第606話 子作りが目的と言うよりストレスの蓄積に伴う内向への牽制です
清々しいと言うには少し疲労が残った感じだが、心は軽く目が覚めた。リズの方を向くと、結構大変な事になっている。使用人の人に朝風呂を使わしてもらえるようにお願いしよう。と言うか、あのお菓子を食べたメンバー全員が対象だろう。そんな事を考えながら、かけていた薄手の綿の掛布団から出て、窓を開ける。若干曇り気味だが、雨の心配はなさそうかな。出来れば『リザティア』までもってほしいけど、風の流れを考えると、雨雲が追いかけてきそうな気はする。まぁ、七月三日は曇りと。
身繕いだけ済ませて、厨房にタロとヒメの朝ご飯をもらいに行くのと、ついでにお風呂の利用許可も取りにいく。食堂でイノシシ肉を渡され、風呂に関しては執事の方に話を通してもらえると言う事でまとまった。早速、そのまま裏口の方に回って、風呂にお湯を張ってから、部屋に戻る。
寝相良く伏せて眠っているタロとヒメを撫でると、すぐに覚醒し、目の前の食事で上機嫌になる。待て良しをして食事の開始となるが、前に比べて寝起きでもがっついた感じが無く、きちんと指示を聞いてくれる感じになっている。しっぽはふりふり、口は開いてハァハァしていたのに待つ時はきちんと待つという感じになっている。これもペールメントの教育のお蔭なのかな。ハムハムと仲良く一緒に食べた後に、水をあげて、食休みとなる。
ベッドに眠るリズに口付けをすると、少しだけクマが出来たリズがそっと目を覚ます。
「おはよう、ヒロ……」
「おはよう、リズ。気分は大丈夫?」
「ちょっと疲れた感じがするけど、大丈夫。うわぁ、ベッド酷い……。ヒロ、ちょっとやり過ぎだよ……」
呆れた顔でリズが言ってくるが、お菓子に何か盛られていると思っていなかったのはこちらだ。なんとなく釈然としない物を感じる。
「お風呂の使用許可はもらってきたし、お湯も入れている。体、清めちゃおう。朝ご飯までに全員入っちゃいたいから、後は男女で別れて入るくらいかな」
「むー。皆、こんな感じなのかな……」
「お菓子を食べた人は大なり小なりこんな感じだと思うけど……」
「分かった。折角だし、さっと入って次に回そう! ちょっと待ってね、用意するね」
リズがさっと服とベッドを整え、目に見えそうな部分を拭って、お風呂への準備を済ませる。私も着替えは用意したが、移動日に汚れ物が出来るのはちょっと面倒だなと。まだこの世界、洗濯板も無く、ムクロジ溶液で手洗いか足踏みでの洗濯が主体だ。洗濯板くらいそろそろ作っても良いかなと思いながら、風呂に向かう。
さっと体を洗って、リズの髪の毛に集中する。ちょっとカピカピが髪の毛に残っていて、見つけてはお湯でふやかしてちょっとずつ除去していくしかない。
「もう……。良いけど、ちょっとだけ考えて欲しいかな……」
やっと奇麗になったリズが湯船の中で怒っている訳では無く、ちょっと当惑の混ざった顔で呟く。
「昨日のはしょうがないかと。でも、興奮剤ってそんなに子供を作るのを周りから要望されていたのかな……」
昨晩の憑かれたような興奮を思い出しながら、リズに聞いてみる。
「あ、違うよ。お婆様はお爺様に元気になって欲しかったんだって」
「元気……?」
夜の営みで……と邪推してしまう。
「んと、男の人って、精神的に疲労してきたら、女の人と行為をしたいって気持ちが無くなるよね。でも心労が溜まった時は気を晴らした方が良いんだって。異性と触れ合って気を休めてもらうために昔から伝わっているって仰ってたよ」
あぁ、そういう事か。ストレスが極度に溜まると、エッチな事をする余裕もなくなる。ただ、触れ合えば精神的な安らぎは得られる。それすらも求めなくなったら、鬱への道をまっしぐら……か。そういう病気と分かっていなくても、興奮剤を飲ませてでも強制的に触れ合って、心を癒すという話か。ペルティアがというより、そうやって連綿と癒してきたという歴史に頭が下がる。それにやはり貴族ってそこまで追い込まれる仕事なんだなと改めて思う。
