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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第三章 異世界で子爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第604話 ワラニカ王国における暗闘 ~国を盤面とした一局

 ノーウェと一緒に応接間を出るが、珍しく前から溜息が聞こえる。


「どうなさいました? ノーウェ様」


 聞くと足を止めて、振り返るが、若干浮かない顔。


「うーん、ああいう父上はあまり好きではなくてね。切りにくいのは分かるけど、甘さを見せる場でも無かろうとは思う」


 あー、ノーウェも思うところはあるか。私も知らない事を前提に話を進められるので、ちょっときつかった。


「夕ご飯にはまだ時間がありますし、一局いかがですか?」


「ふーむ……。私の愚痴だよ? まぁ、偶には良いか。前の調味料はあるかい? 東屋で涼もう」


「あれは、少し時間がかかります。味噌だけでも食べられますが、ビールはもうないですね」


「ワインでは、少し合わないか。さてさて、厨房で見繕うとしようか」


 両者共に、自宅ではないので勝手が分からず、何とも情けない感じで厨房に向かう。もうリズ達はいないので、お菓子は作り終わったのかな。後で食べさせてもらえれば嬉しいなと思いながら夕食の準備に忙しい料理人に聞くと、材料は出してもらえた。クルミや木の実はあるし、キュウリなどの野菜もあるか……。イノシシの乾燥させた塩漬けを細かく刻み、野菜と合えて、木の実類を砕いて乗せる。後はオリーブオイルと酢、塩コショウで軽く味付けをして、簡単なサラダを作って、白ワインを一本預かって、東屋に向かう。


「しかし、君も手早いよね……。サラダとはいえ、あっという間だし」


「一人暮らしが長かったので料理は一式出来ます。まぁ、男の料理ですが」


「そうかい? 十分美味しそうだったけど……」


 そんな話をしながら、ワインクーラーをカラコロと鳴らしながら、東屋に入る。西日にもまだ早い程度の柔らかな黄色い日が差し込んでくる。鉱魔術で酸化エルビウムとケイ酸塩を高熱で加工した物をイメージしながら、私の紋章を浮き彫りにしたグラスを二脚生み出す。透明感のある桜色に十弁桜の浮彫と散る花弁が可愛らしくあしらわれている。


「これはまた、奇麗だね。これも魔術かい?」


「はい。鉱物関係で理解出来る物は作れるようですね。土魔術よりも範疇が広いので重宝しています」


「多彩で何よりだ。しかし、この淡い色は心が癒される」


 ノーウェが向かいにかけるのに合わせて、皿を置き、サラダを取り分ける。ワインのボトルを傾け、桜のグラスに白ワインを注ぎ、ノーウェに差し出す。


「いつも気を遣って頂いていますので、今日くらいはゆるりとお話出来ればと。『警戒』もありますので、聞き耳は大丈夫でしょう」


 グラスを上げると、ぷっとノーウェが噴き出す。


「すまないね。ありがとう」


 互いにくいっとほのかに冷えたワインを傾け、ほぉっと深い息を吐く。ナッツの香りとオリーブオイルの香りが高く、ほのかな酸味とコショウの辛みを帯びた香りが野菜の甘さと掛け合わされ、その水分と共に、喉と鼻を抜ける。


「ふふ……」


「何か?」


「いや、美味しいなと。君は何でも出来るね」


 あー、大分重症な気がする。私の父も家庭に関してはあまり顧みる人間ではなかった。そういう時の表情を思い出してしまう。


「何でもは出来ません。ただ、誰かを愛した時に共に楽しめればと勉強はしましたが」


「そうか……。うん、そうだね。君の力は努力の結晶なのだろう。羨んでも仕方ないね」


 そう言いながら、ほのかな微笑を浮かべる。


「傭兵ギルドの件はお気に召さなかったでしょうか?」


 こういう時は迂回しても埒が明かない。ずばりと切り込んでみた。


「冒険者ギルドの時と一緒だよ。悪さをすればきちりと対応をしなければ、増長はするだろうね。父上は持ちつ持たれつと言っているが、どこかで破綻する話さ。傭兵ギルドだって一枚岩ではないからね」


「ワラニカが良くても、ダブティアが……ですか?」


「んー。昔は結構ちょっかいを出されたしね。先程話に出たように、知っている人間も被害にはあった。国と国との間では、こんな甘い話にはならないからねぇ。父上もそれは理解しているだろうに……」


 こくりとグラスを傾けると、手酌でノーウェが注ぐ。


「故郷でも、戦争を請け負う商家と言うのは存在していました。ただ、国の法律の範疇の中で動きますので、犯罪はそもそも犯せないですし、国の権限で罰そうとすることも可能です」


「する事も可能と言う事は罰せなかったのかい?」


 ノーウェがつとこちらの目を覗き込みながら、呟く。


「条例と仰いましたか。似たような話がありましたので。兵と認められない人間が条例の範疇に入らない故に、罰せないという話はあったようですね」


「そうか……。どこも世知辛いね……」


 ざくりとサラダを楽しみながら、グラスを傾ける。


「誤算と言ったよね……。今後も誤れば、この手の襲撃が発生するのか、と言う話だね。それに、この屋敷に関わる金額はまぁ、納得がいくが、他の屋敷に関わる金額はどうなるのだろうね。もし支払いが可能であれば、実施されるのだろう? それが契約だと言い切ったからね……」


