第534話 式前日の夕ご飯~スープ、メイン魚、メイン肉、主食、デザートまで
2016年10月28日に第一巻がGCノベルズより発売致します。
ISBN-10: 4896375912
ISBN-13: 978-4896375916
どうぞよろしくお願い致します。
スープ用の深皿をもう少し深めに作ってもらったカップに、白い四角とぽてんと丸い白い物。その上に今年最後の菜の花の蕾を乗せて、出汁と味噌から出る醤を少しだけ。この国でお澄ましなんて見た事も無い。
「では、少しお腹を温めましょうか」
微笑みを浮かべて、皆に伝える。
「あら……可愛らしい。でも、中の具材は先程の甘いものなのかしら?」
ペルティアがにこりと微笑みながら、頬に手を当て、首を傾げる。
「四角い物はそうです。丸い物はまた別ですね」
私がそう答えると、あら、楽しみねと両手で取っ手に軽く手を添えて、ペルティアがカップを傾ける。テラクスタ達も我に返ったように、カップを上げる。口に付けた瞬間、テラクスタ達の顔が狐に抓まれたように変化する。
「これ、見た感じは単純そうなのに、驚きだ。複雑だね。海の魚の香りがする。生臭いのは少し苦手だけど、これは生臭くない」
ノーウェがほぅと息を吐きながら言う。
「ここまで海から離れていて、何故か!? ただただ、美味しい。臭みを感じない……。塩味もそれほど強くない。なのに、海の香り。訳が分からん……」
テラクスタが声を上げる。そりゃ、海に面している領地は水産物を内陸に持っていきたい。幾ら獲っても減らない物だ。無限に金になるはずなのに、足が早い。結局塩漬けにしか出来ず、コストがかかる。出回る魚も高価だ。
「南の海で沖に出られると、潮が変わるかと思います。ご存知ですか?」
テラクスタに問うと、頷きが返る。
「うむ。新しい型の船が出来れば試験航海は行う。風が良ければ二時間程も走れば、流れががらりと変わるな」
「その辺りから、海の温度が変わり、深さが増します。海の中で植物が繁茂しているのはご存知ですか?」
「底の方からひらひらと舞っているのは微かに見えるが……」
テラクスタが答えると、ガレディアも頷く。二人一緒に沖まで出ているのか。事故が無いとも限らないのに豪儀な。いや、その安全性を認識させる為に率先しているのか……。
「その植物を干した物が良い味を出します。それに、後から出てくる魚の骨を焼いてから炊きました。両方を合わせると、それだけで複雑な味になります」
「そんな単純な事で……」
テラクスタが絶句していると、ロスティーが匙でぱくりと豆腐の方を食べる。
「ふむ。甘い物と想像して食べてみれば、その甘みが塩気と合うて、美味いな。豆の香りと合わさり、なお複雑になるか……」
ふふと、優しい笑顔でロスティーが微笑む。その横でペルティアがもう一つの丸い物を匙で掬いぱくりと口にする。
「ん? んん。ふふふ。何かしら、これ。不思議な感触。むちゅって歯が通って、ぷちゅりと抜けるの。弾力も気持ち良いわ。初めてよ、こんな感触。スープの味を吸って美味しいの」
ぽてんとしている物は強力粉が有ったので、作ってみた生麩だ。塩と水を加えて捏ねて寝かせた後は、水の中で揉んでグルテンだけ取り出し、蒸せば良い。ただ、蒸し器はまだ開発が終わっていないので、今回はちょっと無精して茹でた物になる。
「それは、小麦粉から、弾力の部分を取り出して固めて茹でた物です。歯触りと消化が良いのが特徴ですね」
「あら、そんな事が出来るの? なんだか、魔術みたいね」
「簡単に出来ます。もしよろしければ、作り方を記しておきます」
そう言うと、ペルティアがロスティーの方を見つめる。ロスティーが生麩を口にして、噛み、微笑むのを見て、嬉しそうに、こちらに頷く。あぁ、喜ぶ顔が見たいか。
テラクスタが尚もわいわいと色々と聞いてくるのを、ロスティーが窘めながら、スープが終わる。
カップを下げると、ふわりと香ばしい匂い。
「お腹も出来上がってきたでしょう。ここからは少し、重たい物です」
