第540話 結婚式当日~式の後の一幕
ほっと一息ついて、リズの方を見ると、同じく溜息を吐いている最中だった。
「疲れた?」
私は気疲れでいっぱいだよ。
「うーん、疲れたと言うより、驚いたかな? でも、良かった。思いをきちんと伝えられたし、神様も喜んで下さったから。でも、口付けは、やっぱり恥ずかしいよ……」
リズが少しだけ困った顔で、ドレスのスカートを持って、ふりふりと揺らしている。
「でも、これからはこのやり方が基本になるかもしれないよ。シィベギルセ様直々のやり方だしね」
そう言いながら、シィベギルセが消えた辺りに落ちている石板を拾う。見ると、文字が浮き彫りになっているが全く読めない。なんじゃこれ……。
石板を持って固まっている私に気付いたのか、リズが近寄ってくる。
「どうしたの?」
「んー。宣誓文を残してくれるってシィベギルセ様が仰っていたけど、読めない……」
「そうなんだ。んー、って、これ、逆さまだよ」
リズが石板の文字をなぞりながら、告げた。
「逆さま?」
「うん、ここ、こっちに読んでいったら、喜び、だね。文字も逆さまになっているよ。焼印みたいなのかな?」
あー、作ってもらった焼印も確かに読めなかった。これだけ文字が並んでいるのも初めて見たから、気付かなかった。って、これ判子か。増やせって言われているようなものだ。ありがとうございます、シィベギルセ様、ここまで手を煩って頂きまして。
『くるしゅーないよー』
やっぱり超フランクな答えが返ってきて、先程の威厳のある佇まいの感動を返してとは思いたい。しかも、叩くといつもの石板の音とちょっと違う。何か変質させられている気がする。『認識』先生に聞いてみると正体不明って言われる。これ、アーティファクトとか見つけても一緒だろうな……。と言うか、これ自体がアーティファクトなのかも。
「じゃあ、紙に写して、増やせって言う意味だろうね」
取り敢えず、思考を隅に置き、リズに答える。すると、リズの顔がぼっと紅潮する。
「え……増やすの? 私の言葉だよね。恥ずかしいし、使われるのも嫌かも……」
「んー。こちらの答えの部分は書いてある?」
そう聞くと、リズが真剣な顔で、読み始める。ちょっと任しておくか。
拝堂にいるお客様達も、皆、衝撃から立ち直り、三々五々に散っていく。これからお披露目なので、場所取りなのだろう。
壇上から降りると、ロスティー達やアスト達が寄ってくる。
「いや、君、本当に面白いね。自分の結婚式に態々シィベギルセ様を降ろすとか、聞いた事も無いよ」
ノーウェが抱きしめながら伝えてくるが、私の視線は、横の女性に釘づけだ。
「はい。余興も必要かと思いまして」
ちょっと思考が混乱して、適当に答える。
「えと、ノーウェ様、何故ラディアさんが?」
そう告げると、悪戯がバレた少女のようにてへっと微笑む、ラディア。入場の際は、一番奥の方に座っていて気付かなかった。正直、シィベギルセの悪戯の所為でそこまで気も回らなかった。
「お久しぶりです。男爵様」
そう言いながら、ラディアがカーテシーを披露する。印象は全く変わっていたが、確かにラディアだ。
「寄子が結婚するのに、親が伴侶もいないのかと部下から散々言われてね。ラディアには偶に夫人役をお願いしている。身辺警護も兼ねてね」
苦笑しながら、ノーウェが言うと、ラディアが尻の辺りを抓ったのか、ノーウェが飛び上がる。それを見て、ロスティーとテラクスタと一緒に笑う。
「それならば、昨晩もご一緒して頂いても良かったのですが……」
その言葉に、お尻をさすりながら、ノーウェが苦笑を浮かべながら答える。
「いや、斥候団の方も見てもらっていたからね。昨日は兵舎の方だよ。流石に陛下直下の部隊だからね。目的を明確にしないと自由は無いんだよ」
あー、そうか。斥候団は国王直轄だ。うちはインテリジェンスのイロハから叩き込みたいから、明確に斥候団としては登録する気はない。向こうは情報を疎かにする人間として見てくれるかなと言う淡い期待もある。引退した斥候団のメンバーも前の守秘義務は前の、今の守秘義務は今のと言う形で納得してもらっている。そもそも給料の額が全然違うので、こちらに付く方が利があると見てくれている。
「私も、特に家内の状況を詮索する気はありませんし、国王陛下よりも特に命を頂いている訳では有りません。と言っても、中々信用するのは難しいと思いますので、昨晩は遠慮致しました」
