第570話 少しだけの成長
五月十八日の昼過ぎには『リザティア』に到着した。二日ほど曇天が挟まって一日は雨で潰れてしまった。流石にテスラに風邪を引かせてまで急ぐ旅では無いので、きちんと休息を入れての移動となった。流石に林を抜け、平野に出て『リザティア』の姿が見えた時は、ほっと安堵の息が漏れた。
この旅で一番大きな収穫は、『術式制御』と『属性制御(風)』『属性制御(水)』『属性制御(土)』がそれぞれ3.00を超過した。後は地味に『馴致』が2.00を超過したくらいか。魔術の範囲は、歩測ではよく分からない。キロ単位近くなっているらしく、水魔術でそこそこの水量を落としても見えない程だ。取り敢えず有視界内ではほぼ自由に魔術を行使出来るようになった。
後はそれぞれの魔術の許容量だが、測り方が分からない。水に至ってはダムクラスの水量をシミュレータで試しても過剰帰還がこない。土はトルカ一つくらいの範囲を覆える石塊を、風は風速七十メートルを超えて継続しても苦にならない。ちょっと使い所が分からないので、その内どこかで試してみたいなとは思う。
まぁ、スキルは道具なので、適正な範囲で使う限りは問題無いだろう。もうこれ以上は上がりようがないなとも思っている。全力を出せないので、頭打ちだろう。
『馴致』は本当に分からない。タロとヒメは相変わらずだし、馬達も普通に会話が出来る。何が変わったのかは、少し調べないと分からない。
そんな感じで、懐かしい我が家に向かう。門で兵達に挨拶をした後は、そのまま領主館に向かう。流石に疲れた。領主館前に着くと、皆が総出で迎えてくれる。
「ただいま。長い期間、手数をかけたね。ありがとう」
一礼し、労いの言葉をかけると、一斉にお辞儀が返ってくる。
「おかえりなさいませ。領主様」
執事を筆頭に唱和が聞こえる。
「さて、ここで拘束してもしょうがないから、持ち場に戻って欲しい。カビア、一休みしたら報告を頼めるかな。それで出立の調整をする」
馬車から降りてきたティアナに微笑みかけると、ぷいっとそっぽを向かれるが、素直にカビアの方に歩を進める。ふふ、相変わらず、素直じゃない。カビアもティアナに見えない場所からそっと一礼して、館の中に入っていく。まぁ、談笑を楽しんでもらえればと思いながら、テスラに馬車の後片付けをお願いして、荷物と二匹をリズと分けて部屋に戻る。
「うわー、なんだか懐かしいよ」
リズが、扉を開けた瞬間、荷物を放り出して、ソファーに向かう。としんと弾みながら、座ると、両腕を天高く上げて、体を伸ばす。
「やっぱり移動ばっかりだと、鈍っちゃう。ヒロは大丈夫?」
タロとヒメの箱を定位置に戻して、二匹を箱から出してあげる。久々の住処なので、匂いが薄れていないか、壁をくんくんしながら、体を擦り付ける。
「適度に体は動かしていたから、大丈夫。でも、お疲れ様でした」
リズの隣に腰かけて、軽く一礼する。
「ううん。色々仕事していたの、ヒロだよ。私は自分の事ばっかりだったよ」
「それでも、赤ちゃんの面倒とか見てくれたよね」
「うーん……。私、遊んでいただけのような気もする……」
ふむぅと瞑目し、考え込むリズの頭をそっと撫でる。
「まずは、意識して何かを行おうとするのが大事だと思う。それが実践されたのならなお良いよ。後は結果を判断して、次につなげる。それの繰り返しだから」
「そうなのかなぁ」
「そんなものだよ。冒険者だって一緒だったでしょ? フィアとの連携だって、まずは必要だって意識したから始まったよね?」
んーっと考え込んだリズが、こくりと小さく頷き、にこりと笑う。
「そうだね、ヒロの言う通り」
そう言って笑うリズと微笑み合う。
「さて、アストさん達にも顔を見せておいで、無事帰ったって」
「うん!!」
元気に返事をすると、たーっと駆けていく。本当に私の奥様は元気いっぱいだ。見送った後、荷物の片づけをしていると、マーキングが終わったのか、二匹が足元でじゃれついてくる。
『まま、ちいさいの、いない……』
『おせわ、ない……』
ふーむ、帰りの馬車でも、赤ちゃんから離れる時間が増えれば増える程、探すようになっていた。子供の意識でいきなり切り替えろと言うのが無理だろう。まだ生まれて一年も経っていないのだから。片付けが済んだら、そっとお腹から抱きかかえて、ソファーに下す。ゆったりとリラックスしながら、二匹を撫でる。暫く撫でていると安心したのか、体の力を抜いて、横に寝転がる。首はこちらの方を向いて、じっと眺めている。
『また、会いに行こうね』
優しくそう伝えると、二匹が少し考えて、同意を送ってくる。感情を咀嚼出来た賢い子達にはプレゼントです。と言う事で、ブラシを持って来て、二匹の毛を梳る。こうして少しずつ大人になって、色々考えるのだろうなと、少し誇らしいような、少し寂しいような、そんな気持ちで、そっと梳いていった。
二匹がお腹の毛までふわふわになると、満足したのか、左右からもたれかかりながら、目を瞑る。体も大分大きくなってもう大人の体と大差はない。ずしりとかかってくる重みに、成長を感じる。何気なく撫でていると、ノックの音が聞こえる。聞くと、お茶の用意をしてくれたようだ。立ち上がると、二匹も察したのか、箱の方にとことこと歩いて行く。
食堂に向かうと、もうすでに皆、待っていた。アスト達も待っていたので、執事辺りが気を利かせてくれたのかな。兵達の訓練が終わったレイも混じって、今回の旅行の顛末を面白おかしく伝える。赤ちゃん達の話、お母さん方、テラクスタの近衛騎士、海の村の状況、海産物の今後の取り扱い。積もる話で談笑を続けていると、気付けば、窓が茜に染まっていた。




