第552話 女性の早期社会復帰案及び教育環境の整備、新規産業に関わる調整
馬車から降りて、執務室に向かう。扉をノックするとカビアの声が聞こえる。入室の旨を告げて、中に入る。
「お疲れ様です。ロスティー様、ノーウェ様。如何でしょうか?」
中に入ると、ソファーにかけて、テーブルに資料を広げながら確認をしているロスティーとノーウェの姿が見えた。カビアはフォローに徹しているのか、傍で直立不動に立っている。
「ん? やぁ、おかえり。もう少しで、会計資料は確認が終わるよ。いやぁ、数が数だから、時間はかかっちゃうね」
ノーウェが顔を上げると、苦笑を浮かべる。ロスティーはソファーにもたれかかり、目頭を揉みながら、お茶を呷る。
「しかし、会計項目が細かいな。国の様式では、ここまで必要は無かろう。提出書類ではまた丸めているようだが。分かりやすいが、少し追うのは辛いな」
ロスティーの声にも少し、疲れが見える。
「はい。例えば、設備を資産計上する際に、建築費用一式でまとめますが、材料費と建築費は別物です。また、材料費の内訳もあります。その辺りは明確に区別していますね」
「うむ。初期の頃に比べて、建築費用は下がっておるな。これは内製に変えたからか?」
「それもあります。元々、景気浮揚策として各地の資材を運んでいましたし、大工もお借りしておりました。資材はトルカか東からの買い付けの物になっていますし、大工も育ってきましたので。随分と価格は下がりました。その推移は、別途まとめております」
そう告げて、袖机の引き出しから、フォルダを取り出す。中の資料を抜き取りロスティーに差し出す。
「ふむ、どれ。……。木材と鉄材か。ノーウェ、これで回るのか?」
「はい、父上。利益は計上しています。運ぶ量が多いので、単価を下げても十分に利益は出ています」
「なるほど。その辺りは調整しておるか。早い段階で、鍛冶や大工を町に入れた恩恵が出ているようだな……」
「そうですね。商工会の方でも、利益が出る範囲で、なるべく価格を抑えてもらうように調整しております。今は経験の時ですし、給与の方で反映させておりますので、現場から文句は出ていないです」
そう告げると、ロスティーが読み込んでいた資料を返してくれる。
「財務状況が健全過ぎる……な。突かれる余地が無い。予算の名目と利用用途も問題無い。心配はいらぬが……。あまりに綺麗で、気持ちが悪いな」
ロスティーが苦笑を浮かべる。
「余計な事をしていないからでしょう。厳密には余計な事には予算を割り振っていません。個人資産でまかなっています」
「そこで塩、か。あの頃は夢物語と思うておったが、現実となるとやはり呆れるな」
ロスティーがノーウェの方を向いて、笑い合う。
「ただ、それが故に、守れと言う話も現実味を帯びるな。養子縁組の手続きは終わっておる。後は塩ギルドの動向を探る部分か。王都に戻った際だな、その辺りは……」
ロスティーが顎をさすりながら、黙考する。
「後、大き目の設備予算を近く使うようだけど、何か考えているのかい?」
ノーウェが不思議そうに訊ねてくる。
「学校関係は元々の計画通りですが、予定していなかったのは幼児を預かる設備と初等教育を行う設備、それと集団で仕事を行うための設備です」
「ふーん。教会での対応では足りないのかい?」
「初等教育の部分では補えますが、教育内容にばらつきが発生します。また、幼児を預かる設備としては機能していません」
「幼児にこだわる理由は?」
不思議そうにノーウェが聞いてくる。
「母親の早期社会復帰です。育児をまとめて領主側が面倒を見る代わりに労働力として早期復帰を促します。また、幼い頃から教育を施す事によって、その後により高度な教育を行う下地が生まれます」
「なるほど。一度出産に入っちゃうと十年近くは復帰出来ないか……。それを、短縮すると?」
「はい。離乳食が終わって、立ち上がる事が可能な頃、三歳前後から預かるつもりです」
「七年短縮させるか。それに、その頃から教育……。はぁ、将来人材を回してもらう立場になりそうだね」
「それも計画の内です。現状の幼児、未成年に関しても教育は行います。それが一定数を超過したら、各地に派遣を検討しております」
「君のところの考え方、技術を持った人間が来てくれる、と。ありがたい話だけど、良いのかい?」
ノーウェは技術の流出含めて、懸念を持っているのだろう。
「基本的に、秘匿する情報は最初から教えません。逆に出せる情報は特許として処理していきますので、問題にはなりません。問題は受け入れ側が、その前提でなければ、扱いきれない可能性はあります」
「来てもらっても、生活が悪くて戻る……か。開明派全体で、受け入れ態勢を整えないといけないね。教育に関しての資料は欲しい。どれだけの人材が来るのか、将来的な方策は考え始めるよ」
ノーウェが若干呆れた顔で恨めし気に言ってくる。
「はい。それも今まとめている最中です。実施して、問題点を洗い出した段階で、提出します」
「助かるよ。で、集団で仕事を行う……と言うのは?」
「それに関しても、別途資料を用意しております」
そこからは、近い将来の工場制手工業のプランをプレゼンする形となった。新しく生まれる産業と、現在の不足を補い、その恩恵を各地にフィードバック出来る方策。
説明を聞いている二人の目が若干、遠い目になったのは気にしない。
「確かに価格差はあるがのう。ふーむ。それも狙いの内か?」
「いえ。これに関しては、商家の方から話を聞いて考えた事です。狙っていたら、初めから予算に計上します」
「そうだな。上手くいけば、儂等にも大きな恩恵がくると言う訳か。手伝い甲斐が無いのぉ……」
ロスティーが愉快そうに笑う。
「後は……。捕らえた人間の身柄の件かな?」
「はい。そちらに関しては、すでに尋問を終えて、背後関係も確認済みです。ただ、他国の者ですので、現時点では引き渡すしか方法はありません」
罪を犯した人間と言っても、他国の人間の場合はその国と結んだ取り決めの上でしか対応が出来ない。この場合だと、犯罪者として、ダブティアに送るしかない。
「それに関しては、暫し身柄を拘束してもらう。王家の方から、該当の商家を領主に対する敵対行為を行ったとして、指名する。その時点で処罰は可能だな」
私の権限では無理だが、国王の名において犯罪者として指名された場合は、ワラニカの法に則って処罰も可能だ。今回の場合は、指示を出した商家とその実行犯、仲介役が対象となる。
「そちらはお手数ですが、よろしくお願い致します」
その後は、新規産業を興した後、どのように各領と調整するかを話していたが、扉からのノック音で中断される。昼ご飯のようだ。先に私だけ降りて、食堂に向かう。見るとリズ達は戻って来たのか、席でペルティアを中心に、にこやかに話をしている。フィアもすでに席に着いていたので、後で剣を渡す旨を伝える。
席に着席してしばらくすると、テラクスタを含めて、ロスティー達が食堂に入ってくる。和やかな雰囲気の中、昼ご飯が始まった。




