第565話 港と村の様子の確認
贅沢な露天風呂を堪能し、皆で浴槽を洗って、テントに戻る。流石に浴槽が大きいので、一人で何度も掃除をするのは嫌だ。
テントに戻ると、リズがタロとヒメに挟まれて、うとうとしている。夜になっても冷え込みは感じないが、ぬくぬくしたのに挟まれていたら、寝てしまったのかな?
『ぬくめるの!!』
『ねかせる』
寝かしつけた筈なのに、二匹共起きて、リズを温めている。どうも赤ちゃんや子供の世話で何かに目覚めたのか、お世話好きになっている。苦笑を浮かべて、二匹を抱えて、箱に戻す。
『ゆっくりお休み』
水の皿だけを端に用意して、伝えると、大人しく二匹が寄り添って丸くなる。私はリズの体勢を調整して、一緒に毛布をかける。夜番は今日は無いので、そのまま朝まで眠られるかと、欠伸をしながら、目を瞑る。
強い日差しを感じて、眉根に皺を寄せながら目を覚ました。テントから出ると東の空が白み始めている。ただ、遮る物がないので、明るく鋭い。空を見上げれば、薄い雲が幾つか浮かんでいる程度だ。南国なので天気は変わりやすいが、五月十二日は晴れと言う感じかな。氷で冷やしておいたイノシシの肉の残りを切り取って、テントに戻る。二匹を起こして朝ご飯をあげて、水を飲ませる。
散歩に行くかと聞いてみると、ばたばたとしっぽを振る。朝から散歩なんて初めてなので、大興奮だ。首輪を着けると、テントの外で、くるくると周囲を回り始める。紐が絡むので、コラと伝えると、大人しくお座りではっはと息を荒げる。
二匹を連れて、製塩所を抜けて、もう少し東側に歩く。道中は珍しい物の宝庫なのか、ダブルクンクンブルドーザー状態でゆったりと歩を進める。磯の岩場に入ると、フナムシ達がさぁっと逃げていく。ネコ科の生き物なら喜んで飛びかかりそうだが、タロとヒメはワフワフウォフウォフと威嚇している。動きが無いのに安心したのか、こちらに戻ってくる。
『まま、にげたの!! つよいの!!』
『げきたい!!』
ドヤ顔でふんすと鼻息を荒くすると、また、嗅ぎまわりが始まる。あぁ、獣可愛いなと和やかな気持ちになりながら、適度に引っ張り先に向かう。
港予定地まで着くと、もう倉庫や桟橋は完成していた。思ったよりも幅のある桟橋が海面よりかなり高い位置で作られている。あの辺りが満潮でも沈まない高さなのかと思いながら、階段を上り、桟橋を歩く。水面を覗き込むと十メートルも行かない内に、ごっそりと抉られたように海底が落ち込んで、水の色が濃い藍色に変わる。調査ではテラクスタ領で作られている船の満載喫水でも余裕で着けられるだけの深さはある。岩礁なんかの悪路も無いので、そのまま進んでくれば良いだけだ。当初はタグボートも考えていたが、人魚さんがいれば、協力して引く事は可能だろう。海底の状況も逐一報告出来るし、何かあれば伝えられる。その辺りは現在の船がソナーに頼るよりましだろうなと考える。常に海面下で潜水艇が報告してくれるのと同じ状況だ。
タロとヒメが水面を眺めてうずうずしている。そのままダイブしないのは大人になったのだろうけど、ぱたこんぱたこんと大きく振られているしっぽを見ていると、どこまで耐えられるか分からない。行くよと伝えて、軽く引くと、素直に付いてくる。
そのまま川の方まで歩いていると、虎さんが水を飲んでいた。リードを外すと二匹が駆け寄り、ちょこんと横にお座りをする。虎さんがぺろっと舐めると、嬉しそうに舐め返す。どうもテリトリーの巡回も終わり、寝る前に軽く水を飲んでいたようだ。そのまま村近くの林で寝る予定らしいので、一緒に戻る事にする。虎さんがのしりのしりと鷹揚に歩む横で、行ったり来たりと嬉しそうに、二匹がはしゃぎまわる。
