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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第二章 異世界で男爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第532話 北に住まう者の幸せ

 うちとロスティーの侍従が待機している前を目礼しながら通り、扉をノックする。ペルティアの応答が聞こえてきて面食らう。中にも侍従を置いていると思っていたのだが……。用向きを告げると、どうぞと言う返事が聞こえたので扉を開ける。中を覗くと、ソファーにかけたロスティーとペルティアだけ。あっさりめの部屋着に軽く襟元を崩して、窓からの風に当たりながら涼んでいたようだ。


「侍従を置かれてらっしゃるかと思いましたが……」


 そう告げると、ロスティーの眉根に皺が寄り、それを見たペルティアがくすりと微笑む。


「向こうに滞在中もそうだが、移動中も含めて付きっ切りで顔を見合わせておったのでな。警護の意味合いもあるが、ここも警護はしておろう。孫を信じろと言うて、外に出した。用向きがあれば伝えれば良いだけなのでな」


 まぁ、人を使うのが権力者の仕事だが、四六時中付き纏われ続けるのもそれはそれで嫌か。斥候が巡回しているし、安全はほぼ保証されている。人外レベルの『隠身』には通用しないだろうが、そのレベルの人間を使える権力を持つ者は目前の人間くらいだ。 


「警護はしておりますが……。あまり羽目を外すと、領地に戻られてから嫌味を言われそうですが」


 そう言うと、若干ぶすっと度合いが増し、ペルティアのくすくすも大きくなる。


「流石に飽いたわ。久々に人らしく、ゆるりと出来る機会故な。いや、広い風呂と言うのは良いな。ペルティアも大層気に入った」


 ロスティーが話をずらしたのを察して、ペルティアもくすくすを止める。


「はい。お話はこの人から聞いていましたが、気持ち良かったですね。北は寒いので、こう言う設備が増やせれば、喜ぶ民も多いのでしょう」


 ペルティアが穏やかな顔でロスティーの太ももに手を添えると、ロスティーも頷く。


「時間が無かった故な。まだ儂自身では動けてはおらぬ。ノーウェ次第だが、春蒔きの件も含めて無理をさせたからな。そこまでは手が回っておらぬだろう」


「ノーウェティスカの方で公衆浴場を試験的に建設して運用実験を行うと言う話は聞きましたが」


「建前であろう。本音は自分が楽しみたいからだ」


 ロスティーが苦笑を浮かべると、ペルティアが再度くすくすと笑う。


「さぁ、おかけになって。私の孫達。ご用件は?」


 ペルティアに促され、ソファーにリズを座らせ、その横に腰を降ろす。


「風呂上がりと言う事で、喉も乾かれたかと。折角ですので、ご一緒出来ればと思いまして」


 そう告げた瞬間、ペルティアの瞳が輝く。


「まぁ、素敵。孫と一緒にお茶を飲むなんて、夢のようだわ。ねぇ、あなた」


「此度は苦労をかけたしな。おまえが喜ぶなら良いが、腹の方は大丈夫か?」


「そうね……。お湯に浸かってからかしら、なんだかお腹が空いたような気がするの」


「それは……あったな。前に樽に浸かった時も疲労が抜けた思いと、腹の調子が良くなった記憶は有る」


 ロスティーが顎に手を当てながら、首を軽く傾げる。


「お腹が冷えると、体全体の調子が悪くなりますし、消化も悪くなります。温める事によって、本来の調子を取り戻したのかと考えます」


「そう……だな。確かに冬場は食欲も失せるな」


 ロスティーが言うとペルティアもこくりと可愛らしく頷く。その瞬間、控えめなノックの音が部屋に微かに響く。私が動こうとすると、ペルティアが悪戯っぽい笑みを浮かべ手で制する。そのまま応答すると、お茶を持ってきたと言う事なので、そのまま通す。


