第601話 フーア交戦条例
庭師の人と今後の育て方に関して意見を交わしていると、屋敷の執事がこちらに向かってくる。侍従や侍女じゃないと言う事は何かあったのかなと思っていると、私の方に話しかけてくる。
「アキヒロ様。もしお時間を頂けるのであれば、お客様をご紹介したい旨をロスティー様より言付かっております」
一礼の後に執事が口を開く。
「お客様……ですか? どなたでしょうか」
「傭兵ギルドワラニカ王国総長です」
ふーむ……。ロスティーが呼んだのかな。昨日の件もあるし同席した方が良いか。
「もう来られているのですか? また、服装はどうしましょうか」
「先程先触れが来られました。昼食後辺りを目途にご訪問との事です。服装に関しては正装をお願い致します」
きちんと先触れを出しての訪問か。冒険者ギルドの件があってあんまり国レベルの総長に対して良い印象は無いけど、実際は国一つの組織を任されているんだから偉いよね。正装はしょうがないか。
「分かりました。他に言伝はありますか?」
「いえ、以上です。細かい話は昼食の際に直接ロスティー様よりお話があるかと考えます。まずは意志だけを確認出来ればとの事です」
「なるほど。では、お会いする旨をお伝え頂けますか」
「畏まりました」
そう言って再度一礼し、執事が屋敷の方に戻っていく。時間的にはもうそろそろお昼ご飯の時間だろう。庭師の人も、ペールメント達を呼んでいる。お昼をあげるのだろう。タロとヒメも集団の中で大人しくしていたが、こちらに気付くと離れる旨をペールメントに伝えて、駆けてくる。
『まま、うさぎとったの!! むきかたもわかったの!! うまー!!』
『ほかく!! ぶんぱい!! びみ!!』
元々自然の丘に作られた屋敷なので、野生動物も結構生息している。ただ柵で囲んでいるので、大型の生き物はいない。シカ程度なら良いけどイノシシとかが迷い込むと大変な事になりそうだ。逆にウサギなんかは柵の下を潜って潜り込んでいる。偶に立ち上がってキョロキョロしている姿を見かける。モグラの穴っぽいのもあったのでそういうのを獲物にしたりしているのかな。
『もう食事をしたのなら、お昼ご飯はいらないのかな?』
『馴致』で聞いてみると、二匹ともがーんと言う感じで口を開けて呆然としている。
『すくないの!! わけたの!!』
『くうふく!! きが!!』
小さな獲物をどうやって捕るのか、どうやって獲物を食べるのか、また食べる順番をどうするのかなどを教えていたのは見ていたが、本当に欲望に忠実で可愛い。
『じゃあ、戻ろうか』
そう伝えると、足元にじゃれつくように体を擦り付けてくる。軽く撫でると、嬉しそうに目を細めて、ててーっと前を歩き始める。それに付いていきながら、屋敷の方に向かう。大開放前のウッドデッキで二匹の足を拭って食堂に入ると、ロスティーとノーウェが既に席についていた。
「お待たせしましたか?」
皆もいないし、珍しいなと思いながら声をかける。
「おぉ。いや、待ってはおらぬ。傭兵ギルドから先触れが来たのでな。対処をどうするかノーウェと思案しておっただけだ」
「食堂で、ですか。少し不用心かと思いますが……」
「執務室で父上と二人で話をしていても、滅入るだけだからね。少し気分を変えようかと思って、庭を眺めてただけだよ」
ノーウェがふんわりと微笑みながら、後を継ぐ。
「ちなみに対処と言うと、どうなさるのですか?」
そう聞くと、二人の眉根に皺が寄る。
「今回依頼を出した者は、刑法上傷害罪とその意図によっては内乱罪だろうな。ただのう……。保守派の下が出てくるだけなのでな。相手をするだけ無駄なのが業腹だな」
「最低限、意図だけは知りたい……かな。言ってなかったけど、この手の騒ぎは良くある話でね。純粋にこんな事で殺し合いをするだけ無意味なんだよね。皆殺しにしても結果は変わらないけど、今回は君のお蔭で奇麗に生け捕りに出来たしね。精々、傭兵ギルドに恩を売る程度かな」
こんな小競り合いと言うか、殺し合いが日常茶飯事と言うのもかなり嫌だが、別に現代日本でも抗争なんて普通に起きている。ただ、関わり合いにならないだけで、そういう職業の人や、狙われるだけの地位がある人にとっては、ここも日本も変わらないのだろう。今となっては私も為政者だ。今後はこういう殺伐とした状況も甘受しないと駄目なのかな。『リザティア』はちょっと条例をきつめにしておこう。
「そういえば、今回の傭兵ギルドに弓手がいなかったのはなぜなのでしょうか?」
「あぁ。それは価格的に無理なのと、条例上無理だから傭兵ギルドが断ったのだと思うよ」
ノーウェが朗らかに説明してくれるが、ちょっと良く分からない。なんとなく何でもありの殺し合いかと思っていたけど、違うのか?
