第550話 狼消化中……Now Loading
明日の打ち合わせを終えて、部屋に戻ると、リズが夜着に着替えている最中だった。
「楽しかった?」
「あ、ヒロ。うん、楽しかった。お婆様、凄く喜んでくれた。嬉しい」
輝かんばかりの笑みで、訴えてくる。ふわりと夜着に着替えると、腕を取り、ソファーに座らされる。そこからはどう楽しかったかの説明が始まる。ここは一心不乱に聞くしかないフェイズだと諦める。タロとヒメも賑やかな雰囲気を感じて、てくてくと近付いてきて、ぽすりと膝の上で丸くなる。
『ぬくいの、すきなの……』
『ふにゅふにゅ』
それぞれがベストポジションを探り、ぬくぬくと微睡み始める。私はタロを優しく撫でつけながら、リズの楽しそうに話す姿を堪能する事にした。暫く話していると、ふわと欠伸をするリズ。
「そろそろ眠くなった?」
「うん。色々あったからかな? 馬が走るのも凄かったし、演劇も楽しかったし。お婆様、いっぱい思い出が出来たって仰っていたの」
微笑むリズを抱き寄せる。
「お婆ちゃん孝行出来たね。良かったね」
そう告げると、こくりと頷く。
「また会えるよ。それまでは暫くのお別れ。でも、思い出があれば寂しく無いよ」
「そうだと良いな」
「また、ロスティー公爵領まで会いに行っても良いさ。他の領地の見学は必要だしね」
「うん」
素直に頷くリズをお姫様抱っこで、ベッドまで運ぶ。ふわりと首に巻き付いた両腕が、蝋燭の灯りに照らされて白く艶めかしく輝いている。でも、今日はもう遅いしお預けかな。そう思いながら、リズを布団の中に潜り込ませる。
『いっしょに、ねるの?』
『ぬくいよ?』
足元をとことこ着いてきた二匹がお座りでじーっと見上げてくるが、だーめと告げる。
『ざんねんなの』
『むねん』
そんな思考を残して、仲良く箱に潜り込む。
私もベッドに潜り込んで、蝋燭の灯りを消す。明日は午前中に馬車の調整とネスに少し相談かな。フィアの剣の進捗も確認したい。午前中は自由に動けそうだし。そんな事を考えていると、すぅっと意識が薄れていくのを感じた。
ふわりと目を開くと、窓の外がほのかに明るくぼんやりとぼけたように浮かんで見える。藍よりもまだ濃い中、薄明りを頼りに窓を開ける。太陽はまだ頭を出す手前で、光だけが世界を包み込み始めている。空は青空。雲も無い。お客様の滞在期間に晴れが続くのは助かる。五月八日は快晴。
静かに部屋を出て、食堂に向かうと、戦場のような忙しさ。宿泊客の人数が人数だ。朝は軽めと言っても、分量が全然違う。
「おはようございます、領主様。いつものですか?」
「うん、お願い出来るかな」
「はい。今朝はウサギが端数になっています。皮の処理は済んでおりますので、そのままお持ちください」
料理人がそう告げると、奥から大皿に二匹、立派なウサギを乗せてくれる。フォンの材料に出来そうだが、二匹と言うのもちょっと少ないか。礼を伝え、部屋に戻る。
静かに扉を開けて、箱の前にウサギを分けて、置いてみる。タロが眠りながらも匂いを感じたのか、前脚をたしたししながら、しっぽがゆるやかに波打つ。釣られるように、ヒメもクンクンと鼻を動かし、目元がぴくぴく動く。
「ご飯だよ」
そう告げると、ぱちっと目を覚まし、ウサギを確認した瞬間に飛びかかろうとするのを待てで止める。ぱたこんぱたこんするしっぽを確認しながら、良しを告げると、競争のように齧り付く。
『ふぉぉぉ、うさぎ、うまー!!』
『こりこり、おいしい!!』
二匹が大きめの獲物に夢中な間に、リズを起こす。キラキラと朝陽に照らされて、金糸が揺蕩うようなベッドに沈むリズの唇に、そっと口付ける。そのまま耳元で朝だよと呟く。ふにゅぅとか言いながら、逆方向に転がる。しょうがないので、耳たぶをはむっと唇で挟むと、ばさっと上体を起こし、耳を庇う。
「もう、ヒロ!! 耳はダメって言ったのに」
「リズが起きないのが悪いよ。それに舐めたり、噛んだりしていないよ?」
「でも、何かした!!」
「起きたのなら、良かった。おはよう、リズ」
そっと頭を撫でると、やや不機嫌ながらもおはようと返ってくる。そっと脇に手を差し込み、ベッドから降ろす。普段着に着替えて、朝の支度を始める。思った以上に日の光は暖かく、今日は過ごしやすい気温になりそうだ。ざっと体を清めて、タロとヒメに水を渡す。結構な大物なので、かなり満足したようで、早々に水を飲み終わると、伏せて、消化していますと言う感じで、ふにゅんと微睡む。
『おなか、いっぱいなの』
『くちい』
んー。昼ともしかしたら夕方も食事はいらないかも……。物凄く軽く、夕ご飯な感じかな。結構な量だった。
「今日はお昼ご飯まではネスのところに顔をだすつもりだけど、リズはどうする?」
「お婆様がお暇だと思うから、町を散策しようかって話はしたよ。ティアナもロッサもいるから安心だし……」
今日の予定を二人で考えていると、響くノックの音。朝ご飯の声が聞こえたので、食堂に向かう。
食堂では、赤ちゃん達が眠いのとお腹が空いたのでぐずりながらも、お母さん達に甘えている。
ロスティー達が入って来て、食事となる。ペルティアは朝は小食なので、食べ終わると気さくにむずがる赤ちゃんをあやしている。懐かしさの混じる、慈母の表情が印象的だった。
早々に食事を済ませ、ロスティー達を連れて、カビアと共に執務室に入る。元々クロスボウ関連の資料は隠し棚の中に置いてある。それ以外は特に隠す物も無いので、好きに見てもらって構わないと伝え、部屋を後にする。
朝ご飯の際にお願いしていたので、玄関ではテスラが待ってくれている。さて、ネスの様子はどうだろうか。楽しみだ。




