第599話 チェーンマントって無いですよね
くすぐったさに目が覚めると、仰向けになったタロが首を緩やかに振りながら眠っていて、その毛が肩口辺りで揺れていた。ヒメは横向きになって、リズと向かい合わせに眠っている。抱き枕のように抱いているけど、暑くないのかな……。身動ぎすると、気配に敏感な二匹が目覚める。
『まま、いたくないの?』
『かんち?』
シュタっと伏せた状態で、首を上げて見つめてくる二対のつぶらな瞳に向かって、大丈夫と思考を送ると、安心した思考を送ってきて立ち上がり、しっぽを緩やかに振りながら箱に戻っていった。くるりと丸まりくわっと欠伸をして、朝ご飯までの時間を眠って過ごすらしい。ヒメが抜け出そうとした時にリズも目が覚めたらしく、淡い笑みを浮かべて、見上げてくる。
「おはよう、リズ」
「ん、おはよう、ヒロ。気分は大丈夫?」
「思った以上に大丈夫。慣れた訳では無いけど、納得して行った事だから。そこまでダメージになっていないみたい」
「そう……。良かった。ふわぁぁ……まだ少し眠いかも」
リズが欠伸をして、若干潤んだ瞳で、こちらを見つめてくる。
「まだ、早いからベッドに移動してもう少し寝ていたら?」
「んー、そうする」
そう言いながら、掛布団を持って、リズがベッドに転がり、もそもそと位置を調整して、くてんと眠り始める。日本に住んでいた時にはカーペットがあってもフローリングで眠ったら、次の日は体中バキバキだったけど、敷布と野営の経験のお蔭か、そこまで辛い感じはしない。パイプ椅子を三連にして寝ていた時の方がまだ辛かった気がする。
窓から外を眺めると、丁度太陽の頭が出始めたのか、景色の輪郭が淡く輝き始めている。七月二日は晴れかな。梅雨と言う訳では無いと思うけど、六月は雨が多かった。石油はまだ発見出来ていないので、出来れば人魚さん達に生ゴムでも見つけてもらえればありがたいなとは考える。明らかに柿だろうと言う植物はトルカ村の南の森で見つけているので、渋柿があれば和紙を作れば和傘は作る事が出来るだろうし。硫化した板ゴムを骨に固定するタイプの傘も良いかな……。
そんな事を考えながら、食堂に入ると、忙しそうな料理人達に声をかける。明らかに目の下に隈が出来ているので、昨日の晩から、働き通しなのだろう。夜番の兵士もいるし、ロスティー達も夜を徹して対応に追われている可能性もある。他から人を呼んで夜食も出さないと言うのも難しそうだし、大変そうだなと。私達もお客さん面で寝ているだけじゃなくて、何か出来る事はあったような気もする。
にこやかに、イノシシの赤身の多いところと大腿骨をもらって、部屋に戻る。もう二匹共一度覚醒しているので、部屋を開ける音と匂いだけで起きだす。可愛らしくお座りした状態でしぱたしぱたとしっぽを振りながら、はっはっと息を荒げている。
『まま、すごいの!! もうごはんとれるの!!』
『けがだいじょうぶ!!』
んー。微妙な誤解はあるようだけど、まぁ良いかと思いながら、二匹に食事を与えて、水と大腿骨を渡す。昔は大腿骨の方が大きかったくらいなのに、最近はある程度しゃぶって、飽きたらばきりばきりと噛み砕くようになった。顎の力も昔の比ではない。大きくなったなと感慨深く思う。お腹がいっぱいになるとまた寝るのかなと思っていると、箱から抜け出して甘え始めた。ペールメントに色々教えられている反動か物凄く甘えてくるようになったのと、昨日一緒に寝たのが嬉しかったのか、もう少し甘えたいようだ。料理人の方からは、食事は少し遅れるかもと言う話をもらっているので、時間はある。どうせならお風呂でも入れてあげるかと窓際に置いてあるタライにお湯を入れる。
『ぬくいの!?』
『あさゆ!!』
暑くなってきたし、換毛の残りが微妙に抜けるのでなるべくお風呂に入れてあげたいなと。タロが早く早くみたいな目で見上げてくるので、ぽちゃりと浸けるとうっとりした表情で顎を縁に乗せる。私はマッサージと毛を漉く感じで体中を揉んでいく。気付くと、お湯の中に結構な量の毛が浮いている。うーん、乾かした後にブラシで梳かないとまた付いちゃうか……。全身を洗ってざぶりと上げて、布で拭き、ブローする。流石に起きたばかりなので、眠ったりはしない。引き続き、ヒメも同じようにタライ風呂を済ませる。
じゃれついてくるのをそのままに、ソファーに乗せて、タロからブラシで梳いていく。やはり残った毛がブラシに付いてくるのである程度でまとめて屑籠に捨てていく。ただ、編んだ籠なのでここに来てから捨てた毛が中で結構ひっかかっている。弁償した方が良いのかなと思いながら、ヒメのブラッシングを進める。ブラシまで終わると、二匹共落ち着いたのか、大人しく箱に戻って休み始める。今日もペールメントの授業かな? 昨晩の件もあるから、荒れていないと良いけど。一式終わったので、リズを起こす。口付けを交わして、いつもの朝の用意を済ませて、一緒にソファーに腰掛ける。
「お湯の匂いがしていたけど、何かあったの?」
「昨晩、タロとヒメをお風呂に入れる暇が無かったから。さっき入れたよ」
「あぁ、それでなのかな」
ふむふむとリズが頷く。その後、少し思案して、口を開く。
「ずっと思っていたんだけど、ヒロが一人で前線に出るのは心配なんだけど、そもそも装備の一つも付けないで前に出ていくのが不安の元だと思うよ?」
「えー。鎧とかだよね? 移動しにくくなるんだけど……」
「『警戒』があっても『隠身』している弓は怖いよ……。ちょっと過信しすぎだと思う」
リズがじーっと睨んでくるので諦めて頷く。うーん、どうしようかな。革製の鎧と言っても装備するのも大変だし、マントサイズのチェーンを作って布で挟んでみようかな。それなら今までと比べてそこまでバランスが崩れる事は無いし、頭以外の全身は覆える。頭は毎回土魔術で何層かの防壁を念動力で展開すれば良いかな……。問題は重さが想像出来ない事だろう。重装よりは軽いだろうけど、チェーンの密度によるかな。
「分かった。『リザティア』に戻ったら考えてみる」
こくりと返すと、ほっとしたように微笑みが戻る。その後は今日、何をするかで盛り上がっていたが、ノックの音で中断する。朝ご飯が出来たとの事なので、食堂に向かう事にした。




