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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第二章 異世界で男爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第546話 大衆演劇の萌芽

 どやどやと、人が集まり始めた劇場の裏側から、こっそりと入り込む。貴賓席は設けていないので、少し前寄りの真ん中の席を押さえる。貴賓席に関しては、迷いに迷ったが、劇を見るのが目的と言う事で排した。エロい事や社交は別の場所でやってもらったら良いかなと。


 演目の主軸はロミオとジュリエット。でも、ちょっと設定がそのまま適応するには問題だったので、大昔の王家派の侯爵の娘と、開明派の伯爵の息子と言う設定に変えている。


 幕が上がる前に、地の文を朗々と歌い上げる講談師。幕が上がると、その大道具の完成度にどよめきが走る。正直、劇場設備が整っていない王都では、ここまでの大道具を運用する事は出来ない。英雄譚の一部を切り取って、演劇する程度がやっとだ。

 各家の確執と、運命の出会い、そして、運命の悪戯。劇場の中は二転三転する物語に飲み込まれていく。そして、あの窓際での感動的な語らい。回転舞台式になっているので、幕を下ろして講談師が話をしている間に舞台は千変万化する。観客は、窓辺に佇み、独白するジュリエットの心中を思い、奈落から徐々にせり上がってくる木の大道具に跨ったロミオとの熱い語らい、距離の縮まりを目にして、切なさと淡い期待を目に浮かべる。

 そして、仮死の毒を呷り、倒れ伏すジュリエット。その姿を見たロミオは天に慟哭する。


「おぉ神よ。導き下さる万能の神よ。今まさに、愛する者が死出の旅路に立たんとする、この時。私に何が出来ようか。おぉ、神よ。この身を捧げん。彼女亡き世に生きるとて、私は死したるも同じ。この身を砕き、彼女への救いを」


 その願いを受けて、ワイヤーで吊るされたアレクトア役の絢爛豪華、眉目秀麗な壮年の男性が、降りて来て歌い上げる。


「その慟哭、天を抜け、我が心に突き立った。救いの力を授けよう。只、忘れるなかれ。それは汝の身を砕き、彼女の涙を誘うものでは無い。共に生き、この世を謳歌する為の力と心得よ」


 そこまでの台詞を聞いた瞬間、後方でぶふっと噴き出す声が聞こえる。珍しい、クライマックスなのにと振り向くと、ニヤニヤとシェルエが座っていて、頭を抱えそうになった。


『シェルエ様、また見やすい場所で何をなさっているのでしょうか?』


『ふむ、ふむふむ。我が司るは享楽故な。このような場所にこそふさわしかろう。しかし、あれだな。アレクトアであれば、あのくらいは言いそうでな。流石に噴き出した。よい、よいぞ。面白い。シェイクスピアのあの捻くれた悲劇主義は享楽とは些か趣がずれておるのでな。大団円を楽しませよ』


 はぁぁと溜息を吐きながら、改めて舞台に目を向ける。仮死の眠りより醒めたジュリエットが横で倒れ伏すロミオを見て、改めて後悔の叫びを滔々と謳いあげる。手に取ったその懐剣が胸を貫かんとする刹那、ロミオが抱きしめ、代わりに剣を受ける。お互いの無事を確認し、安堵したジュリエットは血に濡れた懐剣で髪をぶつりと切り、捨てる。

 家を捨て、共に行く逃避行。その先には、小さいながらも温かく、幸せな未来が待っていた。その小さな喜びをバックに幕が閉じる。楽師達の牧歌的な調べが止んだ瞬間、拍手が起こり始めて、それは伝播し、大きなうねりに変わる。皆が、立ち上がり、その思いを拍手と言う形で表現する。あぁ、当たったか。そう思いながら、ほっと安堵の溜息を吐く。


 入った時と同じく、裏口から出て、馬車に乗り込み、中央のデパートに向かう。そろそろ昼もかなり過ぎている。軽食を挟んだがきちんと食べようと言う事で、デパートの屋上での食事を楽しむ。馬車に乗った時から、ずっと女性陣は劇の話で持ち切りだ。


