第530話 旦那さんが気弱なら、奥さんから攻めてみるのも良いかと
2016年10月05日に関して、更新を二回行っております。
念の為、第529話を確認の上、最新話をご覧下さい。ずれているかもしれません。
暫くすると赤ちゃん達も皆眠ってしまったようで、お母さん方のひそひそとした会話だけが潮騒のように密やかに広がるだけとなった。
「ふふ。可愛いもんさね。でも……、あーぁ。べとべとになっちゃったね。ありがとね」
年長のお母さんが赤ちゃんを抱き上げて、他のお母さん方に渡していって道を作り、タロとヒメを助け出してくれる。
『ぷはー、まま、ちいさいのたくさん!!』
『たくさん、ぬくい、ねる!!』
二匹が涎でべとべとになった状態で、興奮したように近付いて来るので、はしっと首輪を捕まえる。飛びかかりたいと言う感情を感じるが、それは勘弁して欲しい。服が汚れると、ちょっと面倒臭い。リズが苦笑を浮かべながら、興奮するヒメを引き受けてくれる。
「では、食事はもう少し後になります。公爵閣下がお着きになって、一休みしてからになると思いますが、大丈夫でしょうか? もしなんでしたら、先に運ばせますが」
「良いよ良いよ。そこまで気を遣ってもらったら、困っちゃうわ。私らなんて子供の面倒見ていたらいつ食べれるかも分からないんだし。男爵様が気になさるこっちゃないよ」
年長のお母さんがにこりと笑いながら言うと、周りのお母さん方も好意的な視線を向けてくれる。
「では、そのように。暫く滞在頂きますが、お困り事があれば仰って下さい。また、旅もありますので体調の悪い方は遠慮なくお教え下さい」
「はは。そこまで言われるような大した人間じゃないよ、私らは。でも、ありがとうございます、男爵様。この心遣いは忘れません」
告げた瞬間、皆が揃って頭を下げてくれる。
「貴方方は国の恩人です。大切な命を助けて下さっているんですから。その恩は忘れません」
そう伝えると、皆が顔を上げて、花が綻ぶかのような可憐な笑顔を浮かべてくれる。
「まだ、お風呂も入られていないでしょう。時間はありますので、ゆるりと旅の汚れを落として下さい」
言うと、お風呂って何? と言うざわめきが広がるが、そこは侍女にお願いして説明をしてもらう。聞くと、他の皆は一巡したようで、お母さん方が最後のようだ。私は興奮した二匹をリズと協力しながら、部屋まで連れていく事にした。
「きゃー、ヒメ、駄目、ちょ、擦り付けようとしない、あー、汚れる。ちょ、ちょっとヒロ、助けてー」
部屋に戻ると、リズが悲鳴を上げる。こちらもタロの攻撃を防ぎながらなので、しょうがなく大人しくしなさいと強めに伝えると、しゅんとしながら二匹が伏せる。
「いやぁ、大変だった。赤ちゃんの元気は凄いね」
少し大きめで厚めのタライを土魔術で生み、ぬるめのお湯を張る。
「でも、可愛かった。凄く、ぷにゅぷにゅしてた。脆くて、壊れそうだったけど、可愛いの。村だと中々赤ちゃんに触れる事もないし、人魚さんの赤ちゃんとも違ってた」
リズが優しい微笑みを浮かべながら、早口で話し始める。心の中の言葉を、感動を吐き出したいと言わんばかりに、いつにない饒舌さを見せる。
「大変じゃなかった?」
「ううん、大丈夫。抱き上げたら、ぺしぺしって叩かれるの。もっと遊びたいって。ふふ。話せないのに、なんだか言葉が分かっちゃう」
リズがタロとヒメの頭を撫でながら、心底嬉しそうに話す。
「楽しかったのなら、良かった。付き合わせて申し訳無いなとは少し思ったけど」
ぺとぺとのタロを抱き上げて、タライに浸ける。
『ぬくいの、まま、ちいさいの、また、いくの!!』
タロがはふはふと少し興奮しながら、だらーんと脱力する。涎まみれの顔も含めて、全身を綺麗にする。全身のべたべたが流れた辺りでざぱりと引き上げる。
「ごめん、リズ。布取ってー」
「はいはい。どうぞ」
横を向くと、リズが布を持って立っていてくれた。そのままタロを引き上げていると、リズが拭ってくれる。ある程度拭い終わったら、ブローする。タロからひゃーと言う感情が伝わってくるが、楽しそうなので良いかと。十分にふわふわとした段階で、降ろすとすりすりと体を擦り付けてくる。