「ふふ。中々この人のお世話をする機会も無いから、嬉しいの。町といい、この館といい、本当に気持ちの良いこと。ふふ、幸せよ。ねぇ、あなた」


「昔は自身で何でもやっておったからな。そう言う意味では窮屈な思いをさせておるな……」


「いいえ。それが役目ですもの。でも、偶には、こう言う暮らしも楽しませて下さいな」


 ペルティアが微笑んだまま、つとロスティーの瞳を見つめる。ロスティーの表情が優しいものと変わる。


「汗もかかれましたし、飲みやすいと思い、冷たいものをご用意致しました。冷えない程度の量ですので、喉を潤す程度にお楽しみ下さい」


 ほんの少し汗をかいたカップには消化に関わる爽やかな香りのハーブをブレンドしたアイスティーが、小皿には艶めかしい真白な四角い物が、それぞれ乗っている。


「あら、可愛らしい。ねぇ、あなた。繊細で綺麗ね」


「ほんに、拘るな。しかし美しい物を食べると言うのも、また一興か……」


 ペルティアの輝くような笑みと対照的なロスティーの苦笑にこちらも笑みが浮かぶ。二人がカップを上げて、こくりと傾けた瞬間の目の見張りようが嬉しく感じる。


「ふむ。これはまた。鼻も口も心地良い。喉は乾いておったが……」


「色々混ぜているのね。でも……うん。良い香り。何だか、香りを嗅いでいるだけで、お腹が空いてくるようね」


 答えをせがむ子供のように、ペルティアがワクワクした顔でこちらを覗き込んでくる。


「はい。消化を助けるもので食欲をそそる香りのものを選別して混ぜております。暑い折に飲む事が多い混ぜ方ですね」


 そう答えると、二人が少し寂し気に微笑む。


「そうか……贅沢だな……」


 ロスティーがしみじみと告げると、匙で豆腐の黒蜜きなこがけを掬う。ただ前にラディアに出した物とはちょっと違う。


「ほぉ……。柔らかな」


 皆で一斉に口に含む。


「あぁ……雪のように解けおる。甘みと香ばしさの後にくる、果物とも違う甘み……。分からん。なんとも懐かしい気はするが……思い出せん」


「あら、本当。滑らかで美味しいけど、懐かしいお味。初めてのお料理なのに不思議なの。ふふふ」


 リズも驚いた顔でこちらを見てくる。最近食事で出している豆腐は基本、木綿豆腐になる。ただ折角なので今回は別に土魔術で作った型箱を用意して濃い豆乳ににがりを加えて、そのまま固まるのを待った、絹ごし豆腐だ。より瑞々しく、滑らかな口当たり。解ける感触もそうだし、味も圧縮されていないので、繊細なのにただただ濃い。


「やっと実売ベースでの生産が始まりました。これを作る際に出る物を利用して作っております」


 懐から、ロスティーの略式紋章が入ったお試し用の塩の包みを差し出す。ロスティーが受け取り、包みを開けて、ひくりと目を見開き、こちらを凝視する。


「出来た……のか?」


「はい。出来ると申しましたのに」


 微笑みそう答えると、ペルティアは話が分からない為、目をぱちくりしている。ロスティーが小指で白い結晶にそっと触れ、ぱくりと銜える。眉を寄せながらじくりと吟味した上で、溜息を吐く。


「岩塩とは若干違うが、塩は塩か……。これであれば、十分な品質だろう。やりおったわ。海から塩を取り出したか」


 ロスティーから差し出された包みをペルティアが受け取り、同じようにぺろりと舐める。


「不思議ね。なんだか、味を感じるのね。何かしら、塩だけで美味しいと感じるの……」


「そうですね。海に含まれる色々な雑味を取り除いていますが、全て取り除かれる訳ではないです。それが味と感じるのかと思います。そう言う意味では岩塩より癖は強いです」


「で、海水塩を作る際に出る物を使うのは分かった。その雑味と言う部分か? では主となるものは何なのだ?」


 ロスティーが少し食い気味に聞いてくるが、ペルティアも興味があるのか、うんうんと頷いてくる。


「大豆です。乾燥させる前は、茹でて召し上がっていると思います。上にかかっている粉は大豆を磨り潰して炒った物です」


 そう言った瞬間、合点がいったのか、二人がソファーに背を預けて、放心する。


「懐かしいと思うたのは、その所為か……」


「ふふ、そうですね。ほんの短い夏に健気になるの。それを茹でてぷちぷちと。昔はよく食べたわ。この生活が長くなって中々食べられなくなったけれど……。そうね、懐かしいわ」


 そこからは厳しい北の大地でどのように暮らしてきたのかを懐かしそうに語り出す二人。お爺ちゃんになると昔の苦労話をしたくなるものだろうけど、ロスティーもかと内心苦笑を浮かべるが、リズは全く知らない話を聞ける機会と楽しそうに相槌を打ちながら、盛り上がる。暫し話していると、ペルティアがそっと席を立ち、窓から外を眺める。


「北の地では、温かい事は本当に幸せなの。夏なお涼しい地ですもの。それが襟口まで開けて涼んだり、こんな冷たいものを食べて美味しいと感じられる。それだけで幸せだわ……。アキヒロ、リザティア本当にありがとうね。幸せな時間を過ごせたわ」


 真摯な感謝の気持ちを受けて、ただただ、頭を下げるしかなかった。ただ、ロスティーがペルティアが心から快の気持ちを感じてくれるのが無性に嬉しかった。

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