第545話 競馬と言う概念の始まり
競馬場のスタンド入り口前には人集りが出来ている。私達は、迂回して、従業員出入り口から中に入らせてもらう。
「ここって、馬の訓練設備じゃなかったかな? 練習風景を眺めて楽しむみたいな話をしていたような。それだけにこんなに人が集まるのかい?」
ノーウェが不思議そうに聞いてくる。
「ちょっと趣向を変えてみました。通常時は騎兵団の訓練場所ですが、お披露目の意味も兼ねて、競争を見せると言う形ですね」
そう言うと、テラクスタ夫妻が乗り出してくる。歩兵はノーウェが訓練している部隊が国内最強だが、騎兵に関しては、中央南部の平原で訓練しているテラクスタ領の方が練度が高い。かなり興味を示している。ちなみに、馬の生産はロスティー領が最多だ。北の草原地で馬を育て、各領に輸出している。麦に適さない土地でも牧草は生える。
「込み合う前に、馬の様子を見に行きましょうか。そろそろ本日一回目のレースが始まります」
皆で従業員用の通路を抜けて、パドックの裏側に出る。丁度馬のお披露目が始まったところだが、観衆はそう多くない。子供連れが大半だ。子供に馬を見せたい家族が目を輝かせた子供を肩車している微笑ましい状況が目に留まる。
「ふむ。かなり絞り込んだな。足の筋肉の張りが全く違う。早馬でもここまでに育てるのは苦労するがなぁ」
生産者の視点でロスティーがじっと馬を見つめる。
「あ、ティットじゃないか。馬の扱いでは騎士団でもかなりの上位だったけど、このような出し物に出るのかい?」
ノーウェが昔の部下を見つけたのか、指を差す。
「んー。ティットさんは一番人気ですね。配当は1.1倍です」
「配当?」
テラクスタが首を傾げる。
「どの馬が早く走るか賭けるんです。ただ、住民に関しては、別途掛け金用の金券を配っているので、それ以上は賭けられません。外部の方が主なお客様ですね」
「はぁ。訓練の結果のお披露目にまで、付加価値を付けるのかい?」
ノーウェが呆れたように、呟く。
「まぁ、その辺りは見て頂いてからですね。貴賓席を用意しています。そちらで一旦寛ぎましょう。折角なので、賭けてみませんか? 馬の様子、騎手の様子は把握出来ましたか?」
その言葉に、皆が真剣にパドックをくるくる回る、馬達を見始める。
「ふむぅ、馬としてはティットが乗っておるものか。あの栗毛の馬が一番だな。他はあの青鹿毛のが良い躰をしておる」
ロスティーが真剣に眺めながら、呟く。
「ただ、あの青鹿毛に乗るのがダームスティンと言うのがちょっと気になるね。馬を駆るのは上手いけど、少し気弱な性格だったから」
ロスティーの言葉にノーウェが被せる。
「ふぅむ、気勢の乗りではあの二番目の鹿毛の馬は良い。あの目は走る目だな。戦の際に物怖じしない目だ」
テラクスタも真剣な表情で、眺めている。
「一番早い馬を当てるだけでは無く、一番、二番を当てる賭け方もあります。そちらの方が配当金も大きくなりますので、そちらを試して見られては如何ですか?」
そう言うと、面白そうと三人が声を合わせる。ちなみに奥様方は呆れているし、仲間達は賭け自体には興味が無いので、純粋に馬が動いているのを見て楽しんでいる。
結局、レースのぎりぎりまで悩み、窓口で馬券票と交換してもらう。ここは私が持つと言う事で、一万ワールずつで購入した。ついでに、着いてきていた侍従達に頼み、ハンバーガーを人数分と、唐揚げを少し、そして、ピケットを買って来てもらうようにお願いする。売店も大分混雑しているので、持って来るのは第一レースが終わった辺りだろう。
