第596話 襲撃の詳細と対処
「リズ、チャット達を起こして。私はロットと協議を始める!!」
「お爺様達はどうするの?」
「向こうは向こうで対応していると思う。まずは、こっちでも対応出来る状況を作るのが先決」
「分かった。じゃあ、ロットの部屋に皆を集めるね」
「お願い!!」
リズと別れ、ロットの部屋に向かって走る。途中ですれ違った侍女に話しを聞いてみるが、まだ詳細は不明との事。ロットの部屋に向かう旨と、話が動いたらそちらに情報を伝えて欲しい旨を告げて先を急ぐ。
ロット達の部屋に着いてノックを繰り返す。若干待つと、寝ぼけたロットの声が聞こえる。緊急事態を告げると、鍵を開けてくれる。
「どうしました!?」
こちらの慌てた様子に面食らったように聞いてくる。フィアも一緒に起きたのか、ベッドに座ってこちらを伺っている。
「タロとヒメが外の狼から敵の襲来を聞いたみたい。『警戒』で調べて」
そう伝えると、状況を飲み込んだのか、ロットが中空を向きながら確認を始める。屋敷の敷地が広すぎて私の『警戒』範疇には何も入ってこない。
「分かりました。西側、隣の敷地だと思いますが、そちらに狼達が集まっているのと、人間が入り乱れています。片方は訓練の時に会ったロスティー公爵閣下とノーウェ伯爵閣下の近衛の一部でしょう。もう片方は不明です。数は二十から三十前後です。混じり過ぎて正確な数は把握出来ません」
「分かった。ロットが分からない人間が敷地に侵入しようとしていると言う事は理解出来た。二人共、着替えて装備を整えて。リズが皆を連れてくるから、装備を整えてここに集合。皆が集まったら食堂に移動して。リーダーはロットにお願いする」
「リーダーはどうされるんですか!?」
「ロスティー様とノーウェ様に合流して状況の把握をする。もし状況に動きがあるようなら、食堂に使いを出す。人数が不明でも二十や三十相手なら、私一人でも大丈夫。出来れば、後詰でペルティア様達の護衛に回ってもらえれば助かる」
「分かりました、伝えます!!」
ロットが大きく頷き、返事をしながらフィアと一緒に棚から各自の装備を取り出し、着替え始める。
「じゃあ、後をよろしく。各個撃破されるのは嫌だから、状況が判明するまでなるべく集団で動いて」
そう告げて、部屋を飛び出し、『警戒』でロスティー達の居場所を探して、ホバーで向かう。自室なんて行く機会が無いので、教えてももらっていない。槍で無意味に被害を出さないように気を付けながら、廊下を飛び抜ける。ノーウェの気配が屋敷の中に無いのが気になる。扉をノックすると、即座にロスティーの声が返る。声をかけると、ロスティーが扉を開けてくれる。
「おぉ、起きたか。すまぬな」
「何が起きていますか? 狼達が騒いでいるようですが」
「ふむ、それで気付いたか。侵入しようとしている者がおるらしい。今、ノーウェが近衛達を率いて、迎撃しておる」
「ノーウェ様が……ですか?」
眉根に皺が寄ったのに自分でも気付いた。指揮官が前線に出ているのか?
「警備をしていると分かっている以上、賊の線は薄い。考えられるのは保守派の連中の兵か、雇われた傭兵辺りだろうな」
ロスティーが冷静に告げる。
「何故、同じ国の貴族が、公爵邸に侵入を?」
「警告か実際に被害を出させたいのか。こういう事はよくある話でな。目的は捕らえてみぬ限りは分からぬ。ノーウェが前に出ておるのは、どこまで殺して良いかの裁可の為だ」
むー。慣れた感じで言っているが、襲撃を受けているのは事実だ……。と言うか、こんな強硬策を打ってくるとか、本気で死にたいのか? 貴族間での武力行使は厳罰対象だし、下手をしなくても死罪があり得る。
「ノーウェ様の護衛に入ります」
「ふーむ……。お主ならば問題無いか……。これ、案内をせい」
ロスティーが部屋に控えている侍女に声をかける。
「いえ、私は大丈夫です。西側に進むだけですので。食堂に私の仲間が集まっています。万が一のために、こちらの防衛にお使い下さい。それを伝えてもらえますか?」
そう告げると、侍女がこくんと頷き、走る。私も、その後をホバーで追い抜く。食堂に入るがまだ皆は来ていない。大開放の一部を開けて、漆黒の闇に飛び出す。遠目にぼやりと輝く炎が見えるので、それを目標に飛び出す。庭木も有るので高度を上げて地上十メートル程度を維持しながら一気に向かう。そこまで高い木は無かったと記憶しているし、もし有ったら炎までの視界が塞がれるだろう。刹那の飛翔を終えて、制動をかけつつ、ノーウェ達の後方に滑りながら着地する。辺りは篝火でぼやりと浮き上がって見える。先の方では薄闇の中、剣戟の音が響いている。
「誰か!!」
聞いた事の無い声が響く。近衛の誰かか?
