第592話 議会の開催~強行採決
議場に入ると、先程と同じ席にかける。王家派、保守派が揃ったところで、議事進行役が議事の進行を告げる。
「次の議題に関しては、北部のレーヴァスティン王国よりの支援要請への対応に関して、ナルティア侯爵。報告を」
情報に関しては王家派にも渡している。予算執行の決裁に関しては国王の許可が必要な為、王家派よりの報告となる。
「五月一日に発生したアキヒロ領におけるオークによる戦争行為に関して、他国含めての同時作戦との見方が各国よりの報告で明確になった。また、その目的としては、大陸最北に位置するレーヴァスティン王国への侵略を意図している物と考えられる。現在の報告では、レーヴァスティン王国内の北部の村及び町が襲撃により損害、または完全に行き来が途絶している状況である。この状況を打開する為、レーヴァスティン王国より支援の要請が入っており……」
子爵に上がると言う前提で各国の報告書を読ませてもらったが、やはりオークの損害は大きく、無傷なのはワラニカ王国程度で、他国に関しては大なり小なりの被害は出ている。どういう形で損害が出たかに関しては詳細までは分からないが、釣り野伏なんて戦術を駆使してくる相手だ。他に策を弄している可能性も高い。
レーヴァスティン王国に関しては、元々狩猟で生計を立てていた人間が協力し合って築いた国だ。やっと見せてもらえたある程度詳細な地図では、ダブティア王国を抜けると、一気に北部に大地が広がっていた。ワラニカ王国は西の果ての半島のような形なのだろう。その大きく広がった北端に位置するのがレーヴァスティン王国である。狩猟を主としながら魔物を北側に駆逐しつつ広がっていった国で各国は魔物対策の支援を送りながら毛皮などの品を流通してもらうと言う形で国交を保っていた。大規模な魔物対策に関して、完全に依存している状況となるだろう。その国の危機と言う事は、これを放っておくと蓋が外れたように魔物の脅威が大陸中に広がる可能性が高い。その意識は各国共通で、今もレーヴァスティン王国の近郊諸国は支援を送りながら、何とか戦線を保っている状況らしい。それを一気に打破する為に人間側として総力を結集して押し返し、その上で再防備を行うと言うのが今回の支援要請の趣旨となる。
ナルティアの報告が終了し、議事進行係より意見を求められる。開明派の財務大臣のケスラーが挙手して演壇に登る。
「次の議事にも関わるが、現在今年度予算の積み上げの補正予算を除き、余剰金としてあげられるのが約一億ワールとなる。ワラニカ王国としては、この余剰金を以って、支援とする事を提案する。その理由としては……」
先程の休憩中に語った利点の部分の説明に合わせて、物資、兵力を仮に送ったとしても移送、移動に関わる経費が嵩み、現地に到着する段階で大きく減じている形になる。また、物資に関しても傷む事が考えられるし、兵力に至っては北端と言う異境の地で十全に力を発揮するのは難しい。それならば真水の資金をそのまま投じる事により、レーヴァスティン王国が足りない部分を補足出来ると言うのが趣旨だ。金と言う物の本当の力は何にでも変えられると言う事だ。その時々で求める物は現地にしか分からない。それならば、現地が望む物を手に入れられる環境を作る事こそが目的に適うだろう。
開明派としては先程の話に補足が付いた事によって、異論は無い状況で皆が頷く。王家派に関しても、言ってしまえば棚ぼたな予算の使い道でワラニカ王国の権威が上がるのであれば王の為になると理解しているのか、特に異論は無い。このまま通れば議事も終了かと思っていたら、保守派が集まって何かを話し始めたと思ったら、伯爵の格好をした人間が挙手をする。
「実際に我が国もオークの侵略を受けている。同じ被害国であり、この備えを行わずして何が支援となろうか。余剰金に関しては王都の軍備拡充に使い、支援に関しては別途税を設け、そちらを回す事を提案する。その理由として……」
保守派の言い分としては、王都の防衛が第一であり、もしもの備えをするのが先決である。その上で現在の好景気の状態ならば増税をしても領民には不満は発生しない。そのまま恒常化して歳入を上げると共に、そこから一部を支援の方に回せば良いと言う話であった。
正直、唖然として一瞬、何も考えられなくなった。