皿の上には、大きな半身の桜色。干したマダイを焼いた物が皮の間からぷつぷつと脂を染み出しながらでんと乗っている。皮は焼いた後に剥いて乗せているし、骨の処理は終わっている。
「おぉ、海の魚か。塩が出来れば当然よな」
ロスティーがにこにこと、フォークを当てると、するりと皮がずれるのに怪訝な顔をする。そのままずらして身を切り口に頬張る。その瞬間、横の席から、がたりと音が響く。
「塩抜きをした魚を焼いたものではない? この魚はよく食べる。しかし、このように身が締まり、味が濃くは無い。塩漬け? 水で洗えば味が抜けてスカスカだ。生の魚を焼いたものより、臭みも無く、美味いかもしれん……」
テラクスタがわなわなと口を震わせながら、誰に言うでもなく、言葉を紡ぐ。
「うん。驚いた。海の魚なんて、塩漬けしかないし、塩抜いちゃうと、ぼけた味になるよね。でも、しっかりと味はするし、脂も濃厚だ。テラクスタ伯爵閣下に招待されて、海に行った際に同じ魚は食べた記憶があるけど、ここまで美味しくなかった。違うか。美味しかったけど、これとはまた別の美味しさだ」
ノーウェが不思議そうにこちらを見ながら首を傾げる。
「はい。これは塩水に浸してから、干した物ですね。干した際に美味しさを司る物が少し変化します。より強い美味しさに変わると言う感じですね。流石に塩漬け程は日持ちはしませんが、十日から十五日程度は大丈夫です」
その言葉に、テラクスタがこちらを振り向く。
「この品質で……十日……持つのか?」
「はい。テラクスタ伯爵閣下の領地全体、ノーウティスカまでは十分範囲です。塩の消費量も格段に減りますし、商圏が広がりますね」
そう告げると、からりと、テラクスタの手から、ナイフとフォークがテーブルに落ちる。慌てて、侍従達が交換するが、気付いてもいないだろう。うん、莫大な利益を生む。その計算でフリーズしちゃっている。
「こっちでも、うちの領地まで持ち込めるんじゃないの?」
ノーウェが不思議そうに言う。
「そうですね。トルカ辺りまでは大丈夫でしょうが、その先はちょっと怪しいので。それであればテラクスタ伯爵閣下の領地より仕入れられるのが一番かと。私は、この町の消費量を確保する。後は、トルカまでの宿場町が出来ればその辺りに納品する程度ですか」
「はぁぁ、君、本当に欲が無いよね……」
「思惑は色々ありますよ?」
にこにこと告げると、ロスティーが呵々大笑する。
「テラクスタ、後で話をすれば良いではないか」
その言葉にテラクスタがはっと我に返り、赤面して、むしゃりむしゃりと魚を美味しそうに頬張る。
その姿を皆が微笑ましく見守り、皿が下げられる。
今度は、違う香ばしさと、脂の焼ける何とも言えない芳香が広がる。
「イノシシの味噌漬けを焼いた物です」
味噌? と聞きなれない言葉に皆が首を傾げる。
「今、開発を進めている、新しい調味料です」
そう告げると、ロスティーとノーウェは苦笑を、テラクスタは驚愕の顔でこちらを向く。
「どうぞ、温かい内にお召し上がり下さい」
そっとフォークを刺して、ナイフを入れるとすっと通る。口に含むと、ほのかに焦げた味噌の香りと、イノシシの脂の香りが調和し、全くイノシシの臭みを感じさせない。噛んでもふわりと歯が通り、肉汁が口の中全体に広がり、味噌と混じり、甘辛い旨味だけが迸り、口の中で踊る。
「あぁ、これは柔らかいわね。もう、歳を取ってから、中々お肉が食べづらいと思っていたのだけど、これは食べられるわ。この香りも私は好きよ」
ペルティアがふんわりと嬉しそうに微笑みながら、もきゅもきゅと咀嚼して、ほっと息を吐き、しじみじと告げる。
「これもそうだ。先程の魚もそうだけど、ビールと一緒に食べていると、もう、飲んでも食べても全然足りないって感じるよ。あぁぁぁぁ、まんまと君の策に乗せられているようで悔しい。でも、美味しい」
ノーウェがお道化て言うと、皆が笑う。
「この調味料も大豆から作るものですね。将来的には広めていきたいです。日持ちもしますので、国の端々まで輸送可能です」
そう言うと、唖然とした顔が返ってくる。はて?
