第591話 議会の開催~休憩時間の営業行為
「初参加で壇上に上がる事が出来るなら問題は無いか。流石、秘蔵っ子」
控室に入ると、バーナルドがクシャリと頭を撫でてくる。開明派の貴族達もにこやかに眺めてくる。ソファーに座って初めて心臓がドキドキとしているのに気付いた。ただただ前王の死んだ意味が汚される事にだけは耐えられなかった。プレゼンは苦手だが、それでも経験は有る。社員五百人の前で壇上に立った事もある。ただ、大胆な行いをしたという事実が後追いで認識されて、若干気分が悪くなる。城の侍女達が淹れてくれたお茶を飲み、びっくりしている体を落ち着かせる。
「すみません。出過ぎた真似を致しました。前王陛下の願いを賭けた策にケチを付けられるのは、我慢なりませんでした……」
そう呟くと、全ての貴族が瞑目する。
「ロスティー公の責の元の判断故、気にするな。と言っても納得はいかんか。まぁ、雛はそのくらい元気に鳴く方が可愛いだろう」
バーナルドがにやりと笑う。
「なれど、心は同じだ。我ら貴族は王の元、民の安寧をもたらすのが職務。それを忘れぬのがまずの第一。それを理解している者と仕事が出来るのは本望よ」
バーナルドが続けると、皆がカップを上げ、賛同してくれる。あぁ、国という枠組みで為すべきは人類生存圏の拡充。その為に王を中心に国を発展し、人が住み良い世界にするが目的。それが共通認識にあるのであれば、今後も共に仕事は出来るか。
「あぁ、そう言えば、バーナルド侯爵閣下。手土産と言う訳では無いですが」
カビアに目を向けると、カバンから、小さな紙で包まれた薬包のようなものがざらざらと出てくる。
「中々実演で販売するのも難しいので、実際に持って来てみました。海水塩です」
ロスティーの紋章が入った包みを皆に配る。それぞれが包みを開けて、味見を始める。
「ふむ、儂は実物を味見して、流通量を増やしても良いとは考えておるが……」
バーナルドが呟くと、子爵の格好をしている一人の男性が手を上げる。
「私の領地は王都から一番離れているので、岩塩の価格は一番高くなります。聞いている限り、値段差がほぼ半額になるのであれば、少々の瑕疵があっても導入したいとは考えておりました。ただ、実際に味見してみれば、瑕疵も何も、岩塩よりも面白そうではあります。出来れば、北部への流通を正式に進めてもらえますか?」
そっと近づいてきた子爵が手を差し出すので、握手を交わす。
「くく……はははははは!!」
その姿を見ていたロスティーが我慢しきれないと言った様子で、笑い声を上げる。
「今日は緊張して身動きが取れぬかと思いきや、もう塩の販路の開拓か。ほんにお主は面白い。規格外よの」
「集まる機会もありませんので。この機会を逃すと、私が出向くまでは話をするのも難しいでしょうし」
少し上目遣いで言い訳のように言うと、辺りから温かな笑いがさんざめく。
「塩の価格が少しでも下がるなら、本望だな。その話、うちも噛むぞ」
内務大臣のフェレニールが言葉を発すると、皆も頷きを返す。
「では、実際に物の流通を試験的に開始します。置き換えは難しくないですが、若干癖のある塩でもあります。完全な置き換えは求めておりません。まずは少しずつ使える場所に使って頂ければと考えます」
私がそう伝えると、皆が真剣な顔で薬包に残った塩を確認し、懐に仕舞う。料理人の意見を聞きながらどういう形で利用するか考えるのだろう。頭ごなしに否定せず、きちんとテストした上で導入を検討してくれるのだから、ありがたい。
「テラクスタ伯もそろそろ乾物の流通量を増やしてくれんか? アキヒロより製造方法は引き継いだのであろう?」
バーナルドが言う。
「現状はまだ、領内での利用を模索するので精一杯です。乾物よりも干し魚の方に注力しておりますので。ノーウェティスカより五日の範囲であれば、塩漬け魚よりましな魚はお渡し出来ます」
テラクスタが告げると、範囲内の貴族達がノーウェを中心に輸送計画を立て始める。そう、こういう有機的なつながりこそが真の強さなのだろう。目的とそれまでの手段に関して、意識のすり合わせが出来ているからこそ、こういう交流が出来るのだ。
「ふふ。開明派と言うてもな。王都の経済の行き詰まりの所為で、停滞と諦念に苛まれておった。お主がその空気を変えたのだ。誇って良い」
ロスティーが活発に議論されるさまを見つめながら、そっと呟いてくる。
「はい。このように前向きな場は楽しい物です」
「そうか。それだけでも、この場に連れてきた甲斐があったと言う物だな」
優しい笑みを浮かべ、皆の動きを眺めるロスティー。ノーウェがふと、こちらを向くと、にこりと笑いながら手を軽く振ってくる。これで、私と言う存在は開明派に認知されたと言う事か。
「さて、そろそろ休憩も終了ぞ。大陸最北端の惨状は聞いておろう」
ロスティーが声を上げると、皆が静かにその動向を伺い始める。
「我が孫が迎え撃ったオークの報告は流した通りだ。思った以上に油断出来ぬ相手故な。向こうの思惑通りに進ませる訳にはいかぬ。距離がある故、支援は限定的となろうが、それでもやるべき事をやるのが人としての務めであろう。王家派も国家間の交流が深まるなら、それを良しとする旨は既に内約として取り交わしておる。後は実際の対応だが……」
私がそっと手を上げる。
「税収の余剰分が上がっているのであれば、それをそのまま流してしまって問題は無いかと考えます。この手の話では、迅速に一番大きな支援を行った相手に恩義を感じる物でしょう。元々あぶく銭。基礎研究に回すにせよ、複数継続の年次予算としても使えないのであれば、使いにくい物です。ここは各国に本気で支える姿勢を見せて、何かあった時に頼るべき国は我が国だと知らしめる機会かと愚考致します」
そう告げると、あっけに取られていた皆の顔に理解の表情が浮かび始める。中途半端な余剰金なんて、問題の種になる。それならば、ぱーっと支援金の方に回した方が向こうも使いやすい。中途半端に食べ物などを送っても、悪くなれば使いにくくなる。向こうはワラニカ貨幣を使う事によって、周辺国にワラニカ貨幣がばら撒かれる事になる。そこから新しい商機を見つける事も出来よう。それに余剰金と言っても、一億ワール弱の話だ。金額としては大きいように見えるが、各貴族で均等分配したら百万ワールにも満たない。使い道が無さすぎる。
「ロスティー公の孫は、半年も経たぬのに、国際感覚も育っておるか。ノーウェの薫陶の賜物かな? 何にせよ、異論は無い。将来への投資としては固い話であろう。我が国に問題が発生しても、同じく支援が受けられる素地は生まれよう。西の辺境と呼ばれるのもそろそろ飽きたしのう。存在感を出しても良かろうて」
バーナルドが後を継ぐと、皆も大きく頷く。
「この話が通るのであれば、支援策と余剰金の件は片付く。例年であれば二、三日はかかっていた会議が一日で終るのだ。早めに終わらせて、領地に帰るとしよう」
ロスティーが静かに、朗々と説く。タイミング良く城の侍従から会議再開の旨が告げられて、皆立ち上がり、扉に向かう。
「ささと終わらせて、ゆるりと休むとしよう。折角孫が来ておるのだからな」
ロスティーの微笑と共に、ノーウェ、テラクスタ達と廊下を歩む。さて、後半戦か……。




