第566話 餌をあげる事の出来る池の鯉に、餌をあげると群がって、偶に怖いです
暫く視察をして、テントの方に戻る。皆は生活の邪魔にならない砂浜でトレーニングをしているし、お母さん方は集会場に集まって情報交換会をしているようだ。タロとヒメ? 子供達のお散歩にくっ付いて、護衛をしているっぽい。どちらかと言うと、じゃれあっていると言うか、遊んでもらっているようだけど、表情だけはきりっとしている。情操教育には丁度良いのかな。
まだお昼には早いと言う事で、リズと一緒に赤ちゃん達のプールに向かう。赤ちゃん達がぱちゃぱちゃと楽しそうに泳いでいるのを見て、リズが目を輝かせる。遊んでおいでと伝えると、縁に乗り出して、赤ちゃんの方に手を伸ばし始める。赤ちゃんも珍しい人が来たので、興味津々で寄って来て、あーだーとぺちぺち叩いている。
私は、周囲のお母さんと少しお話をする。
「新しく浴槽として作りましたが、お昼はそのままプールとして使って頂いて大丈夫です。それに私達が戻った後はお好きにお使い下さい」
「まぁ、そうなんですか。ふふ。子供達が増えて手狭になって来ていたので、助かります。これからもう少ししたら、もっと増えるでしょうし」
お母さんは上品にうふふと笑うが、そうなんだよな。結婚したカップルがどんどん増えているから、子供もどんどん増えてくる。下手したら、あの浴槽程度の大きさでは足らないかも知れない。それに教育の機会は均等に与えたい。教育だけが、平等に与えられるべき最も大切なものなのだから。
「もう少ししたら『リザティア』でも保育施設、初等教育の場所が生まれます。上手く回るようなら、こちらでも実施したいと考えています」
「はぁ。初等教育と言うのは、教会とかで教えているものですよね? 保育施設と仰るのは……?」
「はい。奥様の皆様も、元々役割、お仕事をお持ちだと思います……」
ここからは保育施設の事を簡単に説明しつつ、お母さん方で持ち回りで赤ちゃんを面倒を見てもらう運用を提示した。ここに関しては、今まで無給でやっていた事を領主がきちんと対価を支払って、かつ、空いた時間でお仕事が出来るようになると言うメリットも合わせて伝える。
基本的に、海の食材で自給自足出来る人魚さん達なので、お金のメリットはそこまで無いのだが、結婚して村に住むようになると、何かと物入りになる。その時に旦那さんに頼りっきりと言うのは心苦しい部分はあったようだ。食料調達担当と言う事で、釣り合いは取れていると見ていたが、人魚さん達には人魚さん達の矜持もある。そう言う意味では、収入機会が増えるのは喜ばしいらしい。
「ふふふ。そうなると、素晴らしいですね。この村も群れの時と同じように協力し合いながら生活していますが、男性方と長く共に暮らすと言う機会があまりなかったもので。そう言う意味では、一緒に頑張る事が出来るのは嬉しいですね」
にこりと微笑み、人魚のお母さん方が口を揃える。シングルマザーのお母さんが大半だが、それでもどんどんと結婚していっている。この世界、子供を育てた経験がある女性はその知識もあって引っ張りだこだ。好きになったら、子供がいようが関係ない。どちらかと言うと、子供を育てる事が出来ると言う実績が有る分、望ましいと思われる風潮もある。それに人間の男性とは環境が違う為長く一緒に暮らす事が出来なかったが今は違うし、元々その少ない期間でメロメロにして子供まで作れるほどの行動力と包容力のある人魚さん達だ。これからの家庭生活に問題は無いだろう。
「はい。豊かな生活を楽しんで頂ければ、幸いかと考えます。それに関しては、尽力していく所存です」
そう伝えると、安心したように表情を穏やかなものに変えてくれる。『リザティア』も海の村も大切な領地だ。どちらが上、どちらが下とかではなく、共に栄えていくべきだろう。
「ヒロー……。たすけてー」
和やかに話をしていると、リズの弱弱しい悲鳴が聞こえる。何かあったかとプールに向かうと、子供達がリズの差し込んだ両手に群がって遊んでいる。丁度良い休み場みたいな感じで嬉しそうに掴まっているが、数が数なので動けないようだ。
「あらあら。話し込んでいたから機嫌が悪くなっちゃったかしら、おいで」
お母さん方が手を差し伸べると、すぃーっと泳いで腕の中に納まっていく。そのまま授乳になりそうだったので、リズの方だけを向くようにする。
「手を差し込んだら、握手して来てくれるから可愛いなって思っていたら、どんどん増えて。びっくりしたよ」
リズが苦笑を浮かべながらも嬉しそうに呟く。わきわきと手をグーパーして、赤ちゃんの感触を思い出して、ニマニマし始める。本当に赤ちゃんとか狼とか小さいのを抱くのが好きだなと。
それを見ていたお母さん方がトントンと背中を叩き、けっぷとさせて満足した赤ちゃんをリズに手渡してくれる。
「うわぁ、やっぱり可愛い……。でも、結構大きいかも。足の部分が違うからなのかな……。結構ずっしり重い」
横抱きにして、足元を開放して抱くと、赤ちゃんが嬉しそうにぴちぴちと足ビレを動かす。あーだーと手を伸ばして、リズの顔に触れて、きゃっきゃと笑う。
「ふふ。奥様も将来は抱くんですから。慣れておかないと」
人魚さん達が笑いながら、次々と赤ちゃんを預けてくる。笑み崩れたリズがよしよしと抱きかかえるさまを眩しい思いで見守った。




