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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第三章 異世界で子爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第631話 鳴りやまない羅列

 領主館前の公園前、リズとご機嫌なタロとヒメを連れて談笑しながら歩いていた時だった。

 薄暮が過ぎ藍の色が濃くなってきた公園から一人の小柄な女性が楚々と歩いてくる。夜の闇と夕暮れの境、逢魔が時に揺れる漆黒の髪と藍色の服。あぁ、珍しいな、薄手のサーコートだけど生地がしっかりしているなと。この世界では珍しいななんて、すれ違いざまになんとなく『認識』先生に尋ねた瞬間だった。


「リズ……」


「ん? どうしたの?」


「ごめん、人と会う約束を忘れていた。夜遅くなるかもしれないから、先に食べておいて。私は夕ご飯はいらないって伝えてもらえれば嬉しい。出来れば、タロとヒメのお風呂と食事の対応もお願いしたいかな」


「分かった。大変だね」


「ふふ、ありがとう」


 笑顔で見送り、姿が見えなくなった段階で、公園の入り口を振り向く。


「こんばんは、どこかでお会いしましたか?」


「初めまして、領主様。お会い出来て光栄です」


 にこりと微笑む女性の白磁の肌はいやます闇の昏さに輝きを放たんばかりだった。冷静に見つめる事なんて出来ない。だって、『認識』先生の声が……


「領主……様ですよね? だって私の正体が分かるんでしょ?」


 鳴りやまない。


「初めまして。結論から言った方が良いですか?」


「はい。人間のそういう性急なところが好きです」


「竜が何のために、ここにいるのでしょうか?」


 そう告げると、微笑みが深くなる。


「あなたに会いに来ました」


 歓楽街の温泉宿の近くにある一軒のお店。表は壁に小さな引き戸が見えるだけ。看板も何もない引き戸を開けると、一面の池に竹藪の島が点々と石畳の道の先に佇んでいる。正面の石畳を進んだ先には瓦の無い日本家屋風の建物が建っている。料亭瑞鳳。商工会のメンバーの紹介が無ければ入れないお店。一度目には一見、二度目には通い、三度目に馴染の木札を貰ったら、他の人間を紹介出来るルールで成り立つお店。ここに関しては、内密の話をしたい時に、商工会に使ってもらうために建てた。密談と言えば料亭かなと思って建ててみたけど、思った以上に評判が良くて重宝している。


 板長に挨拶をして、空いていた一番奥の座敷に通してもらう。本当なら事前に予約が必要だけど、簡単な料理とお酒だけなら急な話でもなんとか対応してくれる。

 掘り炬燵に足を降ろし、ぱしりと手を叩く。


「下がって大丈夫」


 そう告げると、『警戒』から屋根の上の人間がすっと消える。諜報の人だけど『隠身』が2.00を超えたくらいでは相手にならないだろう。『認識』先生の告げた内容が正しければ、目前の華麗で小柄な女性は『警戒』で7.00を超えている。しばらくすると、湧き水で冷やしてくれたエールの瓶とカップ、豆腐田楽に青菜を塩漬けにした物を持ってきてくれる。


「お食事はどうなさいますか?」


 女将さんの言葉に、私が女性に向かって首を傾げると、こくりと頷きが返る。


「お酒と一緒に食べられるものを軽くお願い出来ますか?」


「分かりました」


 すっと、畳モドキの座敷の引き戸を抜けて女将さんが消えたのを見計らい、カップにエールを注ぐ。


「では、出会いに」


「はい。出会いに」


 告げ合って、こくりとカップを傾ける。庭側に解放された窓からのそよ風を浴びつつ、冷たすぎないエールの甘みとコクを楽しむ。


「ふぅ……。面白いですね。ワインは良く飲みますが、酒精を感じる麦の汁ですか」


「量産までは中々ですが、徐々に生産量は増やしています。改めて初めまして。領主のアキヒロ・マエカワです。ワラニカ王国で子爵をしております」


 そう告げると、尚も女性の笑みが深くなる。


「初めまして。個体名はレデリーサ。あなた方がフーア大陸と呼んでいる大陸の眷属の主となります」


 ふーむ。『認識』先生は竜って言ってたけど、眷属の主って事はそれなりの数がいるのかな?


「会いに来たと仰っていましたが、単刀直入にお聞きします。ご用件は何でしょうか?」


「はい。私達は年を経て知恵を持った竜です。人間の方々は、空を駆けるワイバーンでしたか? そういう者を見ているかと思いますが、それが長い時間を経たと考えて頂ければ良いかと」


「なるほど。それで『変身』6.00なんてスキルをお持ちですか……」


 そう告げた瞬間、レデリーサの眉根に皺が寄る。


「スキル……ですか。んー。口の動きと発音が違いますね。よく分かりません。それはさておき、私達は神の匂いのする場所を避けるように言い含められています」


「……誰にですか?」


「神にです。偶々魔素の吹き溜まりに向かった幼い竜から報告がありまして。広大な神域が出来ていると。神にお伺いをたててみたのですが、良く分からない回答が返ってきました」


