第607話 業務終了に伴う『リザティア』への帰還
皆で荷物を馬車に積んでいると、庭師の人が二匹を連れて玄関の方まで回って来てくれた。ペールメントも一緒に付いてきている。
『ふふ。いろいろおしえていたらながくなってしまったわ。ほんとうにいいこたち。いずれまたこのちにくるのでしょう。そのときはかんげいするわ。それにわたしたちのむれからこをもっていくのね。とおきちでまたさかえるのであればそれもまたよしよ。どうかしょうらいのわたしのむれをたのむわね』
優雅に座ったペールメントがウォフウォフと鳴くのを聞きながら、そっと手を伸ばし頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細め、ぺろりと手の甲を舐めてくれる。心を許してくれたかと、少し嬉しい。
『タロとヒメに子供が出来たら、同じ頃に生まれた子供をもらいに来ます。成長すれば、また連れてきますね』
『馴致』でペールメントに伝えると、満足したようにしっぽを穏やかに地面に平行に揺らし、庭師の人と一緒に庭に戻っていく。
『こども? ちいさいの!! つくるの?』
『しゅっさん!! みらい!!』
タロは良く分かっていないようだけど、ヒメは分かっているのかな? ただ、性教育をする場も無かったと思うので、本番勝負と言う形になるが……。まぁ、色々教えてもらえたし神術もある。大丈夫だと思いたい。
片付けが終わったメンバーから馬車に乗り込み、私達は最後の確認と荷物の搬入を済ませる。
「じゃあ、また少しの間お別れだね。何かあれば、知らせを送ってよ」
ノーウェが微笑み、手を伸ばしてくるのを握り返す。
「また追って情報は流す。ただ、これまでと違うのだと言う事は認識し、未来のために出来る事を成そう。それでは、また。壮健でな」
ロスティーがそっと抱きしめてくるのを抱きしめ返す。
「私の孫……。中々会う事は出来ないけど、あなたを愛しているのは変わりないわ。どうか元気で。アキヒロさんと仲良くね」
ペルティアもリズを強く抱きしめて、別れを惜しんでいる。
「はい、お婆様。色々教えて頂き、ありがとうございます。その教えをもとに、ヒロを支えていきます」
リズがそう告げると、そっと腕を解かせる。ペルティアがロスティーの横でそっと手を握り合う中、馬車に向かう。
「そういえば、来年には子供を作ろうかと考えていますが、ノーウェ様は結婚なさらないので?」
ひょいっと首を後ろに回し、悪戯混じりの顔でノーウェに問うてみる。
「ぶっ……。こんな時にまた、面倒な事を言うね。しかし、君達にいらぬ負担をかける状況は望ましくないよね。うん、分かった。少し考えるよ」
望外の返事をもらい、ロスティーもペルティアも嬉しそうな表情を浮かべる。流石に結婚適齢期をかなり超えても結婚しない息子というのはどこの家庭でも心配の種なのだろうなと。
「さて、では、お見送り頂きありがとうございます。後の事はお任せ致します。どうかよろしくお願いします」
襲撃の首謀者へのカウンターと真の黒幕の洗い出し、そして傭兵ギルドへの牽制。難しい対応になるだろうが、この国ではロスティー以外出来る人間はいないだろう。
「安心して『リザティア』に帰るがよい。孫が案じずとも済む環境を作るは老骨の役目よ。ではな」
代表してロスティーが声をかけてくれ、背後の使用人達も穏やかに手を振ってくれる。お土産を満載にして、馬車が進み始める。皆で幌の後ろから顔を出して、いつまでも手を振り続けた。
「しかし、今回の傭兵ギルドの件ですが、何が問題なのか話が錯綜して良く分からない状況ですね」
走る馬車の中、ロットが呟く。襲撃の際に護衛に付いた仲間達も皆が頷く。