好景気の理由は『リザティア』の建設に伴うバブルであり、そのバブルが全体の財布の紐を緩めて景気が浮揚しているだけだ。ここで増税を行えば、バブルは一気に弾けて、経済は硬直化する。また、現状でも五公五民の税金は高すぎる。領主の手腕如何によって収入が大きく変化する貴族制において、民における税金は固定だ。ちょっとした不作で一気に阿鼻叫喚の世界となる。将来的には経済浮揚を高めるために税金の低減をしながらバブルをソフトランディングさせて経済規模を拡大させるのが正道となるが真逆の思考過ぎて、全く受け付けられなかった。それに、増税を発布したとして増税分が大きく入ってくるのは秋口となる。後三カ月もワラニカ王国としてアクションを起こす気が無いと言うのを諸外国に見せろというのであろうか。ワラニカ王国が危機に陥った際に、同じ事をされればどうなるかは自明の理であろう。
また、軍備の拡充と言うが、この世界で軍備の拡充とは兵力の拡大だ。兵自体の給与もそうだが、育成や装備にかかるコスト、またそれを維持するコストがかかる。一回増やした人員は削る事は容易ではない。下手したら増税分をそのコストに当てなければ回す事も出来ないだろう。
私は、怪訝な表情を浮かべたままロスティーの方を向くが、かなり不機嫌な顔で溜息を吐いている。開明派の皆の顔を見ても、うんざりした顔だ。あまりにも国際感覚も自国の経済に関しても不勉強で感度が低すぎる。
どう対処しようかと、考えている私の耳にそっとノーウェが耳打ちする。
「保守派の目論見としては、二点。王都の防衛に関して軍備を拡充すると言っているけど、あれ、傭兵ギルドの方に頼むつもりだろうね。保守派と傭兵ギルドの癒着は昔からだから。一億ワールで年間契約を結ぶなら三割程度の金額が引かれるはずだよ。通常はそれを国庫に返還するけど、保守派の狙いはそのままの値段で契約して差分を懐に入れるつもりだろうね。それに増税と言っているけど、後で自領の条例を変えて、余剰に増税分を乗せて領主の取り分を増やす形を狙っているんじゃないかな。小麦と各ギルド以外の納税は各領地の条例に基づくからね」
それを聞いて、一気に力が抜けて、溜息が出る。ロスティーの方を向くと肩を竦めたノーウェを見て、頷く。真実か……。
「現在の好景気は一時的に消費が拡大して、国全体に金が回っており、それに合わせ所得が増えて消費も拡大しているためです。ここで増税を行えば、一気に消費は低迷しますし、税収は上がらず、逆に不況になると考えます。領民も馬鹿では無いので、今後景気が良くなり収入が増えたとしても散財はせず、税が上がった時のために貯め込み始めるでしょう。そうなれば構造的な不況が生まれます。そうなれば、この顛末を知っている年代が生きている限りは好転する事はありません。今後十年、二十年は不況が続く可能性が高いです」
後ろを向いて、各大臣に聞こえるように伝えると、皆、眉を顰める。
「ふぅむ……。その理屈は納得がいくな。ロスティー公、あの頃を思い出さんか?」
ケスラーが言うと、ロスティーが渋面を浮かべる。
「十五年前の南部の不作の時か。保守派の領地が全滅に近かった故、開明派、王室派の各領地で一年間の増税を行ったが、税収はほぼ伸びなんだな。それでいて、間違い無く去年までの不況の種になっておった。今の経済状況を崩すのは愚策か。『リザティア』の建設に関わる予算執行だけではなく、『リザティア』からの産物による経済の活発化の恩恵は大きい。先程の塩もそうだが、これよりノーウェ、アキヒロの領地は大きく発展するだろう。その恩恵を受けるのは国全体故な。ただ、王都防衛に関しては聞こえが良いのも確かよ。王を守る。今の王都の兵力で守れるかと言われれば、確実な事は誰も言えぬ」
あー、これ、悪魔の証明で未知論証になっている。詭弁だ。王都が壊滅的な打撃を受けるだけの戦力が攻めてきた場合、王都は陥落する。壊滅的な打撃を受けるだけの戦力が存在しない証明は出来ない。でも、この理論がまかり通ると、王都は無限大に軍拡をしなければ防衛出来ないと言う結論になる。オークの総数、目的が分からない現在、その証明は不可能だ。結局どちらも証明出来ないので、議論の対象にする事自体がおかしい。しかし、中途半端にオークが国内に攻めてきたという事実が過剰な反応を引き起こしているのも否めない。これが分かってて、保守派が吹っかけているなら相当、質が悪い。端から議論をする気がないからだ。自分の目的だけ達成出来ればそれで良いと考えている。
