第580話 王都への旅路~到着
ノーウェと今後に関して打ち合わせを行い、リバーシとチェスを若干遊んでから、部屋に戻る。リバーシはまだ相手になるが、チェスはもう勝てない。地頭がいいのに合わせて、研究を怠らないので、これ以降は実力が離されるだけだなと溜息が出る。そろそろ将棋でも作ろうかな。
そんな事を考えながら、部屋の扉を静かに開ける。蝋燭のほのかな明かりに照らされて、眠っているリズの顔が浮かぶ。タロとヒメもぐっすりと眠っているのか、いびきとも寝息ともつかない声をあげている。狼もいびきはかく。後、偶に寝言も言っている。夜中にぅぉほぅみたいな妙に間延びした鳴き声が聞こえて起きたら、タロやヒメが寝言を言っていた事があって、少し笑った。
部屋がやや蒸しているのか、リズが厚手の掛布団を蹴とばしているのをお腹辺りまでかけ直して、私も潜り込む。時間的にはまだまだ早いが、明日以降も馬車の旅だ。寝不足で乗り物酔いは避けたいので、酔いに任せて寝てしまう事にする。蝋燭を念動力で消して、目を瞑ると、すぅっと意識を失っていくのが分かった。
翌朝は思ったよりもすんなりと目が覚めた。もう少しアルコールのせいで目覚めが悪いかと思っていたが、やはり寝る時間が早いと健康的になるなと。窓を開けると鮮烈な朝の空気が部屋に入り込み澱んだ暖かい空気を押し出していく。六月二十四日は晴れか。昨日の夕方の雨は完全に止んで青空が広がっている。ただ地面を見るとまだまだ湿っているのでスリップには気を付けてもらわないといけないかなと。ノーウェティスカより先はもうローマ街道はない。かなりぬかるんだ道を進まないといけないだろう。
いつもと同じように朝の準備を終わらせて、リズを起こす。昨日早めに寝たお蔭か、こちらもすんなりと目覚める。準備が終わってタロとヒメの膨らんだお腹をぷにぷにしたりしていると、侍女が迎えに来たのでそのまま食堂に向かう。味噌も一樽試しにと渡していたが、早速スルメ出汁の味噌風味粥が出るとは思わず、少し面食らった。ただ、お酒の次の日に優しい料理はありがたく、初めてのティルトも美味しそうに食べていた。
食事が終われば、軽い休憩を挟んで、移動が始まる。ここから王都までは長く見て五日という距離だ。元々はもっと西側に位置していたが、平地の開拓が進んだのと人間の増加に伴い水利の良い場所と言う事でかなり東側に遷都したらしい。持ってきた仕事も片付いたので、カビアが移動し始めたら、その辺りは説明してくれた。ちなみに、今回はノーウェはティルトと一緒に移動している。ノーウェ曰く、部下としての編入の話を内諾させるそうだ。また、ノーウェティスカを出た段階で大所帯になった。私、ティルト、ノーウェの馬車とティルト及びノーウェの騎士団が一緒になって移動をしている。盗賊などに関しては、王都側に移動した方が接触する可能性は高まるらしい。ただ、大きな規模では無く小規模な盗賊団が商家の馬車などを狙うケースが多いとの事だ。逆に、昔はノーウェティスカを超えて東に移動するとダブティアまで長旅になるので、大規模な隊商を組んでいた。なので、私達が出会ったような比較的大規模な盗賊団はそう言う規模の大きい獲物を狙うそうだ。
今でも偶にダブティア側の方では盗賊に襲われるケースはある。『リザティア』側はかなり東の方までパトロールをしている為、盗賊が潜めるような場所が無い。ただ、ダブティア側はそこまで面倒を見てくれないので、向こうで襲われているようだ。護衛はしっかり連れているので、実被害が出る事は稀だが、それでもゼロではない。この辺りの責任範囲が曖昧なので、正した上で、ダブティア側にも動いてもらうよう働きかけたい。しかし、そこまでいくと外交の話になるので、私だけでは動けない。ロスティーからダブティアに請願してもらう話になってしまう。取りあえず、被害届は出しているので、今回の式典が終わって時間があるようならロスティーとも話はしたいなと考えている。
晩春の不安定な気候ではあるが、なんとか持ちこたえてくれて王都到着までは雨は降らなかった。何度かあわやという天気はあったが、山も無いのでそのまま東の方に雲が流れていってくれた。
ノーウェティスカより西に関しては、常に領地が点在しているので、夜営は五日間の中で一日だけだった。その一日でティルトに乾物料理を振る舞ってみたが、かなり喜んでいた。また、仲間を紹介してみたが、値踏みが終わって、今後一緒に働く人間だと理解すると、非常に人懐っこいというか、旧来の友人みたいな感じで入り込んできた。この辺りのコミュニケーション能力の高さは営業の人っぽいなという感じだろう。食事の合間の休憩時間に、仲間達と遊具で遊んでいるのを見ていると楽しそうにしていたので溶け込んでいるなぁと感心してしまった。
