第551話 工場制手工業への種蒔き
馬車に乗って、工房まで進む。オークの対応も完了したので、そろそろ本格的に樵の人を入れて、伐採事業を始めたいなとは考える。トルカ村の伐採所から製材前の原木で運ばれて来るが、ある程度のサイズには切断されている。それが民家のサイズの限界にもなっている。その辺りも含めてネスと相談かなと考えていると、工房前に到着する。
「じゃあ、昼ご飯までには話は終わると思うから。いったん戻っている?」
馬車から降りて、テスラに問うと、少し考え頷きが返る。
「はい。では、戻って待機しております。また、昼に間に合うように迎えに来ます」
そう告げると、馬に合図を送り、馬車を出す。路地に消える姿を見送り、工房に入る。
「こんにちは」
工房の入り口を開けて、弟子の人に声をかけると、こくりとお辞儀をして、そのまま奥の方に引っ込む。暫く待っていると、奥からネスが出てくる。
「少し間が空きました。調子は如何ですか?」
そう聞くと、苦笑が返る。
「ぴんぴんしてらぁ。丁度良かった。届けようか迷っていたところだ。完成したぞ」
そう言いながら、カウンターの奥に引っ込み、鞘に入った剣を取り出してくる。
「あぁ、前の鉄材の。完成しましたか?」
「完成かどうかは、まだ分かん無ぇ。炭の配合量は調整してみたが、これが硬くて脆さが出ないぎりぎりだな」
そう言って手渡してくるので、受け取る。その瞬間、思ったよりもずしりと重さがかかる。
「ん? 結構重いですね……」
独り言のように呟きながら、鞘から抜く。やや反りが入ったファルシオンと言う感じの形状だ。ただ、剣の厚みが大分増している。指先で叩いても、音も鳴らない。その姿を見て、ネスが小さな金槌を渡してきたので、叩いてみるが、大分鈍い音が返る。
「随分と、分厚いですね。剣と言うより、長い剣鉈と言う感じですか?」
「それなんだがなぁ。硬さを出すと、薄いと毀れる。ぎりぎりまで厚さは調整したが、それが限界だな。ただ、切れ味は大分変った筈だ」
そう言って、鎧に使うようなハードレザーの端材を渡してくるので、刃を通してみる。刃を立てて引くと、するりと切れる。刃に厚みがある分、そのまま切り口が広がる。再度刃の方に顔を近づけてみるが、毀れは無い。
「ふむぅ。良い切れ味ですが、重さが変わると、習熟までは結構かかりそうですね。その辺りは並行して運用してもらおうか……」
後半は小さく呟き、鞘に納める。
「前の剣に比べれば、持ちは良い筈だ。ただ、砥石が変わる。後でまとめるから持って帰ってくれ」
そう告げながら、すとんとネスが椅子にかける。私も、一礼し同じくかける。
「素材そのものはどうでした?」
「あぁ、勉強になった。炭の割合と硬さと脆さの兼ね合いがきっちり見えたのはありがたい。中々素の鉄を仕入れても安定しないんでな。様子を見ながら勉強が出来た」
にやりと笑いながら、ネスが言う。
「お役に立てたなら良かったです。後、別にナイフモドキを届けたと思いますが」
「あぁ、あれか。鋳潰して鍋なんかに使ったな。品質が安定してるんで助かった。つか、弟子にとっちゃぁ修行にゃならんがな」
ははと笑い声をあげながら、ネスが言う。
「良かったです。過剰帰還の限界を調べようと思っただけなので、使ってもらえたなら幸いです」
「こびり付きにくいって評判だ。なるべく不純物は出すが、取り除き切れないんでな。その点品質が一定なんで、焼けムラも無ぇ。あの品質で一定にしろと言われんだけ良いんだがな」
そう言いながら、ネスが苦笑を浮かべる。
「帰り際にでも材料は置いて帰ります。また試してみて下さい。後、木工と大工の方なのですが、どうですか?」
「おぅ。木工の方は馬車の分で大分練度は上がった。大工の方も、カナワツギっつったか? 精度は大分上がってきた」
金輪継は梁などの長い木材が必要な時に、木と木を凸凹に切り、接合する継手の一種だ。従来は鎹や鉄板を接合面に釘で打ち付けて固定していたが、腐食した場合に強度に問題が出てくる。金輪継ならそんな心配はせずに、一本の木材のように使える。
「それは朗報ですね。オークの排除も完了したので、そろそろ木材の現地調達を始めようかと考えていますが、供給開始まで半年から一年はかかります。それまでは凌いでもらえますね」
「そうだな。木材に無駄が出ないのがありがたい。どうせ、調達を開始しても使える技術なんで、このまま進めておく。しかし、そう言うとなると、樵ギルドか?」
「はい。町も最終的には十万人弱は収容可能です。そうなってくると、木材や薪だけでも膨大な量になります。不正が起こりにくい仕事なので、もう任せようかと考えています」
「その対応まで商工会でまかなうっつぅ話になると、流石にきちいな。金は飛ぶが、頼む」
「いえ。元々予算の範疇なので、お気になさらず。後、商工会には改めて告知しますがダブティアとの条約が締結出来たようなので、色々作って欲しい物があります」
ネスにそう告げながら、懐から数枚の設計図を取り出す。
「そりゃ、構わんが……。あぁ? えらく大がかりだな……。こっちは水車で動力を引っ張って、ここを回転させる。んん? 何に使うんだ、これ」
「それは……」
そこから、作ってもらうもののイメージと利用方法の説明が始まる。あれやこれやと説明しながら、将来の運用を相談していると、時間を忘れて白熱していく。気付けば、ひょこっとネスの奥さんが顔を出している。
「あぁ、もう昼ですか」
「おぅ。食っていくか?」
「いえ、戻ります。ロスティー公爵閣下も待たせておりますので」
「あぁ、そうか。結婚式の絡みか。つぅか、結婚おめでとう。言うのも忘れてたわ」
笑いながらネスが告げてくるので、感謝の旨を伝える。
「では、明日には貴族の方々は出立されますし、我々も半月弱、海の方に向かいます。その間に、お願い出来ますか?」
「分かった。馬車の仕上げはやっておく。くれぐれも達者でな」
「ありがとうございます、では」
そう告げて、荷物を預かり工房を出ると、テスラがすでに待っていた。
「ごめん、待ったかな?」
「いえ。大丈夫です」
そんなやり取りをしながら、領主館に戻る。さてさて、赤ちゃんを届けた後は本格的に色々と産業を興していくとしようか。そんな事を考えながら、領主館に戻った。