『タロ、後で。ヒメもお風呂入るから』
そう伝えると、ぺてんと伏せて、ゆるやかにしっぽを振る。機嫌はかなり良い。一旦窓からざばりとお湯を捨てて再度満たす。割れないようにと厚めに作ったからかお湯も含めると結構重い。『剛力』様様だなと思いながらヒメを抱える。こちらは大人しく、ちゃぽりと浸かり、脱力してくれる。タロと同じくしっかりとぬるつきを落として、持ち上げる。ちょっと楽しいのかしっぽを微妙にふりふりしている。リズが拭って、ブローして放すと、タロの横でちょこんと伏せる。
「タロもヒメも偉かったね。お兄さんとお姉さんみたいだったね」
リズがもしゃもしゃと二匹を撫でると、その気持ちが伝わったのか、快の気持ちが流れ込んでくる。リズが撫で終ると、二匹共興奮が落ち着いたのか、そのまま箱に戻るとくわっと大きな欠伸をして、丸まる。流石にあの数は重労働だったか。赤ちゃんだけで三十人を超える。もう、最後は赤ちゃんまみれになっていたし、赤ちゃんに埋もれそうな感じだった。タライのお湯を捨てて中だけ洗っておく。タライは後で砕いて砕石にでも使えば良いか。
「さて、皆、お風呂も上がったみたいだし。ロスティー様が来られる前にきちんとお義兄さん達に挨拶をしておこうか」
「ん。私も久々になるから。色々あって半年以上会えなかったしね。お義姉さんにも挨拶したい」
扉の前で待機している侍女に確認すると、アテン達はアストの部屋にいるらしい。お礼とお茶の用意をお願いし、アストの部屋に二人で向かう。扉を叩くとティーシアの声。挨拶に来た旨を伝えると、扉が開かれる。
アテンから一瞬ぎょっとした顔を向けられるが、別に魔物でも無いんだが。中々、初対面の印象は影響が強い。
「お義兄さん、お義姉さん。ご結婚おめでとうございます。結婚式にも出られなかった不義理をお許し下さい」
背筋を伸ばし、きちりと頭を下げると、あうあうと言う声が聞こえた後に、衣擦れの音が微かに聞こえ、顔を上げて欲しい旨を伝えられる。
「申し訳無いです。今まで貴族の方とお会いする機会も無かったので、どのような態度を取って良いかも分からないのです」
アテンが話しているのを観察すると、いつの間にか、ウェシーが袖をきゅっと掴んでいる。ふふ、良い奥さんだな。
「貴族と言っても男爵です。それに爵位は公式の場でしか使う事もありませんので、お気になさらず」
微笑みを浮かべて告げてみるが、固さが抜けない。
「アテン。お客様なのだから、せめて席にかけてもらわないか」
アストが助け舟を出してくれると、あわあわと上座を指し示してくれる。
リズと二人でソファーに腰かける。向かいにアテンとウェシー、横手にアストとティーシアが腰を降ろす。
「兄さん、本当におめでとう。お義姉さん、改めまして、初めまして。リザティアです」
リズが頭を下げると、ウェシーが嬉しそうに微笑む。
「初めまして、リザティアさん。アテンの話の通り、可愛らしいんですね。お会い出来るのを楽しみにしていました。少し、驚きましたが」
ウェシーがそう言うと、アストとティーシアが笑い声を上げる。
「すまんな。私達もどう説明して良いのか分からなくてな。客人が気付けばリズの伴侶で貴族様だ。誰が信じる」
アストがお道化て言うと、皆が笑う。アテンも乾いた笑いを上げている。
「その節は本当にお世話になりました。行く宛ての無い私を泊めて頂くだけではなく、格別の配慮を頂きました。そのお蔭で今日こうして過ごせるのですから」
アストに言葉をかけると、面映ゆいような表情が返ってくる。
「でも、アキヒロさんが先にリズを口説いたんですもの。きちんと責任は取って頂かないと駄目ですものね」
ティーシアもノリノリで突っ込んでくる。
「はい。少しの誤解はありましたが、事実です。共の生活の為と頑張ってきましたが、明日やっと念願を果たせる事は喜ばしいと考えます。やっと一緒になれますので」
告げると、そっとリズが手の上に手を乗せてくれる。その姿を見たアテンがそっと溜息を吐く。
「アキヒロさん、動転して失礼な態度を取りました。それに関してはお詫び致します。どうか妹を幸せにしてやって下さい」