「死んだ真似をするくらいなら、さっさと家を捨てれば良いのに、うじうじとしているのは評価が下がるわ」


 ティアナがむっすりと呟くと、カビアが取りなすように言う。


「家を思う気持ちも有るかとは思う。人の価値観はそれぞれだから。一概に決めつけてしまうのもどうかな」


 そんな話をしながら、ペルティア達と仲間達が食事を楽しむ中、ロスティー達は劇場の舞台装置の方に目がいっていたようだ。


「うーん、劇場関係だけでも百近く特許を止めているけど、あれを見たら、理解出来た。画期的過ぎる。正直、感動したよ」


 ノーウェが苦笑を浮かべながら、はむりと塩釜で蒸した鶏を口に含み、満面の笑顔を浮かべる。


「確かに。王都の劇場は何度か通ったが、今日の劇場を見てしまえば、貧相な物だった。ロスティー様や(ぼん)が言う通り、ここから文化が流入してくるのだろうと言うのを痛感したな。いや、面白い物だった。話の筋も良い。最後まで、見入った」


 テラクスタも余程気に入ったのか、またの機会があれば是非に見たいと言う事だった。ロスティーもペルティアが明るい表情で皆と話しているのを眺め、上機嫌で食事を進めていく。


 春の風の中、風景を楽しみながら食事を済ませると、次は畑の方に向かう。元々テラクスタが希望していた視察だ。


「ふむ。やはり美しい。して、あの水に浸かった麦はどのような意味が?」


 皆で馬車を降りると、真っ先にテラクスタが走り、畑の細部を確認し始める。


「あれは麦とは違った穀物を栽培中です。小麦よりも栄養価が高く、面積に対しての収穫量も多いです」


「なんと。そのような植物が? そちらを優先すれば、良いのではないのか?」


 テラクスタが驚きの声を上げる。


「納税もありますので。今回は金での対応でしたが、物納の方が全体で見れば安いです。元々飢饉対策で集めていると言う側面もありますので、小麦を作るのを止める事は出来ません。また、この穀物自体が沼地に育つ物なので、環境を整えるのに苦労致します」


 そんな事を話していると、こちらに気付いたのか、ぴよぴよと子鴨を連れた親鴨が様子を見に来る。女性陣が一斉ににやける様は見物だった。


「あの鴨は?」


 テラクスタが指さす。


「雑草や、育成の邪魔をする虫を食べます。また泳ぐ事により、適度に撹拌されて、空気が水中に混じりやすくなります。それに糞は栄養になりますね」


 そう告げると、渋面で思案顔になる。


「しかし、新しい農法だけじゃ無くて、動物の力を借りてまで、効率を徹底化させているのかい? これは、うちでも出来そうかな。もしそんな穀物が出来ると言うならこちらでも試したいかな」


 ノーウェがフォローのように話しかけてくる。


「あまり寒い地域ですと育たない恐れがありますが、この辺りより南であれば問題無いかと考えます。ただ、水路を新設しなければならないので、手間がかかりますが」


「うちはまだまだ余裕はあるかな。(あに)ぃの所にも、うちから投資と言う形で一旦貸し付けて、収穫後に返してもらっても良いかな。試験用の種と調理法はもらえるかな?」


「畏まりました。実りは秋口ですね。その際にはお配り致します」


 そう答えると、テラクスタもノーウェもにこりと微笑む。


「収穫量も多いので、ノーウェ様のところで食べられるか確認して頂き、問題無ければ冬場の支援と言う形で北の方にも流通致します」


 ロスティーに向かって言うと、苦笑が返る。


「今年はノーウェに春蒔きを任した故な。どうなっておるか分からん。問題が有った際は頼むかも知れぬ。助かる」


 ロスティーも飢饉対策の手立てが一つ増えると言う事で純粋に喜んでいる。また、ロスティー領の北側は海なので、そちらでも干物は作れる。塩の流通が進めば、北の地の食糧事情は一気に改善されるだろう。


 そんな話をしながら視察を進めて、領主館に戻る事となった。一休みをして、約束の手合わせと言う訳だ。はぁぁ、憂鬱なと思いながら、どうやって、攻めるか、考えながら、領主館への帰路に就いた。

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