第531話 ロスティーの到着と公爵夫人の紹介
町の入り口に着いたと先触れが到着したので、浴場に向かう。お母さん方も入浴が終わり、湯船も洗い場も磨き上げられている。湯船にお湯を生み、足早に玄関に向かう。お客様方は部屋に残ってもらい、いつもの館の面々で玄関に集まり、出迎えの準備をする。
暫くすると、ガディウスを先頭にうちの騎士団が隊列を組んで公園を悠然と進むのが見えてくる。おかえりだな。ちょっと貧乏くじを引いてもらったので、きちんと休暇とボーナスは奮発しないと。それに続き、ロスティーの近衛騎士団とロスティーの馬車が続く。輜重隊達は先に兵舎に入ったのかな。
ガディウスを残し、公園から橋の前を騎士団が固める。そのままガディウスが先導しながら、ロスティーの一行が門を通り、進んでくる。領主館前で整列し、ガディウスと馬車だけがロータリーに入り込む。ガディウスが速度を上げて、玄関前で手綱を引き、馬を止める。ひらりと降りると、つかつかとこちらに歩んでくる。私の前で、跪き頭を下げる。
「男爵様、警護の任及びロスティー公爵閣下の先導の任、完了致しました」
「御勤めご苦労。よく無事にお連れしてくれた。現時刻を持って、該当の任を解く。ゆるりと休んでくれ」
「はっ」
ガディウスが頭をあげた瞬間、眼前で私が膝を曲げ中腰になり、そっと囁く。
「本当に助かった。何か有れば一大事だった。国を守る仕事、お疲れ様。休暇と臨時金を支給するからゆっくりと休んで欲しい」
「男爵様……。ありがとうございます。騎士達も喜びましょう」
「うん。ガディウスは済まないが、後程報告だけお願いしたい。少し休みは先になるが許して欲しいな」
「はは、その程度。畏まりました」
ガディウスが若干憔悴した顔に微笑みを浮かべ、立ち上がり、馬を引く。そのまま公園前の騎士団と一緒に一旦兵舎に戻るらしい。
馬車の扉が開かれ、久々のロスティーと手を貸されてゆっくりと降りる上品な老齢の女性。
「ロスティー様、厳しいお勤めお疲れかと思います。体調の方は如何ですか?」
聞くと若干苦笑交じりの笑みが返る。
「変わらんな。しかし此度の任は流石に堪えた。暫し休ませてもらうぞ」
「ごゆるりとお休み下さい」
「ふむ。紹介が遅れたな、妻のペルティアだ」
老齢ではあるが往年の美貌、気品は健在だ。それに包み込むような優しい雰囲気を感じる。
「初めまして、アキヒロ。私の孫。ペルティア・ウェンティよ。ふふ、良い顔ね。貴方のような人を孫に出来て光栄よ」
目礼を送ってくれるのに、礼を返す。背後のリズに手を振ると、駆け寄ってくる。
「こちらは、婚約者のリザティアです」
「初めまして、ペルティア様。リザティアです。どうぞ、よろしくお願い致します」
少し緊張気味にリズが挨拶をすると、ペルティアが少し目を見張り、微笑みを強くする。
「ふふ。可愛らしいお嬢さん。ロスティーから話は聞いているわ。孫が二人も出来るなんて、素敵。よろしくね」
ペルティアがリズの頬に触れて、嬉しそうに眺める。少し、あわあわとするリズをロスティーと一緒に眺めて微笑む。
「途中で合流なさったのですか?」
「うむ。北から下るのであれば、真っ直ぐ進む方が早いのでな。もうこの歳だ、出来れば短い方が良かろうと言う話になった」
「そうですか。しかし、お疲れでしょうし、冷えていらっしゃるかと。何か軽食などは如何ですか?」
「ふーむ。携帯食や塩気、油の多い食事ばかりで腹の具合がな。温かい物は喜ばしいが、少し受け付けんな……」
「では、ご夫婦でお風呂に浸かられては如何ですか? 樽では無く、浴場をご用意しておりますが」
そう言うと、樽ではないと言う風呂に興味を持ったのか、ロスティーの目が輝く。