「ほぉ、どのような?」


「『前にクラッカーの話をしたが、公的機関に雇われているハッカーの存在も理解出来るだろう。管理の一端を対処してもらっている』領主にそう告げれば、分かると聞きました」


 んー。アレクトアくさいな。管理者権限を勝手に弄るクラッカーか、目的を持って管理譲渡させているハッカーで分けている感じか……。長く生きている対象なら、現場管理の一端を任せると言うのは納得がいくかな。


「分かりました」


「ふむ、やはり。音だけは分かりましたが、伝わるかは謎でした。面白い存在ですね」


「恐縮です」


 青菜の塩漬けを匙で掬い、はむりと口に放り込む。ほのかに噛んだ瞬間に感じる苦味と葉の香り、そしてわずかなにがりが感覚を鋭敏に刺激し、口の中で複雑な塩味を作り出す。エールで軽く流す。


「で、改めて聞きます。目的は?」


「様子見……でしょうか。偵察とも少し違いますね。あなたがたが人間と呼ばれる存在の黎明から見ていましたが、面白いなと」


「面白い……ですか?」


 そう聞くと、レデリーサがにこりと微笑む。


「文明と言うのでしょうか。色々築き上げるのは人間と魔物でしたか、その存在しかいません。眺めていて面白かったのですが、中々接触する機会も無かったのです」


「はぁ……」


 それで? 何なのだろう。豆腐田楽を掬い口に頬張る。焼けた味噌の香りと、水分が適度に飛んでねっとりとした舌触りの豆腐が絶妙に絡まる。カップを傾け、再度注ぐ。


「機会があればお邪魔しようかなと思って、はや五千年です。中々機会が見つけられなかったのですが……」


「大きな神域を見つけた?」


「はい。あまりに不自然な神域なので、色々見ていたのですが……。まぁ、領主に会うのが一番早いかなと。で、上空から見て要所と思われる場所で待ってみました」


「そこに私が、のこのこと現れたと」


「こちらの正体が見破られるとは思っていなかったですが、中々面白い」


 そう告げながら、レデリーサが豆腐田楽を掬い、口に入れた瞬間、目を白黒させる。しばらく凝視したかと思うと、凄い勢いでぱくつき始める。


「面白い……ですか? んー、先程から、面白がられてばかりですが……」


「長く生きると倦みますから。面白さは重要です。で、出来れば軽く交流でもしてみようかなと」


「交流……。このような形でですか?」


「いえ、もう少し深く交流したいですね。神の話だと、この姿になれば、子も孕めるとの事ですので、市井に混じって生活して、色々知りたいかなと」


 そう言われた瞬間、ぶぼっと吐きそうになった。孕めるとか。よく利益が見えない。価値観が違うのか、話がずれている気もする。


「で、少し前に生まれた娘を預けられればと思います」


 ん? 誰に? 私に? なんで?


「え? 預けられても、お世話とか出来ないですが……。メリットが無いですし」


「まぁ、娘と言っても、もう百は超えています。躾はしていますし、自分で稼がせればいいです。姿を変えれば、維持にはそれに応じた食料を補給したら良いだけですし。労働の対価に、文明とか文化とか、そういう情報を渡してもらえれば助かります」


「んー。難しいですね。何が出来るかが分からないですし。戸籍も無いのでは、預かりかねますが……」


「その辺りはご心配なく。神の権能の一部は使えますので、適当に操作します」


「断った場合は?」


「他に頼めるところがあれば頼みますが……。んー、過去の歴史とかはご興味無いですか?」


 歴史と言われて、ぴくりと眉が動いてしまったのが分かった。大陸に関する情報がある程度でも分かるなら、助かるな……。


「その子の実力に応じたお仕事しか与えられないですが、よろしいですか?」


「はい。どうも、上から見ていると、この集落が最も奇麗な形ですし、人の出入りも多いので、面白そうですし。出来れば預かってもらって、色々教えてもらえればと考えています」


 ふーむ。神側の一部の力は使えるけど、この世界の縛りの中で生きている感じか……。情報は欲しいし、本人の向き不向きに合わせて、何か仕事はあるだろう。


「分かりました。どの程度お預かりすれば良いですか?」


「はい。一生程度で十分です。その間に手伝いでもさせてもらいながら、色々吸収するように伝えておきます」


 一生か!! 長いよ……。竜の感覚だと、短いのか? 分からん……。


「はぁ……。では、いつ頃お会いしますか?」


「明日にでも連れてまいります」


 ふむ、竜との交流か。ファンタジーな感じになったけど、文明文化に興味がある程度なら、良いかな。いきなり『リザティア』を焼き払いたい訳でもないみたいだし。何か手伝ってもらえるなら、そこで生活してもらえば良いか。スキルでも見ながら、考えよう。


「分かりました。一度面談してみましょう」


 そう告げた途端、ほっと一息ついたと思うと、豆腐と青菜の攻略に取り掛かり始めた。気に入ったのかなと思いながら眺めていると、軽く魚の香ばしい香りが鼻をくすぐる。


「失礼致します」


 あぁ、干物を焼いてくれたか。これは楽しみだ。そう思いながら、カップを傾けた。

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