第567話 …おや!? いちやぼしのようすが…!おめでとう!いちやぼしはスルメにしんかした!
リズが抱き終わった赤ちゃんを次々とプールに入れていく。気付くと小さな魚も放されている。
「あぁ、遊び相手にと。そろそろ泳ぎ方も覚えないといけないですから」
魚を眺めていた私に人魚さんが伝えてくれる。子供達も腹ごなしと言う感じですぃーっと泳ぎながら、魚の横に付き、ターンするのに合わせて、器用に上半身を使ってターンしている。この辺りは、人間の子供より成長している感じだ。やはり過酷な世界だと、成長も早くないと駄目なのだろう。
リズが名残惜しそうに、懲りずに腕を差し込むと、また群がってくるので、すいっと水から腕を抜く。子供達が、何かの遊びと勘違いしたのか、じーっとリズの腕を眺めている。差し込むと、またわーっと集まってくる。
「ふわぁ……。可愛い、面白い……」
リズが、にっこにこな顔で、入れたり出したりしているが、赤ちゃんが疲れそうなので、ぽんぽんと頭を撫でて、先を促す。
「あう、可愛いのに。良いところだよ!?」
「赤ちゃんが、困るよ? お母さん方に任せよう」
そう言って、羽交い絞めで、引っ張ると、赤ちゃーんと悲痛な叫びをあげながらリズがずりずりされるのを、お母さん方が見て笑っている。
「酷い、ヒロ」
リズが上目遣いで睨んでくる。
「それでも、引き離さないと、動かないよね。さぁ、お昼食べて、集会所の赤ちゃん達の視察もしないと」
そう告げると、機嫌を直す。
昼食の準備をしていると、皆も帰ってくる。汗だくなので、お風呂に入るかと聞くと、食べてからも訓練なので後で良いと言う事だ。服も夜の内に洗濯をしてしまえば、朝には乾燥している。今は、旅の間に溜まっていた赤ちゃん達のおしめが真っ白になって、何枚もロープに干されて風に揺れている。
昼食は軽く、保存食と残っていたイノシシのお肉を焼いた物で済ませる。どうせ、夕食がまた重たくなる。皆もそれが分かっているので、特に異存は無い。それにこのまま訓練なので、あまり食べる訳にもいかない。
「そう言えば、イカを干してあるの、あれどうするの?」
フィアが、昨日の残りのイカを干しているのを指さす。
「次の産物にしようかなって狙っているよ。一晩だと、干した魚みたいに旨味が凝縮されるけど、そのまま半月ほど干せば、保存食にもなるよ」
天日干しの魚だと、どうしても賞味期限が短い。なので、スルメの製造を始めようかと思っている。
「保存食……。海の産物でか……。ふむ、楽しみだな」
ドルも嬉しそうに呟く。何気なく、モツとか海産物が好きな渋い舌なのはドルだ。その内、イカの塩辛とか製造し出したら、間違いなく嵌まりそうだ。
「こないして、この村も少しずつ栄えていくんですね」
チャットがロースを焼いた物を咀嚼し終えて、しみじみと口を開く。
「『リザティア』と同じ私の領地だしね。どんどん栄えてもらわないと」
そう言うと、皆が微笑みを浮かべる。
「カビアには伝えるし、帰る頃には試作まではいけると思う。ティアナ、申し訳ないけど、持ち帰ってもらっても良いかな」
「分かったわ」
そんな話をしながら、食事を進めて、皆は訓練に戻る。
私とリズは、集会所に向かう。まだ木の香りが残る、公民館みたいな設備。中は幾つかの部屋に分かれており、一時的な避難所の役目も持っている。通常、教会がその役目だが、人魚さん達が住み込めるように、別に作った。大部屋の方で集まっていると、入り口の人魚さんに聞いたので、ノックしてみる。中からは、楽し気な声が聞こえる。
「あ、男爵様」
テラクスタ領のお母さんが、扉を開いてくれたので、リズと一緒に入る。中は乳と赤ちゃん特有の酸味が混じった便の香りで充満している。窓は開けているが、これだけ人がいればしょうがないか。でも、腐敗臭は混じっていないので、元気な感じなのだろう。長い旅だったけど、子供達の体調は悪くなさそうだ。
「赤ちゃん達の体調は大丈夫ですか?」
にこやかに訊ねると、お母さん方がにこやかに一斉に抱き上げる。あばーっと笑顔で赤ちゃん達がお母さんに笑顔を振りまく。リズがうずうずしていたので、行ってきたらと告げると、ぴゅーっと向かって行く。
「引継ぎの方はいかがですか?」
テラクスタのお母さん方に問うと、少し寂しそうに順調だとの返事がくる。やはり、短い期間とは言え、乳をあげていた子供だ。寂しさは計り知れないだろう。本当に辛い思いをしてまで助けてもらっている。恩義には報いよう、そう思った。
テラクスタのお母さん方が、人魚さんに一人ずつ付いて、手取り足取り、今までの経験を伝えている。ゲップをしにくい子や、夜泣きが激しい時にどう対処したとか、そう言う話を事細かに話している。リズは、お話をしているお母さんから、赤ちゃんを預かって、一緒に遊んでいる。寝転がってお腹の上に乗せてよじよじさせたり、テラクスタの子供と人魚さんの子供を真向かいに置いて、ぺちぺちと意思疎通するのをにこやかに眺めたり、楽しそうにやっている。一年と言うのは申し訳無いなとも思うが、やはり内政がきちんと固まるまではリズの手を借りなければいけない事も多い。我慢してもらうしかないかと、そっと瞑目した。