そう告げるアテンの目は先程までとは違い、真摯に強いものだった。あぁ、身内、妹の結婚だ。大事だよな。
「はい。共に永遠を歩むと約束しました。幸せにします」
「兄さん、ありがとう。私、幸せになるね」
二人で告げると、ふしゅーっと空気が抜けたようにアテンが萎む。アストとティーシア、リズが苦笑を浮かべる。
何気なく二人の状況を『認識』先生に聞いていたが、少し気になる点が聞こえた。
「私、神術も使えるのですが、そう言う意味では薬師の真似事も出来ます。お義姉さん、太陽に当たると皮膚が痒くなったり、異常をきたす事はありますか?」
突然の問いだったが、どうも心当たりがあるのか驚いた顔が返ってくる。
「はい。夏場の強い日差しを浴びると体調を崩しがちで。家が農家なので夏場は忙しいのですが、中々手伝いも出来ず心苦しいばかりでした」
軽度の日光アレルギーと言うのが聞こえたが、間違い無いか……。通りで農家の娘さんと言うのに抜けるような白さだと思った。
「んー。神術で治すにも体質の問題なので、少し難しいですね。強い太陽に浴びなければ問題は無いかと思います。今後は内向きの仕事が増えると思いますので、あまり気にせず生活して下さい。体質は歳を取ると、勝手に変わる事もありますので、気長に考えれば良いと思います」
そう伝えると、ウェシーのほっとした表情が返ってくる。
「私がやっていた仕事は引き継いだから、その辺りは大丈夫だと思うわ。アテン、しっかり稼ぎなさいよ。大事な娘さんなんだから」
ティーシアが言うと、アテンが首を引っ込めながら頷き、ウェシーが嬉しそうにそれを眺める。
「色々と私が仕事を増やしてしまった部分もありますので、そこはお義姉さんには申し訳無いと考えています」
「いえ、猟師でこんなにお金が稼げると思っていなかったので……。石鹸ですか? それに油かす。どちらも作った端から売れていってしまいますので、呆然としています」
唖然とした顔で、ウェシーが言うので、再度皆で笑ってしまう。
「実際にお使いになって如何でした?」
「はい!! 凄く気持ち良いです。なんだか、一枚何かを脱いだ気分です。それにあんなに沢山のお湯に浸かる贅沢、生まれて初めてです」
やはり女の子なのか、この辺りは変わらない。
「町の西に歓楽街を別途用意しております。そちらに温泉宿がありますので、是非そちらもお楽しみ下さい。本日は積もる話もあるかと思いますので、明日以降、部屋はお取りします」
「あの、過分な対応、ありがとうございます。でも、本当に良いんでしょうか?」
アテンがおろおろとこちらやアストを見回してくる。
「折角の機会ですし、お義姉さんと一緒にお楽しみ下さい」
そう告げると、こくんと頷きが返る。色々あってやっと肝が据わったのか、薄くだが、笑みも浮かんでくれる。
このタイミングで、扉がノックされる。リズが立ち上がろうとすると、ティーシアが制する。声をかけるとお茶の用意だったので、そのまま運んでもらう。
ここからはリラックスしての雑談が続く。リズの過去を聞いたり、ウェシーとの馴れ初めを聞いたり、指揮個体戦などの今までの道中を面白おかしく伝えたり。話す内に緊張も解けて、打ち解けてくれたのは助かった。暫し話し込み、お茶を飲み終わる。
「さて、そろそろロスティー公爵閣下も来られるかな。リズはもう少し話しておく?」
「お爺様の出迎えは大丈夫かな?」
「うん、どうせ夕ご飯の時には一緒に出てもらうから。出来れば積もる話もあるだろうし、親子水入らずで喋っておいで。私が対応するから」
「分かった。ヒロ、ありがとう」
「どういたしまして」
私は中座の謝辞を述べて、席を立つ。部屋を出て、自分達の部屋に戻る。朝処理をしていた仕事は片付いたが、何点か追加の仕事が机に置かれていたので、ロスティーが来るまでと割り切って処理を始める。
空が茜に染まり始める頃に、ノックの音が響く。聞くと執事でロスティーからの伝令が到着し、もう一時間もかからない内に到着するそうだ。仕事をさっさと片付け、服装を改める。
さて、難事を処理した大殊勲者のお帰りだ。盛大にお迎えしないと駄目だなと、気合を入れ直した。