「アキヒロが推参した。援護に入る」
そう告げると、ノーウェが前に出てくる。
「お。起きちゃったかな。すまないね、夜中に。さっさと済ませるつもりだったけど」
「状況はどうなっていますか?」
「んー。傭兵ギルドの連中じゃないかな。報告だと、装備がかなり良さそうだね。保守派の兵だと、そこまで揃えられないから。それにそこそこ練度も高いし。こちらに負傷者は出ていないけど、向こうもまだ脱落者はいないね」
ノーウェが慌てる素振りは感じさせず答える。
「他の個所は大丈夫ですか?」
「うん、今の段階では挟撃も無いね。狼達が吠えた時点で夜番の兵が迎撃に動いたし、今は順次、近衛が用意を済ませて四方に散っている。そちらから伝令が来ていないから大丈夫だよ」
ロット達と打ち合わせている間に、先に近衛達が大きく動いたか……。
「このまま推移しても圧倒出来そうな気はするね。弓兵はいないから警告だろう。まぁ、ここまで踏み込んできた相手に容赦する気は無いけど」
ノーウェが普段通りの表情で淡々と告げる。
「私に手伝える事はありますか?」
「んー。鏖殺しちゃいたいというのはあるけど、所属だけは吐かせないと駄目だしね。適度に減らしてから捕えようとは考えているかな。でも、君、人殺し苦手でしょ。無理しなくて大丈夫だよ」
ノーウェがこんな状況にも関わらず、優し気な顔で首を傾げる。見抜かれているかぁ。人殺しなんてしたくは無い。ただ、この場にいる人間として責務から逃げるのは別問題だ。これが警告でなければ、大きな被害を出したかもしれない。それはノーウェにロスティーに仲間にリズに及んだかもしれない……。そんな時に、奇麗事を言っていられない。
「私も……為政者です」
「そっか……。うん、そうだね。あぁ、見くびっている訳じゃないよ。ただ、状況が膠着しているからね。このまま時間が過ぎれば人数が増えるこちらが有利と言うだけ。それでも怪我をする人間は出るかもしれないし、死ぬ人間も出るかもしれない。こんな無駄な事で一兵でも被害が出れば業腹だね」
ノーウェが苦笑を浮かべながら語る。表情と話し口調は呑気そのものだが、篝火に照らされる両手は固く握りしめられ、真白くなった肌が浮かんでいる。怒り心頭か。そりゃそうだ。自分の親の家に武器を持った人間が押しかけて来るんだ。警告だろうが何だろうが、知った事ではない。それでも顔には出さず、こちらを気にかけてさえくれる。これが青い血のなせる業か……。
「庭を荒らしますが、よろしいですか?」
「構わないけど。どうするの?」
「退路を断ち、動きを抑えます」
そう告げて、ノーウェの前に出る。敵は私の『警戒』の範疇内に集結して行動している。伏兵もいないし、散開もしていない。被害が出ないようにまとまって行動しているのだろうか。どちらにせよ、愚策かな。ゲリラなら、散らばって最低限の仕事を片付けて逃げる事に集中すればいいのに。命を惜しんだのが運の尽きだろう。土魔術で敵味方を覆う規模の壁をイメージして、実行する。その瞬間、篝火を含めた周囲に三メートル程の壁が出来る。味方の退路分は開けてある。
「ロスティー公爵閣下及びノーウェ伯爵閣下の近衛の諸君。一旦引いて欲しい!!」
突然の出来事に敵味方が戸惑っている中、カリスマを全開にして叫ぶ。その声に我に返った味方の兵がこちらを向いて、走ってくる。私はそれを見ながら、自らの背後にナイフを生み出し続ける。
「さて、遊びの時間は終わりです。降伏か攻撃か、選びなさい。止めはしませんし、容赦もしません」
静かに告げ、右腕を上げる。その動きに合わせ、篝火の赤に染まった蓮華が、背後に幾重にも幾つにも咲き誇り、舞い踊り始めた。
いつもお世話になっております。
所用の為、12月12日の投稿が出来ない可能性があります。
ご迷惑お掛け致しますが、よろしくお願い致します。