「王都の防衛に関しては、議論するだけ無駄です。相手側の戦力を把握しなければ対処をしても徒労に終わります。そもそも兵力の拡充には時間がかかりますし、維持にはお金がかかります。取りあえずは、一億ワール分の兵力でオークから恒常的に王都を防衛出来ると言う証明をしてもらって下さい。それが出来ないのであれば、そもそも実施する意味はありません」
結局詭弁に対しては詭弁で返すしかない。本当に不毛だ。現実に被害が発生している事象に詭弁を弄して自分達の利益を誘導しようとするのは下劣としか言いようがない。それに軍の統帥権は国王が権能として有している。態々各領主が国に兵力を報告しているのはその統帥する範囲を明確にする為だし、斥候団を国王直下に置いているのも情報を迅速に国王が得る為だ。そもそも予算審議前に国王と軍備拡充の必要があるかの議論をしなければ越権行為になるだろう。それが分かっていて今回の話をしているなら、余程の愚か者の集まりなのだろう。王家派の方から掣肘して欲しい……。
ケスラーが財務大臣として、今回の一億ワールを使えば王都の防衛は絶対なのかを問うと、やらぬよりやった方がましとの反論が来る。
世の中の政策なんて、どれもこれもやらないよりやった方がましな話ばかりだ。でも、お金は有限なので、最もやるべき事を議論して決めるのが議事だ。子供と議論してるような気がして、頭がくらくらしてくる。本気で自分達の利益誘導しか考えていないんじゃなかろうか。
王家派の方を見ても、大分当惑している。国王の為と言う旗を振られると反論はし辛いのだろう。
「この状況では、王家派と相談して強行採決してしまう方が早いと考えます。現状の好景気の理由を説明した上で、その好景気が続くのであれば余剰予算は発生します。その余剰予算を現実的な範囲で予算化して徐々に兵力を拡充するのが王都防衛に関しては一番近道だと言うのを共通見解にするのが早いかと考えます」
王家派としては国王が守られる状況が出来れば問題無いだろう。国を傾けていては守れるものも守れない。その前提を共有出来るなら、反論はあるまい。
告げると、ロスティーが頷き、ナルティアの方に向かう。王家派がロスティーの周囲に集まり話を聞きながら、頷いている。
「兵の育成に時間がかかるのは王家派も承知している。また維持に金がかかる事もな。そちらに関しては、徐々に拡充していく方針だな。仮に何らかの大きな問題が発生したとしても、補正予算を立てて傭兵ギルドの手を借りると言う事で話はまとまった。強行採決で構わぬ」
ロスティーが告げると、ケスラーが真剣な表情で頷く。ケスラーが議事進行係の元に向かい、耳打ちを行う。
議事進行係が演壇に立ち、ケスラーの案での正否を起立の数で問う旨を発する。それに合わせ、開明派及び王家派の全員が立ち上がる。保守派からは数の暴力だとか、議事を尊重しないのか等の野次が飛ぶが、初めに詭弁を弄したのはそっちだろうと呆れる。
議事進行係より、採択の旨が伝えられ、七月の常会の閉会が告げられる。ざわつく保守派からは傭兵ギルドとの約束がみたいな声が聞こえてくるが、誰も気にしていない。癒着だが、現行法制では個人間の贈り物のやり取りは取り締まりの対象外だ。冒険者ギルドの時と同じだが、あれはギルド長が下手を打ってくれたので神明裁判にかけられた。保守派の場合はもう少し慎重かつ大量に少額の取引を繰り返しているので、立証するのも辛いらしい。モラルの無い生き物として認識しながら適度に距離を取って政治を運営するしかない。取り敢えず、控室に皆で集まって今回の議事を総括すると言う話になった。時間的にはこれが終われば昼ご飯だろう。
「お疲れ様。どうだったかな、議会の雰囲気は。慣れてもらおうと思って、あまり口出ししなかったけど」
ロスティー達大臣級が集まって今後の動きを話し合うのを横目に見ながら、控室のソファーに座ると、ノーウェがにこやかに聞いてくる。
「出来れば助けて下さい。議論で詭弁を使ってくる相手なんて想定していません」
疲れ切って、肩を落としていると、ノーウェが笑い出す。
「向こうはなりふり構わず自分達の利益を追求するからね。ディアニーヌ様に伝えられた内容は出来る限りそのまま伝えているけど、受け取り方一つでここまで変わるんだよね。人間って面白いよ」
ノーウェが苦笑に変えて首を傾げる姿を見て、私も苦笑を浮かべるしかなかった。