ラディアがにこやかに言う。そりゃ、紐付きの相手に色々伝える訳にはいかない。別に食事くらいは構わない。ただ、その後の話し合いまでは聞かせるつもりは無かったが。
「団員も兵達も休暇を満喫しておりましたよ。昨晩も戻る者は極僅かでしたし。ただ、荷物が増えたので、帰りは少し考えなければいけないでしょうね」
ラディアが涼やかに言うが、まぁ、歓楽街で金を持っているんだ。使わないと言う選択肢は無かっただろう。
「荷物ですか。遊具などは有りそうですが……」
「はい。そうですね。ただ、女性の兵はやはり、服でしょうか。物珍しい服が多くて、皆、限界まで購入したようです」
いつの時代も、女性は美を追求するか。最近、デパート経由で歓楽街のブティックの品揃え、陳列も変わってきた。マネキンの導入も始まっているし、もう少しで『リザティア』がファッションの発信地になるかもしれない。
「騎兵、ですよね? 荷物はどうされるんですか?」
「輜重の馬車に個人用の箱を乗せています。それに入る物は個人の自由となっています」
ふむ。パーソナルスペースを確保していると。財布とか落としたら不味い物を持って戦う訳にもいかないか。
そんな感じで、にこやかに話をしていると、リズが嬉しそうに壇上から降りようとするので、補助に走る。
「ふふふ。良かったよ。私達の宣誓の部分は各自で答えを考えなさいって書いてある。もう、本当に恥ずかしかったんだから」
そう言いながら、石板を片手に、私の手を支えにゆっくり階段を降りる。
「綺麗だったわよ、リズ」
少しだけ涙目のティーシアがリズを抱き締める。それをアストが抱擁する。一瞬驚いた顔をしたリズが、うるうると瞳を潤ませる。見るのも悪いかと思って、拝堂を見回すと、お客様達が出ていった入り口の方からロット達が向かってくる。
「お披露目が控えているのに、遅かったので。何かあったんですか? 列席の方もかなり興奮しているようですが」
ロットがフィアを支えながら、不思議そうに尋ねてくる。
「いや、シィベギルセ様が遊んだ……」
的確と思う表現を選んだつもりだったが、女性にとってはちょっとニュアンスが違うかったらしい。
「えー!! シィベギルセ様が来られたの!? ちょ、リズ、ずるい!! 超ずるい!!」
フィアが叫ぶが、リズも苦笑を浮かべる。
「フィア、そう言うけど、凄く恥ずかしかったよ」
リズがそう言いながら、女性陣を呼び寄せて、ごにょごにょと顛末を伝える。
「あ、あたしは無理です。よ、良かったです」
ロッサが、顔を赤らめて、ばっと下がる。
「私も、自分の思いは自分の言葉で伝えたいわ。祝福を頂けるのは嬉しいけど、目の前にしてと言うのはちょっと嫌ね」
ティアナも毅然と答える。
「うちも、恥ずかしいですわ」
列席していたチャットが頬を押さえながら答える。
「某も、普通が好ましいで御座る」
リナも難しい顔をしながら、頷く。
フィアも、色々葛藤していたが、結論が出たのかさっぱりした顔になる。
「リズ、大変だったね。頑張れ!!」
「え、慰められるの? ちょ、ちょっと、フィアー!!」
リズが恥ずかしそうに叫ぶと、笑いの渦が巻き起こる。そこからは各家族同士で話をするようなので、侍女の元に向かう。
「すまない、聞きたい事があるんだけど……」
神様から何かを貰った場合って、どうしたら良いのか全く分からない。聞いてみると、一般的に何かを貰った場合は本人が所有して大丈夫と。本人が亡くなって神様が回収しなかった場合は、王家に所有権が移動するらしい。んじゃ、取り敢えずは問題無いかと。文面は印刷してみて確認しよう。
そんな事を考えていると、残った身内の列席者に声がかかる。家族と言う事で最終目的地の町中央まで馬車を出さないといけない。その為の人員整理と馬車の準備が整ったとの事だ。中央は中央で既に重装兵と軽装兵が護衛中の筈だ。斥候はちょっと別の用事がある。
「では、我が孫よ。後程な」
お披露目が終われば、身内を招いて、温泉宿の大ホールで食事会だ。そのまま一晩泊まって、明日は接待として町の案内となる。
家族と言う事で、貴族、民、関係無く共に向かう。冠婚葬祭に関しては貴族も、民も関係無い。特に貴族が民を、民が貴族と結婚する事なんてありふれているからだ。
静かになった拝堂の中で、仲間達が顔を見合わせて苦笑を浮かべる。
「色々お疲れ様だけど、無事、式が終わって何よりだ。皆、改めておめでとう」
そう告げると、皆、面映ゆい笑みを浮かべた。