「前王陛下がご存命の頃であれば、ロスティー公爵閣下は王弟と言う事で、ある程度自由に権力を振るう事も出来たんだよね。ただ、現王陛下は甥と言う事で関係が少し遠くなっている。影響を与えるのであれば、前王妃殿下の方が現在は強いかな。で、傭兵ギルドの立ち位置としては対価を払えば何でもするという状況なんだけど、昔ならロスティー公爵閣下に何かをしようとすれば王国そのものに対しての影響になっていた。でも、今はそこまでの影響が無くなっていると言う事でタガが緩み始めている。実際に今回の襲撃も、実施されたという点で大問題かなと。現状のままだと、これに味をしめた襲撃者が開明派を傭兵ギルドを使ってボロボロになるまで襲撃する事も可能になっている。その芽を早めに潰してもらうというのがロスティー公爵閣下にお願いした事かな」
「いうても、傭兵ギルド自体は国に対しての権利がない代わりに義務もないんですよね? どないして制御するんですか?」
チャットが鋭い質問を投げてくる。
「ワラニカと傭兵ギルド間で新しい条約か条例を制定して、襲撃行為自体を制御させるしかないね。ただ、これも逆に何か切実な願いで正式に傭兵ギルドの手を借りたい人間に取っては問題になるかもしれない。だから、穏やかに犯罪行為とはの部分を積み重ねて、譲歩していくしかないかな」
「先が長い話になりそうですね……」
ロッサが少し憂鬱そうに呟く。
「国を治める重石が少しぐらついているからね。国王陛下が制御しきってくれれば良いけど、少しそうでもない勢力が動いているから。その辺りを含めて膿を出さないとワラニカ王国自体の中枢が腐る可能性があるかな」
「先程の話と言う事は、黒幕は前王妃殿下と見て御座るか?」
リナがぼそりと嫌なものを吐き出すように言う。
「前王陛下を弑する献策を上げたのは私だからね。恨みに思われているならそれはそれで仕方ないよ。大を生かす為に小を犠牲にするのが正しいとは限らない。例え正しかったとしても恨みは残る。人を殺すと言うのはこんなに難しい事なんだなと改めて理解した」
少しだけ眉根に皺を寄せながら微笑むと、皆が溜息を吐く。
「軍務に、政務に、支えるために私達がいるのよ。少しは頼りなさい」
ティアナが窓の外を眺めながら言うが、横顔がほんのり紅潮しているのがツンデレっぽい。恥ずかしがりなのは変わらないなと改めて実感する。
「まぁ、『リザティア』にも『フィア』にも直接手を出させるつもりはない。領地において領主の権限は絶対だしね。命令は受けても、やり方は私に任されている。精々防衛体制を固めていく事にするよ」
お道化て言うと、皆の少し緊張した様子も解れた。国を相手にするなんて、今は言えない。ただ、国を相手にする事を前提に『リザティア』は作り上げてきた。やるとなれば、ワラニカも傭兵ギルドも関係ない。安寧の地を乱すのならば、その時は屍山血河を築くしかない。まぁ、戻ったらまずダブティアの商家の暗殺対応からか。猟師の人の家族も無事着いていると良いけど。
そんな事を考えながら、馬車の旅を進める。休憩の度に馬のマッサージを手伝いながら、タロとヒメが馬達とじゃれ合うのを見て和む。ちなみに洗濯板は作ってみたが、好評を博した。今までは、揉み洗いか、岩にぶつけるとか、踏むという行為が必要だったが、板の上でゴリゴリ洗っているだけでしつこい汚れが落ちるので、洗濯の際の必需品となった。ただ、繊維自体はやっぱり傷むので、襟首や袖口、食べこぼしなどの対応には限られているが。
途中、やはり追いかけてきた雨雲に捕まり二日程動けない状況になったが、食料はかなり余裕をみて積載していたので、問題は無い。途中、賊の気配を一回感じたが接触されなかったため、そのまま先に進んだ。王都の警邏範疇だったので手を出されない限りは手出しする気は無い。七日ほどをかけてノーウェティスカに到着。そのまま休息し、トルカには七月十一日に到着。アテン達に王都のお土産を渡し、色々報告し、出発。
七月十四日の夕暮れに『リザティア』の姿を見た時は少し感動した。
緩やかにスピードを落とし、南門から抜けると、兵舎から馬車を見た兵士達が出てきて、嬉しそうに整列をして手を振ってくれたのが印象的だった。




