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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第三章 異世界で子爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第605話 甘い夜

 女性陣がどこか浮ついた雰囲気の中、夕食が始まる。今夜は滞在最終日の夕食と言う事で、かなり手の込んだ料理が立ち並んでいるが、量は少なめに調整してくれている。どうもペルティアの指示があったのだろう。ロスティーが不思議そうな顔をしていたが、ペルティアが少しだけ楽しそうに微笑んでいた。ちなみに、もらえない人には普通くらいの食事が出ていたので、何というか逆格差と言うか、それはそれで不憫な感じがした。


 食事が終わると、部屋に戻る。厨房を覗いた際に、庭師さんが私の姿が見えなかったのでリズを捕まえて、タロとヒメには夕飯をあげてくれたようだ。ペルティア達女性陣は最後の仕上げと言う事で厨房に勇んで向かったので、結果まではもう少し時間がかかるのだろう。部屋を開けると、夕ご飯を食べてお休みしていた二匹がひょこっと箱から顔を出してこちらを確認してくる。


『ままなの!! ほうこくなの!!』


『じゅぎょう!! かんすい!!』


 タロが元気よく、ヒメは少しおしゃまな感じで、向かってきて、足元にじゃれついてくる。


『楽しかった? 勉強は出来た?』


 聞くと、嬉しそうに報告してくる。幼稚園から帰ってきた子供がその日の様子を伝えるかのように、時系列も起承転結も無く、印象的な事を散りばめてキャフキャフウォフウォフと鳴きながらソファーに座った太ももの上によじよじと交互に登ってくる。その報告を聞いている間に待っている方は大人しく横でお座りしてぐいぐいと押し付いてくる。体が傾ぎそうになるのを何とか我慢しながら、聞いていると、入れ替わり、同じように報告が始まる。それを撫でつけながら聞いていると、心の中のどこか固まった部分が溶けて流れていく感じがした。


 ノックの音と共に扉が開かれる。廊下から入り込む空気と共に香る香ばしい香りと甘い果物の香り。


「あー、ヒロ。明かりも点けないで、暗くなかったの?」


 お皿を片手に、リズがテーブルの上の燭台の蝋燭を灯す。


「ん、ヒロ……どうしたの……顔……」


 リズが絶句して真剣な顔で見つめてくるので、何があったのかと手を顔に触れてみると、水気を感じる。


「あ、あれ?」


「ちょっと、ヒロが泣くって、よっぽどだよ? 何があったの?」


「いやぁ、何だろう……。思ったよりも心が疲れていたのかな?」


 戸惑いながら言うと、リズが溜息を吐いた後に、微笑みを浮かべて、そっと腰を曲げて顔を近付ける。


「悪い……顔じゃないよ……。綺麗。素直な顔をしてる」


 そう言いながら、リズがテーブルに皿を置き、そっと頭を抱き寄せてくれる。


「お婆様のお菓子を食べる前に聞いた方が良いよね……。すっきりしてから、食べよっか」


 リズが静かに囁くように耳の中に言葉を流し込む。


「うーん、悲しいとか辛いではないかな……。ただ、この世界に取って私は異分子だよね……」


「んー、それで?」


「なるべくこの世界の中の常識は常識として受け入れて、その上で変えられる事は変えようとしてきた」


「うん」


 頷きがダイレクトに頭の上に感じる。


「傭兵ギルドの成り立ちや考え方を聞いた時に、違和感はあったけど、この世界の(ことわり)だと思ったら割り切るべきかと考えていた……」


 ふわふわと広がる甘い香りに急かされるように呟く。


「でも、この世界の人間も違和感を感じていた。是正されるべきだと考えている人がいた」


「そっか……」


「この世界が辛いかと聞かれたら、そうでもない。結局この歳になればどんな世界でも変わらず辛いし。何より、リズや家族がいるこの世界は好きだよ。だからこそ、納得のいかない事は変えていかないと駄目だと思う」


「何に納得がいかなかったの?」


「私やロスティー様、ノーウェ様であれば、対処出来る壁であったとしても、私がいない時にリズや仲間が家族が領民が対処出来るかと考えれば、無理な事もある」


「うん、きっとあると思う……」


「そんな事で、大事な物を失う事を是とするのかと考えたら、どう考えても割に合わない。それにこの世界の人間も同じく、非であると認識している」


「それで……」


「じゃあ、私がやる事は何かなって。正直、この国を、この大陸を劫火の渦に沈めるのは難しい事じゃない。でも、焼け果てた廃墟の丘で大事な人と手を取り合えるのかと言えば、否だと考える」


