第556話 周囲の評価
漏れ入る光から、部屋の中を覗き込む。音は他の穴から響いてくる。笑い声が聞こえるので、談笑しているのだろう。
「しかし、デパートでしたか。あの規模の商業施設には驚きました。それに商品の質に関してもです」
この声は、テラクスタか。
「うん、そうだね。初めに彼が言っている時はよく分からなかった。あらゆる商品を一堂に会する事によって、相互に購買意欲を引き出し、より多くの物を売りたい……だったかな。実際に見ると、確かに。あの辺りは特異なんだろうね、考え方が」
これはノーウェと。
「ガレディアも驚いていました。何より、あまり物を欲しがらない彼女が珍しく欲しがるもので……。ついつい買ってしまうものですね」
それを聞き、三人が笑う。
「兵として、将として、あるものを使うと言う生活が長かったのだろう。ある程度領主が金を撒く事は、領地経営では重要故な。散財で経済を回すのは愚だが、必要以上に使わぬのもまた愚なのだ。領主への憧れは、次代への強い欲求となる。やるべき事、為すべき事は多く、道も険しいが、それでも為政を志したいと思わせるのも領主の務めなのだ」
ロスティーか。
「しかし、ざっと歓楽街の店も覗いたけど、デパートで売っている物に比べたら品質は落ちていたね。あれはどうしてなのだろう……」
ノーウェが不思議そうに首を傾げる。
「ふむ。大方、内側と、外側で対応を変えておるのだろう」
ロスティーが答える。うん、正解。
「対応を変える……ですか?」
テラクスタが不審な顔を浮かべながら、問う。
「儂が見るに、『リザティア』と歓楽街では明確に対象とする客が分かれておる。と言うよりも、外部に出す品と内部で使う品を分けておるのだろう。『リザティア』内部では新規の最高品質な物を、歓楽街では比較的品質を落とした物を……と言う形だろうな」
「何ゆえに、そのような事を? 歓楽街で売るならば、高品質品を高く、低品質品を安く、住み分けは出来そうですが……。商家も幅が広がって喜ぶかと思いますが……」
「今後を見据えておるのだよ。『リザティア』で生活する者は、この価格で高品質な物を買う事が出来る。根付くようにと言う、策略だろうな。ほんに、商売その物に付加価値を付けると言うのは、商家寄りと言うか、のう」
ロスティーが苦笑したように呟く。
「彼の特性なんだろうね。提示する物は単純なのに、それが意味するところは多重にある。商売で、為政の調整を考えるんだから、大したものだ」
ノーウェがぽすっとソファーにもたれかかりながら、声を発する。
「量産が可能になった物を輸出向けに開示している面もあろうがな」
ロスティーがそれに付け加える。
「立ち位置は明確に理解しているよね、彼。『リザティア』はワラニカとダブティアの交易の窓口になっている。ここでの品を見た商家が興味を惹かれて、奥へ奥へと来るのも見越してくれている。ありがたいが、面映ゆいね」
「そこまで見越しているのですか?」
「期待感は煽るだろうな。まぁ、それに見合うだけの環境を儂等が今後作っていく必要があるがの……」
「今すぐは無理でも、開明派それぞれの領地で得意な物は伸ばしていく必要があるかな。色々と私達に情報を開示しているのもそう言う思惑なんだろうね」
「一方的に彼が不利益では? 情報は財産です。将来的に農作物の価格が下落するなら、それを生産する『リザティア』にも影響が……」
テラクスタがそこまで言うと、ロスティーとノーウェが笑う。
「そんなに小さな範囲で考えていないよ。小麦、大麦の値段が下がれば嬉々として回収して、ビールと言ったかな。あぁ言う加工品にして、そのままこちらに回してくる。下手したら、その生産地をこちらの領地に作らせろってね」
「それでお互いに良い目が見られると言うのが憎いがな。短い未来では、我々は『リザティア』へ原料を送るだけの地域となろうな」
ロスティーが言うと、テラクスタの溜息が聞こえる。
「冒険者でしたよね。そのような視野で物事を考えるとは」
「うむ。ワラニカを富ますと言う部分では、利害は一致しておる。ただ、本人がな……」
「何か問題でも?」
テラクスタが首を傾げる。それにノーウェが杯を傾けた後、頷く。
「彼の善性は望ましい物だよ。人間として魅力も感じる。あれだけ健気に人に尽くせる人間だ。気に入らぬ者はいないだろう」
「ただ、その善性が為政と見た場合に足を引っ張りかねん。為政は時に、不善を為さねばならぬ時もある。覚悟が出来たとしても、それは本人の負担となろう」
ロスティーも杯を傾け、舌を湿らせてから吐き出すように言う。
「ふうむ。何とも平衡に欠いたと言うか……」
「常識の部分でずれているのだろうね。金を稼ぐ事、法を順守する事。信用に応え、信頼を得て、そしてそれを権力に変える事は出来る。けれど、誠実さ、優しさは足を掬う可能性も内包している」
ノーウェが苦笑しながら、杯を傾ける。
「そこは儂等で支えるしか無かろう。本人の成長を促すのは前提ではある。もう為政の道を歩み始めたのだからな。ただ、あまりに結果が見える故に期待をかけるが、まだ年を越した訳でもない。雛と言うにもまだ幼いのだ」
ロスティーが言うと、テラクスタが失笑する。
「雛……ですか。これだけの町を作り上げ、金を動かし、兵を錬成する。十分な為政者とみますが」
「ふふ。それは本人にとっては災難だろうな。まだまだ戸惑う事も多かろう。儂は遠い故な。すまぬがノーウェ、テラクスタ。支えてやってくれぬか。我が孫と言う情だけでは無い。一人のワラニカの経営に携わる者として、願う」
ロスティーが頭を下げると、二人が大きく頷く。
そこからは私を肴にした談笑が続く。ある程度飲み終わると、お開きになって、皆去っていく。侍従が部屋の片づけを終わらせ、闇に包まれた頃、そっと息を吐く。
少なくとも、一方的に評価されていない事に安堵した。きちんとロスティーとノーウェは私の足りない部分を認識した上で、フォローしてくれる発言をしてくれている。私がそれに応えると言うなら、まずは今回のテロリストの処遇からか。現行犯及びその教唆を行った者はそのまま極刑で問題無い。そこより上に関しては、ワラニカとして追い詰めて、弁護士が介在する中での裁判となるだろう。そこまでは手が出せない。そこは国に任せる。
はぁぁ、重いが、やるべき事か……。頑張ろう……。そう思いながら、灯りの無い中を手探りで、倉庫まで戻る。光にほっとしながら、棚を戻し、部屋に戻る。
部屋にはリズが戻っているが、くてんくてんになっている。温かい軟体動物みたいになったリズを布団に潜り込ませる。タロとヒメは食事をもらったのか、お腹一杯で動きません、きりっとした顔で伏せている。
まぁ、色々あったが、ロスティー達が楽しんでくれたのなら、この式も成功だったのだろう。見送りを済ませて、海の村かと思いながら、眠りの帳が落ちるに任せた。