「新しい調味料か……。利権だよね。父上……」
「うむ。我が孫は、本当に……。調整は考えねばならんな……。もう酒と言い、魚と言い、調味料と言い。あー、食後に話す。今は楽しませよ」
ロスティーが遂に処置無しと、両手を上げて、むしゃりむしゃりと、肉を喰らう。
「肉を漬けると柔らかくする働きもありますし、味を移す事も出来ます」
そう告げると、ロスティーとペルティアが優しい顔で微笑みを浮かべてくれる。
ゆるりと肉と付け合わせを食べながら、談笑を楽しんだ。
皿が下げられると、最後に優しい香りが広がる。
「では、最後に主食になります。先程の味噌で作った粥です」
器の中には、味噌汁の中に大麦が沈み、卵の千々とした姿が、対流に合わせて、ゆらゆらと健気に踊る。
ペルティアが匙で掬い、口に入れた瞬間、笑み崩れる。
「あらあら。何とも言えない甘さ。それなのに塩味もきちりとしているの。味も複雑。なのに優しい。良いわ。嬉しくなっちゃうわね」
ペルティアの微笑みを肴に食事は以上となる。
「さて、食事は以上となります。少し、口を直す為に甘い物とお茶を用意しております」
皿を下げて、窓を開けて換気を行う。食事の匂いが篭ったままだと落ち着かないし、暖炉も赤々と灯っている。
暫く換気を行った後に窓が閉められ、小皿とティーカップが用意されていく。
皿の上にはおからクッキーと小さな深皿に白い液体。お茶はショウガベースの消化を助けるブレンドのハーブティーになる。
「少し割って、液に浸してから、お召し上がり下さい」
「液とは……乳か? しかし、時期が合わん……」
テラクスタがまじまじと眺めながらぼそりと呟く。
ふわりと湯気がほのかに上がる白い液体に、クッキーを含ませて、はむっと頬張る。うん、おからクッキーだけだとぼそぼそして、ちょっと食べにくかったけど、少し砂糖を加えた豆乳に浸す事によって、しっとり美味しく食べられる。おからと豆乳だから、相性もばっちりだ。
「豆腐、ありましたよね。あれの原料です。大豆の搾り汁です」
そう告げると、皆が真似をして食べ始める。この国の甘味はだだ甘い。砂糖漬けの果物とか、クッキーでも卵も入っていないし、砂糖が入り過ぎて、べたべたする。
「はぁ……。繊細……なのね。ふふ。こんなに柔らかな甘さ、初めて。口が嬉しい……」
談笑以外は口にしなかったガレディアがふと何かが緩んだように、優しく口を開く。その肩をテラクスタがそっと抱く。その姿を見て、皆が、微笑みを浮かべる。
お茶を飲み終わると、ロスティーがこちらを見つめてくる。時間か。
「さて、皆様。夕ご飯は以上となります。少し、話をしないといけないので、リズ、女性陣のお相手をお願い出来るかな。遊具は使って良いし、ベティアスタさんも呼んであげて欲しいかな」
「うん。分かった。では、お婆様、奥方様、どうぞこちらへ。お婆様は遊具で遊ばれた事は?」
「えぇ。リバーシは遊びましたよ。他にもあるのかしら?」
「はい。ご説明します」
そう言いながら、リズが楽しそうに、皆を連れていく。その姿に、そっと息を吐く。
「さてさて。食事も終わりと言う事で、河岸を変えましょうか」
そう告げると、男性陣が席を立つ。私は先導で、部屋を後にした。




