いたのかひゃーとか言っていたが、口にお湯が入ると分かると、むぐっといった感じで口を一文字にしていた。
「はい、良いよ」
そう告げると、息も止めていたのか、ぷはぁと大きく深呼吸する。
「口を少しだけ開けて、息をしたら大丈夫だよ」
そんな事を告げながら、再度目を瞑ってもらう。良く泡立てた石鹸で細くしなやかな髪を優しく撫でる。頭皮を揉んでいると、くすぐったいのか、足踏みしてぱしゃぱしゃと鳴らしている。ざぱりと流して、酢リンスを延ばし、軽く結い上げておく。体を洗い始めると、くすぐったそうに動き回る。
「おいたん!! くつぐったいー」
うひゃひゃーっと笑いながら逃げようとするが、捕まえて、全身を洗っていく。最後に、再度目を瞑ってもらって、優しくお湯をかけたら終了だ。
「はい、終わり。面白かった?」
「おもちおかった!!」
キラキラと目を輝かせるアーシーネをリズに渡す。リズがアーシーネをそっと抱えて、ゆっくりと足元から浴槽に浸かっていく。はふぅと息を吐きながら、浴槽に入っていくアーシーネ。
「ぬくいー」
浴槽の縁に顎を乗せて、器用に体を伸ばした姿はタロやヒメとそっくりで少し笑ってしまった。ただ、飛ぶ事を当たり前にしているせいか、水の中で体勢を整えるのもお手の物なのだろうなとは考える。さっと全身を洗って、私もお風呂に浸かる。
「気持ち良い?」
「きもち……いい……」
はふぅと溜息を吐きながら、至福の顔でニンマリと笑っている。思わずリズと顔を見合わせて笑ってしまった。
「さて、あまり長く使っていると、気持ち悪くなっちゃうから、出ようか」
リズ達は先に浸かっていたので、それなりに長風呂だ。のぼせる前に、ざぱりと浴槽から引き上げる。
「あう……。だんねん……」
少し心残りのような顔をしながら指を銜えるアーシーネ。
「また、明日ね」
そう告げると、機嫌が直る。体を絞った布で拭き、一緒に脱衣所で、乾いた布で拭き直す。
「楽な服ってある?」
「うー? こえだけ」
そう言うと、また同じワンピース姿に変わる。近付いて匂ってみたが、石鹸の香りしかしない。ふむ、汚れていないなら良いかな。でも、部屋着は早めに買った方が良いかなとリズと服を着ながら相談する。
タロとヒメは私が抱えて、リズがアストの部屋にアーシーネを連れていく。部屋に戻り、タロとヒメを箱に戻すとくるんと丸くなってお互いが身を寄せ合う。軽く頭を撫でていると、リズが部屋に戻ってくる。
「どうだった?」
「うん、素直に一緒に寝るって。ただ、今日は初めてだからお母さんと一緒に寝るって。嬉しそうにしていたよ」
リズが、慈母のような微笑みを浮かべながらソファーに座る。私はグラスに冷水を生み、差し出しながら隣に座る。
「可愛かったね。ヒロの子供もあんなに可愛いのかな……」
「うーん、生まれてから三年くらいは大変だと思うよ? 言う事は聞かないし、すぐに泣くし……」
妹が小さな頃を思い出しながら、苦笑を浮かべてしまう。
「ふふ。でも、ヒロとの子供ならその苦労も愛おしいかな」
リズがこちらの目を見つめながらそっと呟く。お互いが自然に近付き合い、そっと唇が触れる。そのまま背中と腰に手を回し、ゆっくりとソファーに横たえる。深く口付けを交わし、そのまま体を重ねていった。




