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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第三章 異世界で子爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第610話 夏の夜の集会

 食堂に入ると、もう既に仲間達やアスト夫妻はテーブルに着いていた。帰還の際に雨に打たれて若干調子が悪くなっていたテスラに話を聞いてみたが、ひと眠りすると大分ましになったようだ。夏風邪というほどの事でもなく、疲労と風雨のダブルパンチが少し顕在化しただけのようで安心した。神術を使うかと聞いてみたが、神様に怒られそうと逆に遠慮されてしまった。


 久々にゆっくりと出汁ベースの食事が出来ると、ほっとしながら周りの様子を伺う。リズはアスト達に王都の様子を報告している。ティーシアは家庭の事情で王都を知っているので、その辺りの話で盛り上がっている。ただもう十五年以上前なので、お店などの話は噛み合わない。王都の方が商品的には遅れていると愚痴を零すとやはり笑っていた。お土産に果物なども買い込んできた事を伝えると喜んでいたし、ペルティアからお菓子の手解きを受けたと伝えると優しい顔で嬉しそうにしていた。


「ティーシアさん、工場の方はどうですか? 出来上がりの様子だけ確認して王都に出てしまいましたが」


「大丈夫、順調よ。量産の方はこのままいけば『リザティア』の利用分はすぐに確保出来そうね。ただ、輸出までは少しかかると思うわ。後、服飾屋としては糸の段階で染めて、織りで模様を描いて欲しいようね。布で染めるのよりは色落ちも少ないし、奇麗に模様が出るからだろうけど」


「布の段階で輸出するのはもっと先の予定なので大丈夫です。糸の段階でも十分輸送費用は賄えます。後は染色ですか……。多少なら問題はないと考えますが、輸出分まで考え出すと、川を汚しそうな気もしますね」


「向こうとしては高級品志向のようだから、極少数を生産するだけで良いと思うわよ」


 ティーシアが気軽に言うが、どちらにせよ将来的には競争力のある最高級(ハイエンド)廉価帯(エントリー)になっていくだろう。排水を考えるなら、海側に直接流し込みたい。それも離れた場所でだ。薬品の利用が無いと言っても、染料そのものが生態系のバランスを崩すだろうし、富栄養化はどちらにせよ進む。もう少し、川と海への影響を見てから考えたいかな。それまでは限定品という事で我慢してもらおう。


「将来的には考えますが、当初は限定的な生産量でお願いします。希少性を価格に反映してもらうようにしましょう」


 そう伝えると、ティーシアも納得したように頷く。帰ってきて工場の報告書はざっくりと斜めに読んだが、工場長として物凄く頑張っている。このまま任せてしまっても良いが、義母と考えると申し訳ないなと。もう少し環境は考えよう。


「猟の方は如何(いかが)でしょうか? 報告だと、森の探索もかなり進んでいるようですが」


 アストに聞いてみると、ふーむと少し考え込む。


「獲物は濃いし、浅い場所にもよく出てきてくれる。そういう意味では楽に狩れる森だろう。魔物も殆ど出会う事が無いからな。ただ、町の人数に対して猟師の数が足りないのではないかとは考えている。トルカ村に比べて、買い取り価格が大分高い」


 アストが真剣な目で言うが、その問題は報告でも受けていた。従来ならそこまで肉を食べない世帯でも収入が上がったので、肉に手を出している。全体的に高給取りが多いので、物価がややインフレよりに動いている。ただ、経済的な動きとしてみた場合には良いインフレなのでこのままでも問題無いが、供給と需要のバランスがあまりに乖離するのは問題なので、対処はしないといけない。肉に関しては、今後の健康状態にも関わってくる。それに夏が終われば冬を迎える。貯蔵まで考えれば、もう少し供給を増やさないと人が増やせなくなる。貯蔵に関してはネスに頼んだ物がどうなっているか次第だ。


「猟師の人員増に関しては、今、動いている話があります。その上で足りるかどうか判断をしたく思います」


 そんな感じで、仕事の話を交えながら久々に懐かしい料理に舌鼓を打ちながら食事を終えた。移動中は土魔術で作った即席風呂ばかりだったので、浴槽にお湯を入れて順番に入る。ちなみに即席風呂に関してはそのまま残すと雨水が溜まって問題を起こしそうだったので、毎回砕いている。ドルがちょっと嘆いていたが、お風呂に入る誘惑には勝てなかったようだ。