「そうですね……。ただ、傭兵ギルドが犯罪に関わる事は無かったというのがロスティー様の言葉でもありましたが」


 私もグラスを傾ける。


「今までは……だろうね。どこかで実行可能になるのであれば、それは制限してしまいたい。そう思うのは、若さなのかな?」


 ぼうっとグラス越しに、私を眺めてくるノーウェの瞳。


「私の方が、経験は少ないですよ? ただ、色々と物事を締め付けたくなるのは若さゆえでしょうね。悲劇を繰り返したくないから、制限をしてしまう……」


 その言葉にノーウェがくいとグラスを呷る。そして、注ぐ。


「君ならば、どうする?」


「締め付けると、どこかで噴出するものです。既得権益が侵されるのを組織は一番嫌いますから。それならば、自由にさせながらも、首輪だけは付けておくと言う感じでしょうか」


「首輪?」


「内通者を入れる。諜報の対象にする。そもそも向こうが嫌がる事を調査して、こちらの手中に置いておく。やりたいことはやって良いけど、こちらに不利益を被らせるというのであれば、相応の痛みを覚悟させると言う事でしょうか」


「ふーむ……。やるとすれば、父上と相談かな、そこまでいくと……」


「はい。それでよろしいかと。別にロスティー様とノーウェ様の方針にずれは無いはずです。ただ、手段においてブレがある故にノーウェ様が不快に思われているのかと。そこは素直に話した方が良いでしょう。私はもう修復不可能故に双方立ち入らないようになっていますが、別にお二人に関しては隔絶がある訳ではありません。素直に好悪は出されて問題無いかと。時代も人の思いも移りゆくものです。お互いに少し、理想を強要し合っているように見えます」


「理想……か。そうだね。開明派としての理想を父上に見て、それが自分の気に入らぬ事であれば、機嫌を害する。はは、子供だね……」


「現実とは必ずしも一面的なものでもありません。人の見方によっては、移ろうものでしょう。結果は変わらずとも、受ける印象は随分と変わる物かと」


「ふむ。今回仮に犠牲が出たとしても、父上は同じく話を続けていたかな……」


「結果は変わらなかったと見ます」


「そうか……。現実か。分かった。父上と腹を割って話そう。各ギルドとの距離感はもう少し考えるようにする」


「そうですね。出来れば祖父と親の喧嘩など見たくもありませんし。此度の件、誤算と謝罪が同価値で語られている事に不満は持っておりましたので」


 そう告げると、ノーウェが首を傾げる。


「そこに何を見るんだい?」


「事を起こしても、誤れば、謝れば良いという話に刷り替わるのが時間の問題と言う事です。信頼というテーブルが置き換わりました。後、例えロスティー様が要職とは言え、国王陛下や前王妃殿下の言葉より重用される訳では無いです。此度の件はその試金石に使われた可能性も含めて、考えるべきだろうと」


 そこまで告げて、グラスを干す。大分軽くなったボトルを傾け、軽く注ぐ。


「傭兵ギルドが見限る事も含めて考慮せよと言うのかい?」


「最悪はそうですね。国王陛下の出方次第では、そこまで考える事になるかと考えます。ロスティー様も仰っていましたが、もう兄上ではありません。そろそろワラニカと言う国に対する姿勢そのものを改めるべきかとは考えます」


 ロスティーは宰相だが、宰相以上の力はない。敵が前王妃だった場合、最悪現国王を巻き込む可能性は十分ある。そうなれば、現状のロスティーでは止めきれない。国王と保守派と王家派に攻撃された場合、開明派だけでは押し切られる可能性がある。その為に公としての、王の係累としての役目を背負ってもらわなければならないかもしれない。ノーウェもそれが通じたのか、表情が硬くなる。


「下手をすれば、弑せよと?」


「状況次第です。踊らされぬのなら良し。踊るのならば……でしょうか。ただ、そうならないように動きますが、それを手段として認識してもらわなければならないだろうとは考えています。それが、賢王を弑した私が被るべき、連綿とした負の遺産でしょうから」


 そう告げると、ノーウェが固く目を瞑り、眉根に皺を寄せる。


「大きい物を背負わせたね……」


 絞るように吐き出す声。


「現王陛下だけであれば納得頂いているようですが、女性が絡むとこういうのは上手くいかないというのが世の常です。何にせよ、今ロスティー様とノーウェ様が仲違いをしても利点は全くありません。出来れば、心の内をきちりとぶつけてもらえますか?」


「分かった。この話父上とも、改めて話し合う。すまないね、ここまで気を遣わせて」


「いつも気を遣って頂いておりますから。私が出来るのはこの程度です」


 そう告げて、残りのワインを双方のグラスに注ぐ。『警戒』の端に執事の気配をちらりと感じる。


「では、父と子の仲に」


「面映ゆいね。良き孫であり子である君の先に」


 それぞれに杯を上げ、飲み干し、テーブルにトンと置く。


「グラスはお二人の話の際にでもお使い下さい」


 にこやかに告げると、ノーウェが嬉しそうに微笑む。


 片付けが終わり、東屋を出ようとすると、執事の顔が見える。夕ご飯の用意が整った旨を告げてくる執事にノーウェが荷物を渡し、食後の会見をロスティーと調整するように伝えている。

 さて、このぎくしゃくした流れの是正と、ちょっと思い違いをしているギルドの根性を叩きなおすのと、暗躍する何かに一泡吹かせるための、一石となれば幸いかな。この一局は国と我等を相手にした一局だ。そう思いながら、愛するリズが待つ食堂にノーウェと共に向かった。

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