第613話 にくきうまっさーじ
仕事が終わった母親達が少しずつ保育所に向かってくる。最初は、政務関係である程度決まった時間に仕事が終わるお母さん達だ。まだ年若いのに、軽くキャリアウーマンな雰囲気を出しつつも、子供を抱き上げる時は年相応のあどけない表情を浮かべる。赤ちゃんもお母さんに抱き上げられて、零れんばかりの笑顔を浮かべて興奮しているが、いざ帰ろうとすると、足元でお座りをしてハフハフしているタロとヒメの方に手を差し伸べてあーだーと叫んで泣いている。明日にはまた会えるとは思うけど、子供にそんな事を言っても無駄だろう。お母さんが不思議そうにしながら、挨拶をして帰っていく。
「赤ちゃんもやっぱり寂しいんだね」
お母さんを見送ったリズがぽそっと呟く。
「うーん、どうなんだろう。まだ、あのくらいだと記憶もはっきりしていないと思うけど……。ただ、楽しかった何かと別れないといけないのが嫌なのかな……」
「ふむぅ……。確かに、赤ちゃんの時の事なんて覚えてない……かな……」
リズが中空を見上げながら、記憶を辿っている間に、迎えに来たお母さんへ赤ちゃんや幼児を案内していく。実際のところどうなんだろうと、直接聞いてみたが、評判としては上々のようだ。農家なんかで共同作業をしているコミュニティならばある程度暗黙の了解でお互いに世話をしあえたり出来るが、他の職業だと中々難しくて、行政のサービスとしてあるのは助かるようだ。幼児でも三歳くらいになると、ある程度意思疎通も出来るのか、今日のお馬さんごっこを報告しながら楽しそうにタロとヒメに別れを告げて帰っていく子供達もいる。暫くして、日が落ちた辺りで農家のお母さん方が集団で訪れる。日が昇っている限りは働いているので、しょうがないかなと。場所的に町の対角になるので遠いというのもある。次々と子供達を引き渡していき、保育所の今日の業務も終了となる。管理の奥さんに片付けはお願いして、リズと一緒に館に戻る事にする。
上機嫌の二匹と一緒に、町を歩く。
「タロもヒメも、本当に赤ちゃんとか子供が好きだけど、なんでだろうね……」
「聞いてみようか?」
『馴致』でどうして赤ちゃんとか子供が好きなのか聞いてみると、二匹が足を止めて少し考えた後、わふわふ、うぉふうぉふと答える。
『おもいだすの!! ぬくいの、ぎゅーなの!!』
『きょうだいしまい!!』
「あー、そういう事か……」
「ん?」
リズが小首を傾げる。
「タロやヒメにとっては生まれた時の事を思い出しているんだと思う。同じように兄弟姉妹でお母さんの周りでぎゅーぎゅーに詰まってお乳をもらったり、眠ったりした時の事を思い出すんだと思うよ。それにまだ生まれて半年を超えたくらいだし、体は大きくなっているけど、野生だとまだまだ親離れには早いくらいだし」
「そっか。でも、きちんとお兄さん、お姉さんとして面倒をみているから偉いね」
リズがそう言いながら、二匹を撫でると、嬉しそうにしっぽを振る。日が落ちて、ランタンを片手に領主館まで戻る。
夕ご飯はもう用意してあり、皆はそれぞれ食べたようなので、リズと二人で取る事にする。アストも帰って来てはいるようだが、ティーシアを待っているらしい。ちゃっちゃと食事を済ませて、ぺとぺとがかぴかぴに変わり始めた二匹を洗ってあげなくてはいけない。保育所の運営に関して、リズと話し合いながら食事を済ませて、部屋に戻る。お風呂だけは誰が帰って来ても良いようにお湯だけ張っておいた。
二匹に食事をあげて、その間にタライの準備をしておく。
「リズ、ごめん、連れてきて」
「はーい」
食事が終わって、丸まろうとしている二匹を連れてきてもらって、ぬるま湯でゆっくりと体をマッサージしてあげる。この世界の二歳や三歳児に関しては、日本の同年代の子供より大分軽い。離乳食からの流れが悪いため、成長が阻害されている感じなのだろうか。逆に六歳、七歳辺りになると、日本の子供と同じか、もう少し大きくなっている。この辺りは肉食ベースと言う事もあるのだろうか。給食施策と合わせて、少し考えていくべき事だろうとは思う。
ぷかぷかとお湯を楽しんだ、二匹がまだ興奮が冷めないのか、甘えてくる。今日は一日頑張っていたし、重量物を背負った事もあるので、ころりとひっくり返して、肉球をマッサージしてあげる事にした。小さな頃は本当にお団子みたいな可愛らしくてぷにぷにした肉球だったが、もう少し大きくなって、ちょっと固くなっている。それでも柔らかなピンク色の塊をもみほぐしていく。リズはリズで、ヒメの肉球を揉んでいる。二匹とも、はふはふと夢見心地な顔で、足をでれーんと広げている。
「ふふ、ちょっとだけだらしなくて、可愛い」
リズがお腹をこちょこちょとくすぐると、ヒメが体を捩るが、肉球を揉まれるのは気持ち良いのか、そのままなされるままになっている。
「あれだけの子供を乗せていたのに、筋肉も張っていない。野生の子だからやっぱり丈夫なんだね」
背中の辺りを押さえてみてもしなやかな筋肉は強張りを感じさせない。
「犬ぞりなんてあったけど、やっぱり狼もすごいね」
そう告げると、リズが目を輝かせる。
「犬、ぞりって何?」
「雪が多い場所とかだと、そりを作って、それを犬に引かせて移動したりしていたんだ。馬も雪を歩く事は出来るし、寒冷地で生きるのも可能だけど、犬や狼の方が雪道では早く移動出来るから」
「へぇぇ……。もし雪が降る場所にいったら、見てみたいかも……」
そんな話をしながら、マッサージを続けていく。でも揉み終わっても、また足を出してきて、また揉んで欲しい感じを出してくるのは中々大物感を醸し出している。二匹とも気が済んだ辺りで開放すると、嬉しそうに大人しく箱に戻る。
「さて、皆もお風呂に入ったかな」
「かなぁ。結構時間が経っているし」
「じゃあ、今日はお風呂に入ってゆっくり寝ちゃおうか。赤ちゃんの世話をしていたら、ちょっと疲れた」
「ふふ、ヒロ、ずっと危なそうって言いながら、気を張っていたもんね」
そんな会話をしながら、一緒にお風呂に入って、ゆっくりと眠る事にした。




