第539話 結婚式当日~新たな式次第
皆で海の村までの打ち合わせをしていると、教会の扉が解放されたのか、ざわざわとした雰囲気が伝わってくる。女性陣はやっとかと若干一名以外は微笑みを見せる。
ロッサは少し緊張気味で、ドルの手を握って、ガクガクしている。ドルが何かを耳元で囁く度に少しづつ落ち着いているので良いかなと。リズとフィアは二人で思い出話に花を咲かせながら、にこやかに笑っている。カビアはきりっとしているが、ティアナは我慢出来ない様子で、いつものクールな顔が少し崩れてデレデレとカビアにくっついている。私とロットは斥候隊が散っての警護状況を再確認しながら、時を待つ。
ふと、何の気無しに、窓を薄く開けてちらりと外を覗くと、教会の入り口から、公園を抜けて見えなくなるまで人が集まって、列を成している。
「うわぁ……。これ、町の人、総出で出て来ていないかな……」
ぼそっと、呟くと、皆が何、何と寄ってくる。場所を変わって、皆が覗くと、おぉとかひぃとか感嘆や悲鳴が聞こえる。結婚式の後はお披露目として、町の中央まで練り歩く。ロッサが蒼白な顔で冷汗をだらだら流し始めているが、ドルが懸命に落ち着かせる。
楽師達の調律の音が微かに聞こえ、徐々にざわめきが静まっていく。
扉がノックされ、入場ですと侍女が伝えてくれる。
「じゃあ、ロット、フィア、おめでとう。先陣の切り込み、頑張ってね」
そう告げると、二人がにこりと笑い、フィアがブンブンと手を振りながら、扉を抜ける。話し方で粗雑な印象を与えるけど、フィアは淑やかに着実にドレスの裾を調整しながら進んでいく。軽快な音楽が響き、拍手の音が聞こえてくる。
「宣誓だね」
リズが、横に立ち、そっと伝えてくる。この世界の結婚式は、教会で、神に結婚後の未来を宣誓すると言う形になっている。今教会にいる人間が見届け人と言う訳だ。
音楽がいつしか止み、静寂が訪れた後に、先程を遥かに上回る拍手と音楽が流れる。安堵の顔のロットと紅潮したフィアがにこやかに部屋へ戻ってくる。
「へへ。付き合い始めたのはリズが先だけど、結婚したのは僕が先ー」
「もう、そんな事で張り合わないでよ……。おめでとう、フィア」
幸せそうにロットに体を預け、両手を上げて喜びを表現するフィア。
それを横目に、苦笑を浮かべながら、次の二人の見送りに向かう。
「ドル、ロッサ、おめでとう。ロッサ、緊張せずに。皆、祝福してくれているから」
そう伝えると、大きな深呼吸をして、にこりと微笑み、ドルと一緒に、ロッサが出ていく。先程と同じく、静寂と盛大な拍手。仕事を果たした顔のドルと、ふわふわと心ここにあらずのロッサが戻ってくる。リズとフィアがわっとロッサを囲み、祝福する。
「カビア、ティアナ、おめでとう。カビアはきちんと導いてあげてね」
侍女に呼ばれた二人に向かって言うと、ティアナがもう、と口だけで文句を言う。それで緊張が抜けたのか、毅然とした表情で、カビアを引いていく。はは、カビアも大変だ。暫くすると、カビアに支えられて、ティアナがやり遂げた顔で戻ってくる。勝気なところは相変わらずかと苦笑が浮かぶ。わーっと女性陣が駆け寄って祝福する。
「男爵様、用意が整いました」
侍女が現れ、リズの裾を上げてくれる。
「じゃあ、行ってくるね」
皆に、そう伝えると、激励の言葉が上がる。
「リズ、行こうか」
「うん。ヒロ……好きだよ」
「私もだ」
二人で微笑み合い、拝堂への扉の前に立つ。お互い深呼吸をして、顔を見合わせる。用意が整ったところで、部屋の扉を持つ侍女に頷くが怪訝な顔が返る。
「あれ? 音楽が流れていない?」
リズが、不思議そうに言う。『警戒』で確認する限り光点が独立しない程に人が居る筈なのに、一切音が聞こえてこない。
「もう、ここまで来たら行くしかないね」
何と無く、想像は付いた。告げると、リズが力強く頷く。
「うん、一緒にね」
リズの誇らしげな輝く笑顔にくらくらしていると、侍女の手によって扉が開かれた。
その瞬間、鳴り響く聞き覚えのある行進曲。拝堂の中は、色取り取りの花弁が舞い散る幻想的な世界に変わっていた。壇上にはロイヤルブルーのドレスを身に纏い、背後からエフェクトを発している、女性が一人。
『ぱぱぱぱーん、ぱぱぱぱーん』
頭の中に響く声に、思わず左手で顔を覆ってしまう。
『シィベギルセ様ですか?』
『いえーす、お客人』
『この曲は?』
『えー、定番じゃ無いの? 折角用意したのに……。ぷんぷん』
全然怒っていない、にやにやした抑揚の思念が頭の中に響く。うわぁ、頭痛い。列席の人々は舞い踊る花と音楽の美しさに圧倒されて、ただただ呆然と眺めている。楽師の人達も初めての音に驚愕しているが、忘れないようにと、一音一音を必死に聞き取っているようだ。
「この音楽……。それに壇上にいるのは?」
