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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第二章 異世界で男爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第582話 式典前の憩い~初めての同族

 黙ったまま歩くロスティーの後を追い、ゆったりと庭を歩く。建物に比べて庭がやけに広いのだが、有事の際にここにテントでも張って領民を避難させるのが目的だろうか。立木は偶に見るが、基本的には芝が綺麗に刈られて広がっている。そんな中、立木が密集した空間が近付いてくる。

 蔓が生い茂った植物のアーチを潜ると、そこそこの広さの東屋が建っていた。まだ新しい物のようで、建材の木の香りが新鮮なまま広がっている。


「温泉宿で良いと思って、建ててみた。二人でゆったりとした時間を取れるようになった」


 ロスティーが振り返り、破顔する。玄関でブーツを脱いで上がってみると、部屋は全面が解放されて、周囲の木々が涼やかに風を受けて、ざわめいていた。床は畳みモドキが敷かれている。


「ふむ。『リザティア』で見つけて購入してみたが、やはり素晴らしい。思索にふける時間でも寝転がり、気を抜けるのはありがたい」


 結婚式の時に、もう買っていたのかな。畳みモドキは規格が決まっていて、木工屋でも取り扱いはしている。騎士団の誰かをお使いに使ったのかもしれないな。地味に売れているが、店舗の方では誰が買っているかまでは把握していない。店舗の負担を軽減しようと思っていたが、少し配慮が足りなかったか。ロスティーが買っているのが分かれば、替えの畳みモドキも用意して来たのだが。


「気に入って頂き、幸いです」


「うむ」


 ロスティーが玄関側に設けた壁に据え付けてある棚から、カップとボトルを出してくる。コルクを抜いた瞬間、豊潤な葡萄の香りが広がる。


「軽く、飲むか」


 そう言いながら、手酌で注いだカップを差し出してくるので、受け取る。改めて、自分の分をロスティーが注いで、杯を掲げる。


「先も言ったが、孫なのだからこの屋敷は自由に使って良い。ノーウェと同じくな」


「ご厚情、ありがとうございます」


 そう告げて、杯を干す。それを見たロスティーがボトルを傾け、注いでくれる。


「生臭い話故、連れ出した。夕食後でも良かったが、早めに伝えておいた方が良いと思ってな。人魚の件だが、(くだん)の男爵、その親の伯爵はこの人事で貴族の地位を追われ、処刑となる」


「処刑……ですか? 実行犯の男爵はまだしも、伯爵側もですか……」


「いや、聴取は終わった。伯爵の企みの部分が大きい。共に処刑だな。どちらにせよ、親が子の面倒を見れぬのであれば、その責任は親に帰属する」


「そう……ですか……」


 まだ、ダブティアの商人絡みの暗殺者を処刑出来ていない身としては耳が痛い。芋蔓で対応するという名義でダブティア側と調整している名目で先延ばしにしているが、これも偽善でしかない。踏ん切りがつかないだけの話だ。自分の命令で人を殺す覚悟はまだ、つかない。


「憲法上も人の自由権を明記しておる。人魚は人間であると認められておるのでな、その人権は守られなければならない。それを人魚が人間であると法律に明記されていないため好き勝手に扱ってよいと解釈するのはあまりに杜撰だな。流石に、今回の件は頭を抱えた。これが知られれば国際問題に発展する可能性が高い。問題としても悪質なため、庇いようがない」


 ロスティーがやや眉を(しか)めながら、朗々と語る。

 憲法上、人間にエルフやドワーフ、ターシャ、獣人やまだ見ぬ他の種族は明記されている。ただ、そこに人魚は記載されていない。それは制定された段階でまだ発見されていなかったというだけで、国が人間と認めたのであればそれは人間だ。杓子定規に明記しなくても、常識の範囲で考えれば人間として取り扱うのが当たり前だが、その常識も無いか……。保守派は思想が違う他派閥と考えていたが、教育の段階で異質と見るべきかもしれない。まぁ、日本でも全ての政党が同じ教育レベルで動いているか怪しい部分はあったか。


「まぁ、あまりにも愚かだからな、庇う気もない。男爵領に関してはテラクスタが隣領、そのまま併合だな。北の領地より男爵を出向させて、対応するだろう」


「北の領地ですか……。不勉強です。どのような場所を統治されているのか不明なのですが」


 首を傾げながら問うと、少し思案したロスティーが口を開く。


「地図では分かりにくいか。元々テラクスタはノーウェティスカのやや北の方を治めておった。保守派の南方開拓の楔と言う事で領地を飛び地にして、南部を開拓してもらった経緯がある。今でも、行き来はしておるがな」


「なるほど……。ノーウェ様と付き合いが長いのもそのせいですか」


「ノーウェティスカは北部と南部を繋ぐ要になるな。場所柄、何も無い故に誰も治めたがらなかったが、ノーウェには苦労をかけた。ただ、今となっては、東西南北の流通の中心となっておるのが皮肉だな」


 ロスティーが苦笑を浮かべる。まぁ、身内が治めている場所が栄えるというのは、他の領地の人間からすると疑惑の種にしたくもなるか。はぁぁ、生臭い。


「それは、そうあろうとしたノーウェ様の頑張りの結果かと考えます」


「うむ、すまぬな、気遣いをさせた。伯爵領に関しては、王家派の方で今回伯爵に上がる者がおる、そちらに任せる算段だな」


「王家派……ですか。開明派で切り取ってしまってもよろしいのでは?」


 そう告げると、ロスティーが若干瞑目する。


「開明派は大きくなり過ぎてはならぬ。組織が肥大化すると、腐るのが常でな。半数以上は維持するが、それ以上に拡大する気はない。皆が同じ目的に向かい尽力せねば達成出来ぬ状態、他派閥の事も考慮しながら物事を動かさねば、どこかでいらぬ横槍を受ける。そのくらいの緊張感が無ければ、タガが緩むのだよ」


