第598話 ホットドッグサンドウィッチ
部屋に戻ると、リズがソファーに座ってタロとヒメと戯れていた。
「リズ……」
おずおずと近付くと、リズが顔を上げて、少しだけ苦笑に近い心配顔になる。
「おかえり、ヒロ」
「ただいま。ごめんね、また一人で対応して……。怒っている?」
心ならずも、少し上目遣い気味に聞いてしまう。あぁ、やましい事を考えているとどうしても卑屈になるな……。
「んー。少しだけ怒っているかな」
リズが笑顔に変わりながら、そう告げる。
「やっぱり……」
「でもね、ヒロが判断した事は尊重したい。それが必要だと思ったから、そうしたんでしょ?」
リズの問いかけに、首を縦に振る。
「あの状況だと、近い内に大怪我をする人間が出ていた。大怪我で済んだら良いけど、ロスティー様やノーウェ様の近衛に死人が出る可能性もあった。こんな小競り合いでそんな損害は出せない」
そう告げると、リズがちょいちょいと手招きをするので、リズとタロの間に座る。改めて顔を合わせると、そっと頭を抱えられて、ぎゅっと抱きしめられる。
「もう、本当に。眉根に皺が寄っているよ。お爺さんみたいになっちゃう。悲しかったの? 辛かったの?」
「やっぱり、人を傷つけるのには慣れないよ。まだ血の匂いが鼻にこびり付いている」
「うん。前にも言ったけど、慣れるのは難しいと思う。私だって人を殺めた事は無いもの。それに、慣れて良い事は無いと思う。今日は、私達が後ろにいると分かっていて、それでも今、為さなければいけない局面だったんだよね?」
「一刻を争うから、やった。その判断に後悔は無い」
「うん。なら、怒る事は無いよ。怒っているのは自分に対してだから。ヒロってば、どんどん前に進んじゃうから。中々前に進めない自分が不甲斐ないなって……」
リズが少しだけ湿った声で言う。
「いや、そんなことは無いよ。いつだって、皆には頼っている。オークの時だって、皆がいなければどうしようもなかったし。今回だって、後ろを守ってくれていると信じていたから、無茶が出来たんだし」
「ふふ。良いよ。大丈夫。役割分担だから。でも、少しだけ寂しかったけど、ヒロの顔を見ちゃったら、忘れちゃった。もう、そんな顔しないの」
抱えた頭をそのまま、ポンポンと叩かれる。
「そんなにひどい顔だった?」
「叱られる子供みたいだったよ。悪い事していないのに、ちょっと可笑しかった」
解放されてリズの顔を見ると、明るい笑顔が戻っていた事にほっとした。
「うん、なんだか学習していないように思われそうだったから」
「ふふ、周りが見えているなら大丈夫だと思う。後、お爺様の屋敷はこれで済んだけど、他は大丈夫なのかな?」
リズがくてんと首を傾げる。
「ノーウェ様が伝令を走らせているって言っていたから、他の貴族にも走らせていると思うよ。後で確認する」
そんな感じで、話し込んでいると、相手をしてもらえないのに焦れたのか、タロとヒメがふんすふんすと近寄ってきてぐりぐりと体を押し付けてくる。
『まま、けがなの? ぬくめる!!』
『ちゆ!!』
洗ったけど、落としきれない血の匂いに気付いたのか、二匹がべったりとくっついてくる。大丈夫と伝えながら、撫でていると、落ち着いたのか焦れた感じはしなくなったが、怪我しているかもしれないので、横で寝るのは譲れないらしい。ベッドの上にあげるのは躾のためにもよろしくないので、ソファーで寝るかなと思っていると、ドアがノックされる。声をかけると、ロスティーの侍従で伝言を預かってきたらしい。扉を開けると、他の屋敷に出した伝令が返ってきたが、特に問題は発生していないし、警戒を強めるとの事だった。今日は安心して寝て欲しいとの言葉も付け加えられていた。
そう言われると、眠気が襲ってくる。リズに伝言を伝えると、寝ようかと言う話になった。でも二匹は離れないので、どうしようかなと思っていたが、一晩くらいならとリズが掛布団だけ持ってきて二人で敷布を敷いて床で寝ようかと言う話になった。家の中なのに、野営っぽい。まぁ、夏だし、風邪をひくことは無いかな。
私はタロとヒメに挟まれて、リズはヒメを抱きしめながら、再度眠りに就く事になった。スピスピと耳元で二匹の鼻息を聞いている内に昂った精神も落ち着いてきて、いつしか意識を失っていた。