屋根付きの貴賓席のソファーに皆で座り、第一レースの開始を待つ。楽師達が勇壮な音楽を奏で出すと、場内が静かに聞き始める。音楽が鳴り終えたのを合図に、鐘の音が響き、ゲートが一斉に開かれる。飛び出す馬の速さは、早馬と比べても大分早い。
「おぉおぉ。速いな。これ程に速かったか?」
ロスティーが軽い驚きを浮かべながら、ノーウェに問うが首を振って返される。
「常に走って食べてを繰り返していますから。馬自体の速度も上がります。元々、この程度までは速度が出る馬達だったんです」
そう言っていると、馬群がコーナーを曲がり、観客席の前を猛スピードで抜けていく。その迫力に、馬群が接近した席の方から順に歓声とどよめきが上がる。現状、青鹿毛が先頭を五馬身程リードしてレースを展開させている。気が弱い性格と言う事で先行で逃げ切りを狙っているのだろうけど、少し焦り過ぎな様子も見える。
「これは、見ものだ……。ここまで迫力があるとは……」
テラクスタが感心したように呟く。
レースが中盤を超え、終盤に差し掛かろうとしたところで、疲れが出て足が鈍った青鹿毛が集団に飲み込まれる。二番手を堅持していた栗毛がそのまま粘りを見せて、徐々に速度を上げる。鹿毛も集団の中、物怖じせず果敢に前に出ようとする。その姿を見た、テラクスタとノーウェが立ち上がり、声援を送り始める。最終コーナーを抜けて、栗毛が一馬身半ほど前に出て集団を牽引し始める。その後ろは団子だったが、馬達が接触を恐れ膨らむ間隙を突いて、鹿毛が一気に踊りでる。競り合いにはならず、一番人気の栗毛が一着、鹿毛が二着と言う結果になった。ロスティーも目を丸くしながら、最後の接戦に興奮していたし、馬券がかかっている二人は大声で、声援を投げかけていた。
「ノーウェ様は残念でした。テラクスタ様が当たりですね。あの鹿毛はそれ程評価が高くなかったので、配当で2.8倍になっています。この一試合で一万ワールが二万八千ワールになった形ですね」
そう告げると、絶叫から放心していたテラクスタが男臭い笑いを浮かべる。
「これは、癖になるな。金が増える増えないはさておき、これほどまでに馬が競争をすると言う事に愉悦を感じるとは思ってもみなかった」
ロスティーとノーウェ、テラクスタが三人で先程のレースの内容を話合っていると、扉がノックされる。ふわりと香る匂いで侍従と分かったので扉を開ける。
「折角なので、少し食事を楽しみながら、勇壮な馬の饗宴を見物するとしましょう」
そう言って、ハンバーガーを皆に渡し、唐揚げはテーブルに盛る。ピケットのカップを上げると、皆が嬉しそうに掲げる。
貴族三人が興奮して喉が渇いたのか、冷えたピケットを美味しそうに飲む中、ペルティアがハンバーガーの食べ方を聞きながら、むしりと上品に小さく齧る。咀嚼している内に微笑みが浮かび、こくりと飲み込むとほっとした顔になる。
「このお肉、柔らかくて、とても食べやすいの。脂も、一緒に入っている玉菜と一緒になってさっぱりしているし、お肉のソースのほのかな酸味と合ってとってもお上品。良いわね、これ。北の皆にも食べさせてあげたい」
ふふと微笑むと、そっとロスティーが肩を抱く。ガレディアはガレディアで唐揚げに夢中だ。
「鶏の周りの味付けが何とも言えないわ。味付けもそうだけど、このさくさくと口の中で砕ける感触が良い。これは作り方が気になるわ……」
ガレディアが虚空を睨みながら、作り方を探っているようだが、油で揚げる料理なんてそう多くない。辿り着かないだろうなと思いながら眺める。
軽食を楽しみながら、第二レース、第三レースを楽しみ、競馬場を後にする。次は今日がこけら落としの劇場か。演目的にどうかな。女性陣は喜んでくれそうだけど。