リズがくてんと首を傾げる。
「この音楽は故郷の音楽だよ。壇上のは……あー……シィベギルセ様?」
そう告げると、リズが一瞬目を見開き、極上の笑顔に変わる。
「祝福してもらえる、結婚だったんだ」
「あー、ソウデスネ……」
物凄くはしゃいでいるリズには悪いけど、思惑が分かっている身としては、片言になってしまう。はぁぁ……希代の早熟の天才も異世界で自分の作曲した曲が流れるなんて、夢にも思わないだろう。正に、春の昼の夢のようだ。
「お手を、私のお姫様」
そう告げると、リズがそっと左手を伸ばす。右手で捧げるように掲げ、二人でゆっくりと列席者の間を進んでいく。横を通る度に、こちらに気付いた人達が拍手で迎えてくれる。徐々に、音楽よりも拍手の方が大きくなり、壇上前のベンチで一旦止まる。私側にはロスティー達が、リズ側にはアスト達が座って、にこやかに祝福してくれている。
階段を一段先に上がり、リズの手を支え、ゆっくりと壇上に登っていく。壇上に上がった瞬間拍手は最高潮を迎える。
シィベギルセが両手を上げると、一斉に拍手が鳴り止み、耳が痛い程の静寂に包まれる。
ここからは宣誓かと思ったら、ニヤリとシィベギルセが一瞬笑う。
「我、シィベギルセ、そしてここに列席する全ての者の名において問う。新郎、アキヒロ・マエカワ。汝は新婦リザティア・マエカワを健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、生涯を尽くすことを誓いますか?」
繊細なガラス細工が集まって風に吹かれた時のような、音色。涼やかで、軽やかなその音で、定番の言葉を告げられ、噴き出しそうになる。駄目、我慢。
「はい。私アキヒロ・マエカワは、死が私達を分かつまで、リザティアを妻とし、悲しみも喜びも共にし、生涯忠実である事を誓います」
真摯な表情を作り、拝堂全体に響けと声を上げる。その言葉にシィベギルセが晴れやかな微笑みを浮かべた。改めて、リズの方を向き、再度問う。
「我、シィベギルセ、そしてここに列席する全ての者の名において問う。新婦、リザティア・マエカワ。汝は新郎アキヒロ・マエカワを健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、生涯を尽くすことを誓いますか?」
いきなり問われ、一瞬驚いた顔をするリズだが、そのまま微笑み、瞑目する。
「はい。私リザティア・マエカワは、死が私達を分かつまで、アキヒロを夫とし、全ての感情を一緒に慈しみ、共に永遠を歩む事を誓います」
リズの声が静寂の拝堂に響き渡る。誰かが拍手をしようとしたのをシィベギルセが手で制する。
「我、シィベギルセ、そしてここに列席する全ての者が二人の誓いを聞き届けた。その宣誓は命ある限り、二人の心に刻まれよう」
エフェクトが強まり、舞い散る花びらが数を増す。
「では、その宣言を封ずる為、誓いの口付けを」
来ると思ったー。リズの方を向くと、リズがえ? え? と言う顔で戸惑っている。
「諦めて、リズ。シィベギルセ様の狙いはこれだから」
「え、ちょ、ちょっと。こんな人前で、口付け……するの?」
「うん」
真面目に答えると、リズが諦めた顔をした後、そっと軽く顎を上げて目を閉じる。
私が近付き、頬に触れると、一瞬びくっとした反応が返る。緩やかに顔を近づけて行くと、拝堂内の緊張が高まるのが良く分かる。
口付けの瞬間、土魔術で顔の辺りを覆う程度の大きさの石板を作り、念動力で支える。
会場全体に広がる落胆の雰囲気。
『ヘタレー』
『うるさいです。見世物じゃありません』
そのまま、唇に口付けると、リズの目が見開き、緩んだ表情になる。お互いに抱きしめ合い、口付けを続ける。
『長いよー』
『しろって言ったの、シィベギルセ様です』
つとと、雫の橋を作り、潤んだ瞳のリズから顔を離す。そのまま、石板を壇上にゆっくり落とそうとすると、こちらの制御では無く勝手にふわりと舞い上がる。
コホンと咳き込み、シィベギルセがはしりと手を叩くと、石板に光のエフェクトが走り、文字が刻まれていく。
『宣誓文、刻んどくねー』
『恥ずかしいから、止めて下さい』
『だって、どうせ、この形式が定番になると思うよー?』
その思念が流れて来て、頬がひくりと動く。ですよねー。絶対に真似しそうだ。シィベギルセ役とか決めないと駄目かぁ。あぁぁぁ、面倒臭い。でも、これ、ブライダル業が生まれるか……。ふむぅ。
「ここに宣誓はなされた。二人に永き祝福のあらん事を」
そう告げて、シィベギルセがエフェクトを強め、界を渡る。再度、鳴り響く行進曲。はぁ、置き土産か……。
リズと二人で列席者の方に向き直り、手を振ると、皆が立ち上がり、笑顔の中、爆発的な拍手の渦に包まれた。