「うん、難しいね……」


「だから、私は、変えないといけない。この国を、大陸を敵に回したとしても、将来の禍根は摘むべきだと考える」


 そこまで告げると、リズがぎゅーっと抱きしめて、解放してくれる。


「ヒロって、いっつも我慢するよね? どうして?」


「私は人よりも力がある。それを使う人間が節制しなければ、それはただの凶器だから……かな」


「私にはお父さんもお母さんも兄さんもヒロもいる……。ヒロに取って厳しいものが無い世界は、辛い?」


 真摯な瞳に見詰められ、そっと微笑みを浮かべる。


「そうだね。自制も強すぎれば、害悪だろうね。ありがとう、もう大丈夫。決めた。私は、傭兵ギルドを変える。これ以上、危うい橋を渡るのはごめんだ」


「ふーん、うん。ヒロがそう決めたのなら、良いと思うよ。私も皆もヒロの背中を支えるだけだから」


 にこりと笑うリズの額に口付けて、そっと立ち上がる。


「ありがとう。少し考えがまとまった。昨日の襲撃とギルドの人間の話とロスティー様の話で思考がごちゃごちゃになっていた。シンプルに考えて、弱いところを攻められかねない現状は歪だ。それは神様が望む形でもないだろう。十中八九情報を入れた際に、何かの思惑で恣意的にずらされたような気がする」


「その辺りは話を聞いていないから分からないけど、ヒロはダメだって思ったんだよね?」


「穴がありすぎるね」


 そう伝えると、にっこりがにんまりに変わる。


「じゃあ、変えれば良い。ヒロはいつも十分自分を制御している。その上で、国の、私達の、領民の未来にならない事ならば、好きに変えて良いよ。いつもの事だよ」


 ぽふぽふと頭を撫でられる手を掴み、引き寄せ、唇を奪う。思うさまに蹂躙し、ぽてりと離す。


「はぁぁ。私らしくないよね。二人で幸せに歩むのが目的なのに、何かに配慮して我慢するなんて。馬鹿らしい。本当に、馬鹿らしい」


 テーブルの上のポットにお湯を生み出し、茶器にお土産用に買っておいた紅茶の葉を入れる。


「うん、もう大丈夫。さぁ、折角作ってもらったものが楽しみだ。まだ、冷めてないよね」


 足元では、二匹が甘い香りに好奇心でしっぽをふりふりしている。食べたい訳では無いのだが、目新しい匂いは気になるらしい。そっと差し出すとクンクンと嗅いでソファーに伏せてどう処理するのか楽しそうに見つめている。


「ん。大丈夫。北国のお菓子らしいよ」


 はいっと渡されたぽてりと丸いパンのようなものは触れるとふにふにと弾力が返ってくる。ベーグルの生地に近いかなと思いながら割ると、中には色とりどりの干した果物が散りばめられている。それに中心には蜂蜜が封じこまれていた。

 はむっと噛んでみると、もちもちとした生地の食感に干した果物の少し硬い感じが心地良く、ほのかな甘さと蜂蜜のべたりとした甘さが交互にアクセントになって、美味しい。紅茶で流すと、ふんわりと蜂蜜の後味だけが口の中に残る。

 そっと半分を差し出すと、艶めかしい唇が割られ、はむりと咀嚼する。きゅっと急な甘みに驚いたかのように閉じられた瞳と口、それに少し盛り上がった頬が官能的な曲線を描く。


「甘い……でも、美味しい……」


 リズの少しだけ、幸せそうな猫を思わせる、可愛らしい笑顔。


「うん、北の方って、こういう素朴な甘いお菓子が多い印象だけど、実際にそうなんだって実感した」


「材料は『リザティア』でも揃えられるらしいし、歓楽街の喫茶店でも出せそう」


 珍しく、リズが喫茶店のメニューになんて言及してくる。


「うん、楽しいかもね」


 二人で微笑み合いながら、今日の成果を楽しみ、食後のお茶の時間を緩やかに過ごした。


 興奮気味の二匹を何とか大人しくさせて、箱に戻し、ベッドに潜り込む。


「あのさ、リズ……」


「なに?」


「この世界に来て、やっぱり幸せだ」


 暗闇の中でくすくすと笑い声が聞こえる。


「どうしたの、ヒロ」


「君に出会えて、初めて生きているって実感を得た。君に出会わせてくれた神様に感謝を。そして、一緒に歩んでくれるリズに永遠の愛を」


 暗がりの中、柔らかな唇を貪り、そのまま頭の後ろに腕を巻き付け、どこまでも蹂躙していく。両者の息が上がる頃に、そっと離す。


「ふふ、ヒロ、大好き」


「私も、好きだよ、リズ」


 ロスティーの屋敷と言う事で自制していた何かが壊れ、そっとリズの上着の紐を解き始める。


「あ、こら、ヒロ。情緒が無い!!」


「ごめん、我慢出来ない感じ」


「むー、はぁぁぁ、良いよ……」


 リズが頭に腕をぎゅっと回してくれた段階で、理性のタガが外れた。ここからは記憶が非常に曖昧だ。


「あ、ヒロ。さっきのお菓子だけど……」


「ん?」


「興奮を促進する成分を含んだ、果物を混ぜるのが、正式なんだって」


「で、今回は?」


「正式版だから、混ざっているよ……」


 闇の中、ぼぅっと見えるリズの顔はいたずら混じりだったように感じた。


「図られた気がする……」


 そんな感じでやり取りをしながら夜も更けていった。

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