テントの近くまで来ると、皆が起きだしているのが見えた。そのまま虎さんに着いていこうとするタロとヒメをはしっと捕まえる。
『虎さんは、寝るんだよ。ゆっくり休ませてあげて』
そう伝えると、納得したのか大人しく箱に向かって、進んでいく。水の皿を補充して、朝ご飯の手伝いに向かう。
「私はリズと一緒に、製塩所周りと村を確認してくるけど、皆はどうするの?」
訊ねると、どうも砂浜で訓練をするようだ。足を取られる砂地でバランス感覚を養い、負荷のかかる場所で訓練をするのは合理的だなと考えて、賛成する。テスラも合流するそうだ。お母さん方は人魚のお母さんに赤ちゃんの特徴を伝え、今後の世話の調整をしてくれるらしい。まだ赤ちゃんも本当のお母さんに慣れていないので、徐々に離れていくと言う話は良いかなと考える。完全に関係を断ってしまって、人魚さん達に任せる方が良いという意見もあったが、癖や病歴など伝えなければならない話もあるので、ここは甘える事にした。
食事が終わり、私はリズと一緒に、製塩所に向かう。
「中に入るのは初めてだけど、広いね」
リズがきょろきょろしながら、枝条架装置を見て、感心している。
「あの、枝から徐々に海水を垂らして、風と太陽の熱で水分を蒸発させるよ。下に溜まったら、また奥の枝にかける。そうやって塩分を凝縮させてから、そこの設備で完全に水分を飛ばす」
釜屋の方を指さしながら、説明を進めていく。今日は設備の中では無く、周囲の壁や防犯状況を確認したかったので、お邪魔はしない。リズと一緒にもしここに忍び込むならどうするかを検討しながら、壁を確認していく。
「きちんと壁を作っているし、上の方が反っているから、普通に昇るのは無理だよね」
「うん。梯子か、何か鉤爪が付いた縄なんかで引っ掛けないと無理だろうね。でも、監視が常時見ているから、難しいと思う」
「そうなると、夜に忍び込むのかな?」
リズが首を傾げながら聞いてくる。
「だろうね。でも、夜は作業をしていないから、情報は持って帰る事は出来ないよ。釜の炊き方が一番重要だしね。塩を盗み出すと言うなら意味はあるけど、極々少量だろうね。番はするけど、破壊工作対策になるかな……」
結局、昼間の作業中の監視がきちんと働いている限りは、大丈夫だろうと言う結論に至った。飽きがちの仕事なので、もう少し人員を当てておいた方が良いかと言う話にはなるが。夜間は、破壊工作対策で、夜番をつける形だろう。元々、諜報による結界もあるので、二重に保護するくらいでまずは様子見と言う感じかな。
その後は村の方に向かう。砂浜から少し離れた林を開いて、村を作っている。次々に海岸線に沿って家が建っているし、商店も立ち並び始めている。最終的に防壁をどうするかと言う話だが、今は簡易の柵を張り巡らせている。
「うわぁ……。トルカもそこそこ大きな村のつもりだったけど、ここも結構大きいね」
リズが立ち並ぶ家々を見ながら、少し呆れたように口を開く。
「うーん……。本当はここまで大規模になるとは思っていなかったからね。ただ、ここまで成長したのなら、そのまま規模を拡大した方が良いかなとは考える。ここだけで自給自足出来るところまで発展してもらうのが理想かな」
そんな話をしながら、動き始めた村の中を訪ね歩く。元大工の兵士が開いた木工屋ではまだ新しい木の香りがする家具が並んでいるし、鍛冶屋に戻った兵の住居兼工房からは炉の煙が立ち上っている。もう商業として回るレベルまで動き始めていると言うのが実感だろうか。布なんかの消耗品が今後の『リザティア』から運搬する主体になるだろう。それも今考えている事業が進めば、劇的にコストを下げられる。
そんな事を考えながら、リズと一緒にゆったりとした時間を過ごした。




