第602話 ワラニカ王国における暗闘 ~その序章
そのままリズの横に腰掛けると、フィア達と盛り上がってて微笑ましい気分になる。中々、こういう年相応の楽しみを提供する事も出来ないのでペルティア様々だなと。なんとなく漏れ聞こえてくる話を聞いているとドライフルーツの話が出ていたので、色々果物がころころ入っている何かなのかなと少し楽しみになってくる。これから来客と言う事で考えてくれたのか、小さなイノシシ肉の煮物とスープがメインで量自体は少し少なめだった。体型上燃費が非常に良いので、助かる。と言うか、あまり食べ過ぎると眠くなる。食事が終わると、リズ達はペルティアの後を追って厨房ではなく談話室の方に向かうようだ。ふとリズが振り返り、上目遣いで、微笑み、手を振ってくれる。あぁ、幸せだなぁと。
部屋に戻り、正装に着替える。しかし、昨日の今日でまた正装かと。何着か仕立てないと傷みそうだ。シャツは新しいものを羽織り襟を整え、ズボン、上着を着こみ袖を付ける。鏡を覗き問題ない事を確認し、タロとヒメの毛が付いていないか目を凝らし始める。しかし、かなり髪の毛も伸び始めている。ばたばたしてて中々散髪に行く機会も無かったなと考えていると、ノックの音が響く。向こうが到着したと言う事で、応接間に案内される。
応接間の中では、ロスティーが上座に座り、ノーウェがその下に、私に用意されているのもその下の席だ。正装を着用するのに下座なのか? ちょっと心の中で首を傾げていると、ノックと執事の声。扉が開けられた先に立っていたのは、傭兵ギルドと言う響きには少し似合わない細身の男性だった。年の頃は四十半ばと言う感じだが、この世界の人は少し年上に見えるから私と同い年程度だろうか。緩やかな服で隠されているが鍛え上げられた筋肉が動く度に布越しに感じられる。『認識』先生の声に耳を傾けると、剣術系統と盾術系統が羅列されていく。それも熟練と言って良い2.00を超えた物ばかりだ。穏和な微笑みに似合わない程にこの人、武闘派だ。思った以上の結果に若干顔が強張ったか、男性がこちらを見るとふわっと微笑みかけてくれる。それに合わせて、愛想笑いを返す。
「本日はお忙しい中お時間を頂きましてありがとうございます。ロスティー公爵閣下」
流麗と言うよりきびきびとしたという印象で一礼をする男性。その声はやや高めだが、酷使されたのか潰れた感じの若干濁った感じだった。市場のおじさんとかでこういう声の人がいたなぁと場違いにも思う。
「久しいな、デーマルキーン殿。紹介しよう、息子のノーウェだ。今度伯爵に上がった」
ロスティーが声をかけると、ノーウェが一礼する。ただいつものような余裕のある感じではなく、若干険がある。昨日の件を引きずっているのか……。流石に命のやり取りをした相手の上役に会うのだから確執もあるか。上司の珍しい姿に少し目を丸くしてしまった。
「そして、孫のアキヒロ。同じく子爵に上がった」
紹介され一礼すると、思った以上に好印象で眺められている。なんだろう、この違和感。別に絡みは無かったし、この人も知らない。
「ノーウェ伯爵閣下は昔、現場に出ていた際に一度拝見しました。商家の護衛でしたが、トルカももう懐かしいですね。そうですか、あの時の領主様がもう伯爵閣下ですか。上級貴族と言う事は今後お会いする機会も増えましょう。今後ともよろしくお願い致します」
ふわっと微笑むと目を瞑り過去を思い出すようにうんうんと頷く。そして目を開いた時には、より好奇な輝きを宿した瞳でこちらを射抜く。
「そして、アキヒロ子爵様ですね。お噂はかねがね」
その言葉に、ロスティーとノーウェがぴきりと反応する。
「噂……とな。ノーウェの寄子で有能故、孫としたが。何か噂が流行っておるのか?」
ロスティーが刹那見せた訝しみを完璧に噛み殺し、冷静そのものの声で聞く。
「あぁ、いえいえ。現場から噂が上がっているのですよ。ご存知ですか、トルカから『リザティア』までの経路で隊商に道を譲って下さる貴族の方がいらっしゃると」
デーマルキーンが言うと、二人がこちらを向く。そんな事をしているのかという微妙な視線が向けられる。
「実際に貴族の方の時間と我々の時間では全く価値が違います。それにも関わらず、隊商が近づくと道の端で待って下さっていますし、通過の待ち時間で商売までまとめてらっしゃる。このような方は初めてだと、現場の傭兵からは評判です」
「ふーむ。まだまだ領地を開いたばかりでな。隊商の動きも先見出来ぬが故だろうが。評判と言うのは?」
ロスティーが問いながら、席を進める。皆がソファーに座ると、お茶が運ばれ、室内に香りが広がる。
「はい。商談の際も親身に対応頂いていますし、『リザティア』そのものも素晴らしい町です。そのような方とお仕事が出来ればと常に噂しております」
目を見ていたが、特に嘘をついている感じもしない。親愛の感情も敬意も変わらず投げかけられている。本気か……。正直、隊商を蹴散らそうにも二百を超える馬車をずらしていくだけで二時間近く無駄になる。さっさとレイやロットの指示で黙って待っていれば一時間もかからず通り過ぎるし、その休憩時間に商談をするのは時間が勿体無いからだ。それがここまで好印象になっていたとは……。
若干、意外というか面映ゆい感じでいると、ロスティーが小さく頷く。
「あい分かった。我が孫らしいというか……。その辺りはまだ不器用でな、迷惑はかけておらぬか」
「逆です。商家の方からも現場からも良い話しか聞きません。本日はお会い出来るのを楽しみにしておりました。まぁ、他にも理由はありますが」
若干眉根を寄せながら、デーマルキーンが告げる。他の理由……?