 組織運用上、大多数を占めた場合は必ず内紛が発生する。どこかで自分が好き勝手やっても問題無いだろうという当事者意識の欠如を招く。そう言う事態を嫌っているのだろう。


「分かりました。その思想は理解出来ます」


「ふふ。貴族として一年も経ぬ人間が、組織運用を理解出来るのだから、堪らぬな。正直に言うと、ノーウェはお主と同じく異能の類だ。テラクスタもそうだな。故に、開明派全体で見れば凡俗が揃っておる。そこに失望せぬかは少し懸念しておる」


 ふーむ、そこを買いかぶられるとちょっと困る。私も、歴史上の経験則を元に動いているだけで、自身が傑物とは思っていない。


「私も凡俗の一員ですので、そこはご心配なく」


「謙遜も、嫌味ぞ。まぁ、お主なら気にはせぬか。話は以上だ。楽しき場でする話でも無かった故、時間を取らせた」


「いえ、この東屋を楽しめるだけで、価値のある時間でした」


「そうか」


 ロスティーが優しい顔でゆるりと杯を傾けるのに合わせて、飲み干していく。中々、身内と酒を飲む機会というのも無くなった。正月を除けば、年に一度あるかないかか。そう言う意味では、ロスティーとはよく飲んでいるなと、改めて考える。今回の式典の内容などを軽くおさらいしていると、わふわふと言う鳴き声が聞こえる。


「ほぉ、ペールメントか。珍しい、庭師が放したか」


 共に縁側に出ると、かなり高齢な狼が優雅に進んでくる。ロスティーが胸元から取り出した布で、足を拭うと、ひょこっと畳モドキの上を歩いてくる。やや伏し目がちにロスティーと私の間に立つと、ウォフと鳴く。


『めずらしいにおいがするわ。どうぞくのにおいね。だれかしら』


 思った以上にまともな思考が流れて来て、少し戸惑う。タロとヒメももう少し成長して、色々教えたら、まともに話が出来るのかな。


『ロスティー様の子の子になります。よろしくお願いします』


『あら、ごしゅじんのみうちなのね。なかよくしてね』


 思考が流れた瞬間、ペールメントがこちらに顔を向けて、伏せてしっぽを水平に緩やかに揺らす。


「ほぉ。吠えもせぬが中々懐きもせぬ子だったがな。気に入ったか」


「私も二匹連れてきております。それが気になったのでしょう」


「おぉ、そのような事を言っておったな。もしよければ、会わしてやっても良いか? もう老齢故、中々遊ぶ機会もないのだ」


 ロスティーが優しく撫でると、ペールメントが目を細める。私もそっと腕を伸ばすと、クンクンと嗅いで、そっと頬を擦り付けてくれる。


「では一度戻りますか」


「うむ、屋敷への入り口が別にある、そちらを使うが良い。案内させよう」


 ロスティーがパンと柏手を打つと、侍従がそっと縁側の辺りに立つ。


「食堂の方に連れていきます」


「では、先に戻っておく」


 ロスティーと一緒に靴を履き、それぞれ別に進む。私は侍従の後を追い、屋敷の裏側に進む。廊下を抜け、自室まで案内してもらい、扉を開ける。二匹は部屋の調査が終わったのか、箱の近くで伏せて大人しくしていた。


『ままなの!!』


『ほかのにおい?』


 二匹が近付いてくるので、ロスティーの狼に会ってみるかと聞くと、会いたいとの答えが返ってくる。まだ、狼には会った事が無かったかなと思いながら、二匹を抱えて、侍従に食堂まで案内してもらう。


 食堂では、ロスティーからお酒の香りがするのをペルティアがそっと窘めている最中だったが、こちらの様子を見ると、顔を綻ばせる。


「あらあら、可愛らしい」


 抱えられながら、肩に顎を乗せて、しっぽをふりふりしているタロとヒメを見て、ペルティアが立ち上がりこちらに向かってくる。


「大人しい子なので、噛みはしません」


 そう告げると、ペルティアがゆっくりした動作でしゃがみ込み、そっと握った手を差し出す。その手をタロとヒメがくんくんと嗅いで、しっぽを振る。その姿を見た、ペルティアがそっと頭を撫で始める。狼を実際に飼っていた感じで手慣れている。


「ふふ、良い子なのね。あら、ペールメントも。ふふ、一緒に遊ぶのね」


 一瞬ペルティアが庭に目を向けて、微笑むと、タロとヒメを開放する。タロとヒメは同族を見かけて、少し強張ったが、てくてくと庭の方に降りていって、ゆっくりと近付いていく。ペールメントが鷹揚に近付いて、二匹のお尻の方を嗅いだ後、タロとヒメが同じように匂いを嗅ぐ。初回の挨拶が終わったのか、タロとヒメがペールメントの前で前脚を張って、しっぽを激しく揺らす。ペールメントがゥオフと短く鳴くと、嬉しそうにタロとヒメが駆け出し、ペールメントがその後を追い始める。


「ふふ。あの子も歳を重ねて大人しくなっちゃっていたけど、嬉しそうね」


 隣に立ったペルティアが嬉しそうにしみじみと呟く。


 庭の中では、タロとヒメがペールメントにのしかかろうとして甘噛みされたりと狼としての序列を遊びながら学んでいるようで、いつまでも楽しそうに絡み合っていた。

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