第634話 仲間への説明
「竜……ですか? また、何がどうなったら、お近づきになれるんですか?」
呆れた顔でカビアがぼそりと呟く。領主館に戻ると夕ご飯は済んでおり、風呂をどうするかと言うのを侍従達が相談しているところだった。取り合えずお湯だけは生んでおき、先に仲間達とカビア、レイ、テスラを食堂に呼び集めてもらった。
「分からない。リズと帰る途中に気配が違う感じの人が待っていたようだから声をかけてみたら竜だった。話をしてみたら、人間体験をしてみたい感じの話になったんだよ」
竜は通訳されたのか、ワイバーン的な物の包括的な呼び名として通じているようだ。だが、そう告げるとリズが、あっと叫んでじとりと睨んでくる。心配な事は起こらなかったが、黙ってやった事なので甘受しよう。皆も徐々に呆れからチベットスナギツネ系の目に変わってきている。解せぬ。
「しかし、竜でござるか。狩っていた者の話は聞いた事があるでござるが……。人の言葉を解して、敵意の無い相手。それも子を生そうとする者を騙し討ちにしていたというのは些か、後味が悪うござるな……」
リナが若干曇った表情で呟くと、レイを含めて皆が頷く。
「ワイバーンの核は確かにええ物です。ゆうたかて、敵意どころか興味を持ってくれてる相手を殺してまでとなると、今後は使えんようになりますね」
チャットも使った事があるのか、後悔を滲ませる。
「で、斥候に使うと言う話だけれど、運用はどうするのかしら?」
ティアナがいち早く切り替えて、実運用について聞いてくる。
「基本的には『リザティア』と『フィア』に一騎ずつを常駐かな。日常的には空の上を飛んでいたら食事はいらないみたいだし、何かあれば呼んだら降りてきてくれる。今後は宿場町の建設を考えているから、そちらにも常駐させようかとは考えているし、残りは予備かな。主の娘さんの状況次第だけど、その子をハブにして通話出来る状態を維持したいとは思っている。鳩より早いしね」
ただ、完全置換は考えていない。鳩には鳩の良さがある。領地外への通信手段の提供には鳩が一番有効だ。馬での伝令に関しては上位互換になるけど、戦力を並行して運ぶと考えたら馬の方がコストパフォーマンスは良い。また、多数の拠点に対して同時に伝令を送る機会は増える。飛んで回っても良いのだが、人を移送する事も考えると、馬と竜の併用かなとは思う。
「竜に乗ると言う話ですが、乗り方は分かるんでしょうか?」
ロットも具体的な話を聞いてくる。ティアナは結婚後は斥候に関して完全にロットのサブに就いた。現状は諜報の方の管理をしてもらうのが主になっている。ただ、斥候も諜報も使う機会が一番高いと考えられるので、ロットとティアナが詳細な運用を聞いてくるのは非常に納得出来る。
「昔、鞍を乗せて飛んでいた事は有ったって。大きさは話で聞いただけだから分からないけど、馬の鞍を参考に新しく開発するしかないかな。ハミを噛むのは問題無いから、鐙と手綱だろうね。後は上空に上がると、寒いから防寒対策は考えないといけないだろうね。実運用はその辺りの開発が終わって、訓練が完了してからかな。それまでは、通話手段としての竜運用を考えている」
「重装の高速輸送には使えないのか?」
ドルが聞いてくるのもやはり率いている部隊の事か。戦域レベルで移動するのに重装は確かに不利だ。
「出来れば良いんだけどね。うーん、竜単体ではちょっと難しいと思う。一人ずつ輸送するのは可能だけど、輸送先で孤立するのは避けたいね。今考えているのは、余りがちな火魔術士と併用すれば将来的に可能とは考えているよ」
そう伝えると、ドルが嬉しそうにこくこくと頷く。火魔術士に関しては、ちょっと使いどころが難しい。味方に影響を与えるのが火と水だ。火に関しては、熱が直接影響を及ぼすし、水に関しては、戦場に影響を及ぼす。この二者に関しては砲兵としての運用を考えている。現状の『リザティア』の戦術ドクトリンだと、百メートルから五十メートルまでを長距離、五十メートルから二十メートルまでを中距離、二十メートルから零距離までを短距離と原則決めている。火と水に関してはその長距離担当となる。『リザティア』に関しては、中距離の層が異常に厚く殺傷能力が高い。ただ、近世以降の砲兵の役目は、長距離対象への陣地打破及び設備打破なのだが、設備打破が難しい。牽引式バリスタならクロスボウの延長の技術で開発可能だが、カタパルトと土魔術士とのコラボも模索しないと駄目だろうな。
「あたし達は、指示が早ければ早いほど、効果的に運用出来ます。出来れば人間になってもらって付いてもらえると助かると思います」
ロッサもクロスボウ部隊として話をしてくる。クロスボウに関しては、タイミングを合わせて斉射するのが面制圧を考えた場合には一番正しい。そういう意味では、通信手段の確立は必要不可欠だが……。そこまで多数を戦争に巻き込んでも良いのかなと日和った部分が無いとは言えない。契約を介さず友誼に基づいた協力なので強制は出来ない。
「んー。通信手段として見るよりも、高空から戦域を把握してもらって、一番良いタイミングを指揮官が把握指示するまでかな。それ以上私達の戦争に巻き込むのはちょっと難しい」
そう答えると、ロッサが少し考え込み、頷く。『警戒』が有れば戦場の把握は比較的可能だが、俯瞰視点が有ればそれに越した事はない。
「うーん……。軽装だとあんまり影響は無いのかな……」
フィアが呟く。現状、拠点含め防衛が主体になっているので、軽装が若干不遇な感じになっている。ただ、攻勢に出て、拠点制圧をするとなれば、市街戦は軽装しか出来ない。重装なんて集られて食われるし、クロスボウも近接だと人海戦術で潰される。
「今は守るのが主体になっているからね。ただ、攻める事を考えれば、上空からの情報を咀嚼して伝えてもらわないと、軽装の真価である身軽で離合集散しやすいという部分が生かされないから、影響は有るよ」
「どんな子が来るのかな?」
リズが首を傾げながらぽつりと聞いてくるが、答えられない。私も分からない。
「謎……」
そう答えると、皆が苦笑を浮かべる。
「取り合えず、カビアは朝一番に『リザティア』及び歓楽街への周知徹底。後、ノーウェ伯爵閣下への便りを届けて欲しいのと『フィア』への通知をお願い。レイは兵達への周知と領民が騒いだ場合の対処の調整をお願い」
そう伝えると、二人が力強く頷く。
「じゃあ、他に無ければ、解散。申し訳ないけど、明日は昼から同行、もしもの場合の護衛をお願い」
「おう!!」
皆が新しい仲間に期待する良い笑顔で唱和した後、解散する。
リズに関しては、部屋に戻ってから勝手に一人危険な事をしたと怒られた。巻き込みたくなかったが、まぁ、エゴだ。怒られよう。そんな感じで、久々に明日を思ってワクワクして眠れないと言う子供みたいな状況で、無理矢理目を瞑って、眠りに落ちていった。