「条例、ですか?」
「戦場での面制圧や威嚇での弓の使用はフーア交戦条例上許可されているね。ただ、夜間の弓の使用は明確に敵味方の識別が可能な状態でなければ禁止されている。対人戦争時の弓の使用は結構制限があるよ」
うん? 王国法に関する法律関係は確認していたが、フーアと言う事は大陸内で結ばれている大きな条例なのか? そんな物、聞いた事も無い。
「あぁ、今までは交戦権が無かったから、提示していないよ。どちらかと言うと、攻める場合に注意する事が主になるから。写本の方は後で渡すよ」
簡単にノーウェに説明してもらったが、地球の交戦に関わる条約が色々ごちゃまぜになった物に近い。夜襲は戦術上許可されるが、少数で忍び込んで敵将を暗殺するのは不可とか、ちょっと分かり辛い。殺されたもん負けな気もするが、後で各国から追及される話なので、基本的には遵守しているようだ。戦術レベルで使える策、使えない策が出てきそうなので、早めに確認しておきたい。後、兵としてやって良い事と悪い事、兵に対して守らないといけない事も記載されている。逆にこれを守らない兵は兵として扱う必要が無いらしい。戦争中に兵として扱われないと言う事は、兵として守られない上に、戦後にはただの殺人者としての罰を受ける必要が出てくる。なので、兵かそうでないかの境界は非常に重要だ。後、魔術士に関しては、結構曖昧だ。それぞれの能力に差がありすぎて、一律の物差しで判断出来ないのだろう。正直、敵陣に私がホバーで飛び込んで、熱湯をダム一杯分かけて逃亡しても犯人は特定出来ない。条例があるから大丈夫と言うより、イレギュラーが存在するからその際に気を付けるのは何かと言う部分で読み込んだ方が良い気がしてきた。
「そう考えると、魔術士は軍にとっては扱いにくいんですね」
「絶対的に数が少ないからね。火種、水の確保、陣地構築、投擲物の除去、やる事が多すぎるよ。君が規格外なだけで、他の子はもっと大人しいからね? それに、ある程度以上成長したら独立した方がお金になるし、老後も色々出来る。教育支援をして、軍に優先的に入ってもらうけど、さっさと返納して出ていく人間も多いから、痛し痒しだね」
あー、風魔術士でも、宿で乾燥機になるだけで生活出来るんだから、軍であくせくする必要は無いか。
そんな話をしていると、焦れたのか、タロとヒメが盛んに足元にまとわりついてくる。お腹が空いたらしい。
「では、先に食事をあげてきます」
そう告げると、二人が頷くので、二匹を連れて一旦部屋に戻る。リズはまだ帰って来ていないので、ペルティアと一緒にお菓子作りかな。一旦箱に戻ってもらい、厨房に向かうとペルティア達が楽しそうに話しながら、生地を練っている。と言う事はパンっぽいものなのかな。と、こちらに気付くと、リズがぱっと隠すので内緒らしい。私も後のお楽しみにしようと料理人にイノシシ肉を分けてもらい、部屋に戻る。
『イノシシうまー!!』
『まんぞく!!』
中途半端に食べて、余計にお腹が空いていたのか、嬉しそうに咀嚼し平らげていく。水をあげて、食休みかなと思ったが、そのまま箱を出て付いてくる。午後も授業らしい。そのまま二匹を連れて食堂に戻ると、ペルティア達も食堂に集まっている。そろそろ昼ご飯らしい。ウッドデッキまで二匹を見送ると、クンクンと嗅ぎながら、庭の方に走り出したのでそのまま見送る。さて、食事を終わらせて、着替えるとしようか。