「ふわぁ。やっぱり家のお風呂が一番気楽かも」


 部屋で湯上りのリズが窓辺で涼みながら、のほほんと呟く。


「喜んでもらえて何より。ちなみに明日の予定は?」


「休日って言ってたから、工場に行こうかなって。お母さんの様子も見たいし、保育所のお手伝いもしたいかな。赤ちゃんや子供の様子も気になるから」


 リズが呟くと、タロとヒメが赤ちゃんと言う単語を聞きつけて、ハフハフし始める。寝て起きたら遊びに行こうねと伝えると、いそいそと箱に入ってくるりと丸まる。


「昼までは溜まっている政務の処理かな。それが終わったら一緒に行こうか。それまでタロとヒメの面倒を見てもらえると嬉しいかも」


「ん、分かった」


 そんな感じで穏やかな夜は更け、ベッドに二人で潜り込み、何事も無く眠りに就く。


 夜半を過ぎて、日付が変わった頃だろうか。何か良く分からないが目が覚めた。上体を起こし、意識を集中すると、窓の辺りからカリカリという音が聞こえてきた。観音開きの窓を片側ずつゆっくり開けると、夕方に見た猫が座って窓を引っ掻いていた。


『ここのあるじ、しゅうかいがあるけど、あいさつする?』


 にゃぉっと鳴きながら聞いてくる。詳しく聞いてみると、この月の晩に『リザティア』に住んでいる猫達が集まって、集会をしているらしい。満月と言う訳では無い中途半端な月だが猫にとっては違いがあるのだろう。日本でも終電辺りで帰ると、公園とかで猫が集まって何かしているのを見た事はある。少し面白そうだなとは思った。


『狼を連れて行っても大丈夫?』


 聞いてみると、良い子なのでOKらしい。


『奥さんを連れて行っても良い?』


『つがいはまたべつのしゅうかい、いまはひとりのこだけしかいない』


 (つがい)での集会と言うのもあるみたいだ。開始の時間に関しては厳密に決まっていないらしい。じゃあと言う事でお土産でも持っていくかな。猫さんの足を拭いて、首の辺りに乗せる。厨房に向かって歩くとバランスを見極めたのか、マフラーみたいにつるんと前足と後ろ足を奇麗に肩口に乗せてくる。

 厨房に入って、規定数外の食材を探す。仕入れたけど量が少なかった物は賄いになるが、それでも消費しきれなかったものが置かれている。明日以降にまた賄いに使うが、夜食に使っても良いよと言われているので、お土産にしようかなと。見ると、鶏とイノシシの切り身が置かれていたので、それを持っていこうかなと。後は魚もかな。竈に火魔術で薪に火を入れて鍋をかける。熱湯を生み、ふつふつしている中にササミを放り込む。別の鍋には干物のアジっぽい魚を放り込む。胸肉は生のままで包丁で叩いてミンチ状にする。イノシシのロースは細かく角切りにしておく。こっちはちょっと用途が別だ。ササミの色が変わったら、冷水で冷やして毟っておく。干物の魚は塩抜きが目的なので、ササミと同じタイミングで鍋から出してこちらも毟る。大皿に盛って、部屋に戻る。

 タロとヒメを起こすと、赤ちゃんかと喜びだすが、猫さんに会いに行くと告げると、なんだか面白そうと言う好奇心の方が強くなった。


 屋敷の裏口から出ると、肩の猫がとんと地面に降りて、先導を始める。満月には少し足りない月の明かりに照らされ、青と白の世界に浮き上がるように動く猫と私達。幽玄な景色を感じながら、そのまま裏の庭を抜けて、逆の岸辺の穀倉の方に向かう。背の高い倉庫が見えてくると、その陰に小さな生き物達が結構な数いるのが見えてきた。『警戒』で見ても光点がありすぎて画面が光ったままになっている。二十や三十という数ではない。お土産が中途半端に少なかったかと申し訳なくなる。