「して、本日の用件は、昨夜の出来事かな?」
「はい。申し開きに参りました。頂いたお話では皆生きていると言う事ですが、昨夜の状況を聞く時間を頂いてもよろしいですか?」
デーマルキーンが聞くと、ロスティーが若干瞑目し、頷く。そのまま執事を呼び、昨夜の襲撃犯を勾留している部屋に案内するように告げる。執事の後を追い、デーマルキーンが部屋を出ると、二人が深々と息を吐く。
「お主はそんな事をしておったのか……」
ロスティーが若干呆れたように言ってくる。
「そうですね。向こうに寄ってもらう時間の方が無駄ですので、休憩時間に当てています。それに何か面白い物があれば買いたいとは思いますしね」
そう答えると、くくとノーウェが小さく笑う。
「私達は隊商の情報が入れば、馬車は使わないからね。まだ足が無いからしょうがないだろうけど。そんなところで噂になっているなんて思ってもみなかった。いや、冷や汗が出たよ」
現状出来る限り私の業績は二人に譲った形で秘匿している。ちょっと商才のある新興子爵が広まっている情報だろう。
「何にせよ、核心に迫る情報以外で良い評価が出るのなら問題ないだろう。しかし……そうか。人徳であろうな」
ロスティーがやや苦笑気味に笑い、カップを上げる。
「他の理由と言うのが個人的に気になりますが……」
そう告げると、二人が顔を見合わせ、首を振る。
「分からぬ。そもそも向こうはここにお主がおると言うのも知らぬ筈故」
貴族達は知っているが、別にそれを喧伝している訳では無い。傭兵ギルド側でも情報収集はしているだろうが、木っ端貴族がどこにいるかなんて気にもしないだろう。その辺りの推論を相談していると、再度ノックの音が響く。
「皆無事でしたか。喜ばしい、ほっと致しました。アキヒロ様の魔術で助けて頂いたと。本当に感謝致します」
デーマルキーンが部屋に入ってくると、感極まった様子で近付き、手を握ってくる。何というか、対処に困る。戦争屋というイメージがあったので、もう少し怜悧な印象を持っていたので、印象が狂う。
「で、申し開きと言う事だが……」
ロスティーが告げると、デーマルキーンが改めてソファーに座り、カップを傾ける。
「結論から申しますが、昨日の件に関しては、私共の誤算の結果となります」
そう告げた瞬間、ふわっと怒気が広がり、ノーウェの手がぎりっと握りしめられる。顔は穏やかなままだが、内心は猛り狂っているのだろう。
「誤算とな。儂はお主らが何かを理解しておる故、なんとなくわかるが、この二人は初見となる。今後の付き合いもある故な。もう少し説明をしてやってくれんか」
ロスティーが朗々と告げると、デーマルキーンが頷く。
「そうですね。ノーウェ伯爵閣下とはダブティアの傭兵ギルドがユチェニカ領の指示で小競り合いを行った事により、確執があるかと思いますので、まずはギルドに関する説明からと致します。この辺りは、現場の方で説明する事は無いですので」
デーマルキーンが語り始めるのは傭兵ギルドの生い立ちから、現状に関してというところだろうか。元々傭兵ギルドは各国の兵員に不足が発生した際に補充を行うためのアウトソーシングを目的として設立した組織だ。その活動内容は兵員育成、兵員輸送、派兵となる。また、商家や旅行者、貴族と契約して護衛を行う事もある。
「我々は兵と言う究極の暴力を商いとして扱っております。それ故に、律すべき事は多岐に渡ります。各国の方々が安心して利用して頂けるように、契約の履行は絶対となります」
デーマルキーンが言葉を切り、カップを傾ける。
「ただ、我々とて犯罪を犯したい訳でも、人を殺したい訳でもありません。目的は、ギルド員及びその家族の健やかな成長を互助する事となります。その為の糧を兵員の提供と言う形で得ております。尚この辺りはあまり広める事は無いですが、暴力を希求する人間と言うのもやはりいます。そういう人間は傭兵には向きません。そういう人間は別の仕事を紹介しますね。この仕事を続けられるのは真摯に家族を仲間を大事にして、成長を望む人間となります」
その言葉にノーウェがこくりと頷きを返す。
「先程、契約の履行と申しましたが、それが今回の誤算となります」
そこまでデーマルキーンが告げた段階で、違和感が口を突いて出た。
「ディアニーヌ様の匂いがする……」