「さて、今日も蒸しそうだし、あまり浸かってても暑くなっちゃう。ちゃっちゃと入れ替わろうか」
「うん!」
リズと一緒に湯船を出て、髪の毛の世話をして、各部屋を回ってお風呂を告げる。ちらと覗いた時に香る精臭がどのカップルの部屋でも惨状を想定させる。見ずに済むようにと、さっさと部屋に退散して、朝ご飯を告げに来るのを大人しく待つ事にする。
『まま、いるの……』
『きしょう』
二匹が嬉しそうにソファーの上で懐いてくる。朝はあまり構ってあげられない。リズもヒメをわしゃわしゃしながら遊んでいる。
『今日からまた、家に戻るよ。馬車は大丈夫?』
そう聞くと、少し考えて、二匹とも了承の旨を思う。馬と一緒に遊ぶのも好きなので、そういう楽しみに意識が向いているのだろう。
「リズ、少し眠る? 寝不足で馬車に乗ると、酔うかも」
「あのベッドで横になるのはちょっと……」
奇麗に整えられてはいるが、色々と昨晩の痕跡が残っているベッドで眠るのは確かにきついか……。
「少しだけ、このままウトウトしているね。ご飯の時間になったら起こして……」
そう告げて、リズが目を瞑ると、二匹がじっとそれを見つめて、静かにリズに寄り添い始める。
『まま、ぬくいのいるの!!』
『かいふく!!』
二匹がお座りして、ちょこんとリズを支え合っているさまを眺めていると、心の中に温かいものが溢れてくる。この柔らかな幸せな時間を過ごせるのだから、きっと私は幸福なのだろうなと。そんな緩やかな時間はいつもより少し遅く朝食を告げる侍女のノックが来るまで続いた。
「おはよう、朝から風呂なんてやっぱり贅沢だね」
ほっこりしたノーウェとロスティーが席に着き、朝ご飯が始まる。
「仰ってくださったら、湯を入れ替えましたのに」
「構わぬ。ぬるめの湯にゆったりと浸かるのもまた良いものだ。ノーウェとも昨晩に続き、ゆるりと話が出来たしの」
ロスティーが柔らかな表情で告げる。
「話しというと、傭兵ギルドの件ですか。ここでお話されても大丈夫でしょうか」
「うむ。どうせ広まる話故な。しかし、今まで問題なく回っていた状況を変えねばならぬというのがな……」
「ロスティー様の権威がやや薄れたのは事実となります。これに関しては、現王陛下との関連性の話となります。それに金で動くという実績が出来た以上、弱い場所から叩くのが戦術かと考えます。このままでは、手が回りきらない場所から開明派の各個を撃破されて、保守派、王家派との戦力図も塗り替えられる可能性があります」
そう告げるとロスティーの眉根に皺が寄る。
「状況は変わった……対価がかからぬ場所を攻められる……か。分かった、新たな条約を締結し、ワラニカだけでも独自に動くとしよう。内務、法務の方は任せるがよい。かの金の流れと合わせて、動くとしよう」
ロスティーが一瞬瞑目したかと思うと、その瞳が開かれた瞬間、一人の為政者がそこに確固として存在していた。
「しかし、昨晩は懐かしい物を食べた。あれを孫が作るようになるとはな……」
ロスティーがペルティアの手に手を添えて、ふと呟く。
「えぇ。私も楽しかったわ。懐かしい事を沢山思い出して。ふふ、あなたももう少し、ゆっくりと出来ると良いのだけど……」
「すまぬな。もうしばらくはそうも言っておられぬ。儂の遺恨が子供、孫に及ばぬように立ち回る必要はあろう」
朝ご飯を済ませると、帰り支度を開始する。二匹は最後にペールメントに別れの挨拶にいっている。先程庭師の人とも話をしたが、タロとヒメにもし子供が生まれたら、ペールメントの子孫をもらって一緒にさせようかと考えている。これから先も連綿と王国に続く血統がタロとヒメの血筋として混ざるのだなと考えるとちょっと感慨深い。ただ、きちんと育てないとというプレッシャーも感じながら、年末辺りの子離れを楽しみに待つ事にした。