「ほぉ。それはありがたいな……。風呂か。確かに体を温めるには丁度良いか……。してノーウェ達はどうしておる?」
「暫し前に到着なされて、温泉宿に向かわれました」
その言葉を聞くと、ロスティーが額を押さえて溜息を吐く。
「あやつらは……。もう良い歳と言うのに、自由な。ペル、話をしておった風呂が館にあるそうだ。どうか?」
ロスティーが問うと、リズの頬をふにふにしていたペルティアが嫣然と微笑む。
「大層良いと仰っていましたね。でも、ご一緒してもよろしいのでしょうか?」
「基本は男女で分かれておりますが、家族風呂としてご家族で入る風呂も用意しております。館の風呂は身内しか使いませんので、是非に。旅の汚れと疲れを落として頂ければと思います」
そう告げると、ペルティアが何か楽しい事があったかのように満面の笑みを浮かべる。この婆ちゃんは本当にチャーミングだ。
「では、甘える事にしましょう」
ペルティアが言うと、ロスティーが頷く。私は背後の侍女に手を振ると、二名が前に出る。
「では、ロスティー公爵閣下と奥方様のご入浴のお手伝いを。上がられた後は、応接室にお連れして」
「畏まりました」
そう言って一礼すると、侍女の二名がロスティー達を先導する。館の中に消えていく二人。すると、近衛騎士団が馬首を回し、整然と隊列を組み直す。兵舎の方に向かうつもりかと思うと、優雅に常歩で進んでいく。
近衛が去ると、玄関の前でほっとした雰囲気が広がる。
「皆さん、お出迎え、お疲れ様でした。後は夕ご飯まではご自由にお願いします」
そう言うと、ぞろぞろと館の中に戻って行く。
「リズもお疲れ様。お婆様はどうだった」
「うん、優しそうな方だったよ。でも、ぷにぷにとされてどうしようかと思った」
「あはは。可愛らしい方だったね」
「そうだね。あんな感じになれれば良いなぁ」
リズがほわっと陶酔するように虚空を眺める。
「リズもきっと魅力的になるよ」
「ふふ、ありがとう」
「さて、リズはアストさんの部屋に戻る?」
「んー。兄さんの様子も聞けたし大丈夫」
「じゃあ、ちょっと部屋でゆっくりしようか。これからが本番だけど、ちょっと気疲れしちゃった」
「私も。夕ご飯、ちょっと怖いなぁ」
「まぁ、話はこっちがするから食べて聞いているだけで大丈夫」
そんな話をしながら、部屋に戻る。扉を開くと赤ちゃん達の襲撃の余波から回復したのか、タロとヒメが起きて、箱から出てくる。ソファーに並んで座ると、器用にひょいっと飛び上がり、私とリズの膝で丸くなる。
『ちいさいの、すごいの、あたたかいの』
『ちいさい、やわい』
ちょっと興奮しながら、赤ちゃんに関する事をワフワフ、ウォフウォフ言いながら、説明してくれる。『馴致』の無いリズはちんぷんかんぷんだと思うが、見るとクスクスと笑っている。
「もう、子供がお母さんに色々説明しているみたいで面白いの」
リズが笑いながら言う。暖炉の前で温かい空気を浴びながら、二匹の止め処ない赤ちゃん談義を聞きながらゆったりと撫でつける。ワシャワシャとすると、ひゃーと言う感じで喜ぶ。しかし、少し前まで赤ちゃんはタロの方だったのに、成長が早いなと少しだけ嬉しく、少しだけ寂しく思う。可愛らしい時期はあっと言う間か。
窓からの明かりが夕暮れには早いがほのかに茜を帯びてきた頃に、扉がノックされる。二人が風呂を上がった旨の報告だった。
「さて、軽くお茶といこうか。流石にちょっと疲れたし、喉が渇いた」
そう告げると、リズも嬉しそうに頷き、立ち上がる。二匹は大人しく、箱に戻る。
二人が気に入ってくれると良いんだけどな、そう思いながら、応接室へと向かい、歩き出した。