六月二十九日の昼過ぎには王都管轄の畑を横目に走る状態になってきた。王都に住んでいる人間の数が数なので、かなりの広範囲の畑を王都が管理している。畑の端から馬車で走っても一時間程度はかかる。水の都合もあるので真円と言う訳ではないが、王都の周辺二十キロ程度をぐるりと畑が囲んでいる感じだろうか。農家も大変だろうなと思いながら、緑の絨毯がどこまでも広がる道を走り続ける。時期的に王都に集まる人間が多いので、道も大分混んできた。ただ、馬車の型が違うので、一方的に追い越す形にはなっている。カビアが馬車が近付く度に紋章を見て、貴族の名前や派閥を教えてくれるが、正直、顔と名前を一致させない限り記憶に残らない。また追々教えてもらおうと、途中から諦めた。
夕方にはまだ早い程度の時間に、王都の壁が見えてきた。十メートル弱の石作りの壁が町を囲んでいるようで、遠目に見てもその威容がはっきりと分かった。厚さにもよるが、火砲が無い状態で攻めるのはかなりきついだろうなとは考える。そろそろ分解、搬送が可能なカタパルトくらいは開発し始めた方が良いのかな……。ただ、この規模なら、水魔術で熱湯を流し込むだけで制圧が可能なのだが。
近付くと、大きな木の門が見えてきた。貴族とそれ以外では入り口が別々に設けられているようで商家の隊商や農家の荷車の列を横目に追い抜いていく。これに関しては差別と言う訳では無く、やる仕事が違うので区別をしなければ無駄になる。偶に平等思想をこういう時に持ってくる人間がいるが、やっている仕事のコストが違うので、同じように管理する方が逆に損失が大きくなる。さっさと王都に入って貴族の仕事をした方が、領民たちにとっては巡り巡って儲けが大きくなるものだ。
王都への訪問は事前にノーウェを介して、提出している。門の前で検問をしているようだが、ノーウェがまとめて取り仕切ってくれている。出来れば次回のために何をするか見たかったが、あれよあれよという間に検問も終わったらしくそのまま門を潜る。
王都の中での滞在先に関しては、ロスティーが屋敷を構えているので、そこに私とノーウェは向かう事となる。ティルトはウェスティンの屋敷に向かうようだ。王都の中で屋敷を構えられるのは上級貴族からだ。今回ノーウェが陞爵して伯爵になるので今後はノーウェが構えた屋敷を借りる形になるのだろう。ちなみに、何故屋敷を構えられるのが上級貴族だけかというと、日本の政治で例えれば、公・侯爵は閣僚職を、伯爵は官房副長官や事務次官、子爵は各種官僚職に近い扱いになる。実務的に王都に滞在して仕事をする必要があるのが公・侯・伯爵になる。子爵は通常伯爵の指示に従い、各領地を管理しながら、狭い範囲の政務を行う形になる。私の場合だと、ロスティーが外務大臣、ノーウェが外務省事務次官、私が外務省官僚と言う扱いになるのだろう。子爵になって男爵と大きく変わるのは交戦権を得る事と、政務実施の義務を負う事だ。法衣子爵に関しては、領地経営が無く、政務の実施のみを行う人間と考えればそう遠くはない。
そんな事を考えていると王都の中心部に辿り着き、王城が見え始める。この世界に来て、大きな建物と言うのはあまり見た事が無かったが、石作りの立派な建物が見える。ただ、尖塔が立ち並んだ西洋様式の城と言うより、大規模な役所のようなイメージが強い。防衛を考えればあまり望ましい形ではないが、人間同士の戦争がほぼ起こらない状況では、こういう建築思想になるのかと少し感心した。
そのまま王城周辺の広場の横を通り過ぎ、北上していく。王城の北に関しては若干傾斜になっており、緩やかな丘に囲まれている感じだろうか。その丘に上級貴族達の屋敷が点在しているのが見える。もし戦争や天変地異が発生した場合は、住民は上級貴族達の屋敷に避難する形だと聞いている。その為に、広い土地と広大な屋敷を有する権利を持っている。それを維持するのも上級貴族達の務めだ。
緩やかな坂を登っていき、丘の頂上付近に広大な敷地で分かれた数軒が見えてくる。あれが公・侯爵の屋敷かと思っていると、その内の一番建物が大きな屋敷に馬車が進んでいく。ノーウェの騎士団が先触れとなって駆けて行く。その後ろをゆったりと馬車が追う。玄関前のロータリーに入る頃には玄関前に使用人達が集まり、人だかりになっているのが見えた。その中に懐かしい顔。
かつかつと蹄鉄の音を響かせながら、速度を落とした馬車が玄関前に止まる。馬車を降り、ノーウェが向かった先に進む。
「ご無沙汰をしておりました。お体の調子は如何ですか? ロスティー様、ペルティア様」
「おぉ、よう来た。調子は良い。リズも一緒か。ははは、元気そうでなによりだ」
「遠くよりお疲れ様でした。皆さんも、さぁ、お入り下さい」
にこやかに迎えてくれたのは、ロスティーとペルティアだった。