 迎えに来た猫さんが、たたっと先に近づいて、なーごと大きめに鳴く。


『このあたりのあるじがきた、あいさつ?』


 その声に合わせて、寝転がっていた猫達が立ち上がって、近付いてくる。周辺に集まるとちょこんと座って、にゃうにゃうとてんでばらばらに鳴きだす。


『ひとのあるじ、よくきた』


『あいさつする』


『いいにおい……』


『おおきないきものもいる』


 『馴致』を介して、頭の中に無数の意訳が流れ込む。ざわざわに近いレベルで聞き取るのがやっとだ。


『初めまして。ここの主です。今後ともよろしく。この子は私が飼っている、タロとヒメです』


 挨拶に合わせて、二匹をそっと前に出す。ちょこんと座って、しっぽを緩やかに振っている。夕方の猫と同じく次々と猫達が鼻を近付けて、挨拶を交わしていく。暫く待っていると、挨拶が終わったのか、タロとヒメがころりと転がると、猫達が近づいて行って、じゃれ始める。


『集会って何をするの?』


 案内してくれた猫に聞いてみると、くいっと上品に顎を傾ける。


『ぐち?』


 にゃんと告げると、しっぽをふりふり、皿の方に目を向ける。料理の時から気になっていたらしい。イノシシの角切りだけ別の皿を用意して、地面に皿を置くと、猫達が鳴きながら近寄ってきてふんすふんすと嗅いだ後にむしゃりと食べていく。序列みたいなものがあるのか、全員が食べる訳ではなさそうだ。猫も食べ慣れないと魚は食べないと聞いていたが、クンクンと嗅いだ後にしっぽをぴんと立たせて、美味しそうに食べている。かなり好感触でご機嫌のようだ。

 大きな皿に水を生んで置くと、今度は特に序列も無く、喉が渇いた猫が近づいてきて飲んでいる。ぺろぺろと飲む猫もいれば、前足を差し込んでそれを舐める猫もいたりして見ていて飽きない。

 タロとヒメは猫タワー役になっていたが猫達が食事を食べている姿を見てお腹が空いた気になったのかちょっと哀れな鳴き声で空腹を訴える。そんな時用に用意していたイノシシの小さな角切りをタロとヒメの口に放り込む。はくはくと食べると満足したのか、そのまま猫タワー役に戻る。お腹が空いていると言うより、何かを食べているのに当てられているだけなので、口に食べ物が入って香りなどが楽しめれば満足する。その為に少しだけ持ってきた。


 タロとヒメが緩やかに猫の負担にならないようにじゃれ合っている姿を横目に、猫達の会話に耳を傾ける。愚痴と言っていたが、確かに飼われている家の食事が少ないとか、閉め出されたとか、食事の内容が変化したとかの話が大半だ。なんとなく面白いなと聞いていたが、少し経つと、これって結構重要な話じゃないかなと思い始めた。食事の内容が変わった話も、収入の変化によって食事の内容が変わったと言う事で、その家の経済状況が分かってしまう。ちなみにどこの家の子か聞くと、またの機会に招待してくれるらしい。うーむ、家庭内用の諜報員が出来てしまった気がする。


 暫しの間、それぞれがにゃーごやらにゃんにゃんやら鳴き合っていたかと思うと、唐突に大きな白地に黒のぶちが入った猫が鳴き声を上げる。


『こんかいはおわり』


 その次の瞬間、あれだけいた猫達がさーっと五稜郭の接続橋の方に向かう。関所はあるけど人間用の関所なんて簡単に越えられるか。ふと横を見ると、迎えに来てくれた猫は残っている。ここの倉庫の猫なので、そりゃ残るか。


『ちなみに名前はあるの?』


『なまえはまだない?』


 ふむ、吾輩は猫である……か。聞くと、雌らしい。三毛子だと縁起が悪いか。


『縞々模様だから、シマというのは?』


『シマ……、いいなまえ?』


 にゃうっと鳴くと少し考え込んで、肯定を返してくる。シマと呼ぶと、にゃんと返事してくれる。そっと頭を撫でると目を細めて嬉しそうに顔を擦り付けてくれる。


『じゃあ、また遊びに来るね』


『つぎはつがいのしゅうかい』


 シマが倉庫の方に向かいながら、首だけで振り向き、告げてくれる。手を振ると、てくてくと倉庫の方に消えていった。


 なんだか御伽噺(おとぎばなし)みたいだなと思いながら、思いがけない夜の散歩を二匹と一緒に楽しんだ。

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