その言葉に好奇の目がこちらを向き、ロスティーに移る。
「我が孫も子爵ぞ。そろそろその辺りの話も教えておる」
ロスティーが嘘でたらめを言うと、デーマルキーンがなるほどと納得したように何度か頷く。
「他のギルドもそうですが、中心人物にはディアニーヌ様の薫陶を受けた人間、王の係累が入っている事が多いです。必ずしも領地経営に向くわけではありませんので。また、大規模な組織を運営するのですから、経験と知識は重要となります。傭兵ギルドの理念の一つも知は力と言うものです。戦争と言う狂気を理性を以って実施するのです。教育を受けなければ成り立ちません。それに、各国の法律、条令を守る事は最重要となります。それだけの覚悟で律しなければ、兵と言う凶器を持った我々が信頼される事はありません」
デーマルキーンがそう告げた瞬間、ノーウェが口を開く。流石にストレスの限界に達したか……。
「では、昨夜の件は一体どうした事になるのかな? 傷害罪、ロスティー公爵閣下の命を狙うのであれば内乱罪にまで発展するが?」
「はい、それは重々承知しております。それが故に、誤算です。我々とて、王国の繁栄が最も糧を得る機会となります。そこを荒らしても意味はありません。その為、犯罪行為や各国の内情に触れるような案件に関しては、受理しない方針で動いております」
「だが、実際に!!」
「その通りです。昨夜の襲撃は起こってしまった。ロスティー公爵閣下、此度の契約書となります」
デーマルキーンが懐から数枚の紙を取り出し、ロスティーに手渡す。ざっと眺めた後に、ノーウェに渡し、こちらに回ってくる。内容としては、正直酷い。契約を結ぶ気がそもそも無い。公爵の屋敷を襲撃するのに出せる人員は三十人が限界だし、それも規定以上の手傷を負った段階で失敗とみなし逃亡を許可されている。また、この契約に伴う傭兵ギルドへの一切の不利益は契約者が負う。あまりにも杜撰な白紙委任状に近い。それに今回の報酬は前金全額支払いとなっている。その額が……。
「二億四千万ワール……」
ノーウェが流石に訝しみを顔に浮かべる。
「しかも、契約者は保守派の子爵か……。このような額、支払える筈もないが。そもそも保守派の予算で考えてもこの額は早々動かせぬ」
ロスティーが目を細め、デーマルキーンを射抜く。
「仰る通りです。税で半分がワラニカに持っていかれますが、一億二千万ワール。三十人に関しては死亡がほぼ確定しております。その家族百人余りを今後五年から十五年の間世話をする金額となると大分勉強はしております。それでも、公爵閣下であったとしても即金は無理だろうと考えておりました」
一人当たり四百万ワールか。一般的な領地で兵員を一年雇って維持するとなると大体三百万ワール程度となる。このお金だけで四十人の正規兵が一年間運用出来る算段となる。本当に勿体ない。ちなみに『リザティア』だとかなり維持費は減る。そもそも前線を維持するために軽装、重装兵が動く壁になり、弓兵がその背後から射るのが基本の流れだ。『リザティア』だと、この前線を装甲馬車が代用する。その為、兵員の維持費が全体に比較して圧倒的に安くなる。そもそもクロスボウの生産費用もかなり圧縮出来ている。
「契約では前金全額となっておるが、払ったのか?」
ロスティーが問うと、デーマルキーンが執事に目をやる。執事が一礼し、廊下からそこそこ大きな巾着袋を重そうに運んできてテーブルにそっと置く。置いた瞬間に響くのはじゃらりと重い音。デーマルキーンが袋を開けると、百万ワール金貨がざらりと見える。
「受け取りました」
デーマルキーンが言うと、ロスティーが額を抑える。
「ぐむぅ……。これは、きな臭いな。流通貨幣ではない。国庫の準備金の可能性すらある。そこまで愚かとは思いたくはないが……」
ロスティーが言葉を濁す。下手をすると、国の金庫に保守派が盗みに入った可能性まで出てきた。
「しかし、そうなるとますます分からないよ。そもそも、傭兵ギルドが絡む話は、余剰金の一億ワールをどうするかの話だったはず。それを超える報酬を支払って……目的?」
ノーウェが途中まで呟き、デーマルキーンを強い目で睨む。
「お察しの通りです。此度の件、襲撃が目的ではありません。目的は一つ」
デーマルキーンがつと、こちらを見る。
「アキヒロ様の身柄確保となります」




