第529話 森は森で支え切れる限度があります、開発が行き過ぎると自然と戦う羽目になります
暫く待つかとリズにアテンの為人を聞いていると、扉が叩かれる。聞くと執事が木工屋から荷物を預かったとの事。サンタさんが担ぎそうな袋を受け取り、中を改める。
「何それ、ヒロ」
「ん? テラクスタ伯爵閣下とノーウェ様への贈り物?」
「どうして疑問形?」
「厳密には近衛の人達用だからね」
紐で括られた木札の束をリズに渡す。
「何これ?」
じーっと木札に打たれた内容を確認し、リズが怪訝な顔で聞いてくる。
「ふふふ。偽造だと神罰が下るしね。まぁ、喜んでくれれば嬉しいけど」
リズがなお、目を細めて聞いてくる。
「実物だと駄目なの?」
「そう言う実例は過去よく有ったんだけどね。中々効果が出ないんだよ。だから、強制的に、ね」
「ふーん、そうなんだ。でも結構な量……。解いて良い?」
「良いよ」
そう答えると、リズが紐を解き、ぺらぺらと内容を確認し始める。
「うわー。本当に良いの? これ、全部だよね?」
「宣伝を考えれば、十分な価値はあると思うよ。兵達の情報網も結構侮れないし。家に帰れば家族がいるし、そこから話が色々伝わると考えると、将来的には美味しいかなって」
「むーん。ヒロが考えている事、ちょっとどこか遠くに飛んで分からない事があるよ?」
「うん。まぁ、ご笑納下さいってネタだからね」
「良いのかなぁ……」
リズがちょっと心配そうに言うが、まぁ今後の関係を考えると、先制パンチで笑いを取るくらいで丁度良いだろうとは思う。
解いた紐を再度結び直すと、またノックの音が響く。カリカリと扉を引っ掻く音もするので間違い無いだろう。扉を開けると、タロとヒメがとぅっと言う感じで飛びかかってくる。
「ふふ。町の外れまで往復致しましたが、まだまだ元気そうですね。では、散歩も終わりましたので通常業務に戻ります」
アンジェが微笑みながら、リードと首輪を渡してくる。
「ありがとう。お客様多目だけど、無理はしないようにね」
「畏まりました。ありがとうございます。では」
そう告げると、深々と一礼し、そのまま扉を閉める。
『まま、ままいっぱい!!』
『いいにおい、する』
ん? ままは人が多いからだろう。良い匂いって何?
『んと、んと、ちゅぱちゅぱなの!!』
『まま、におい』
あぁ、お乳の香りか。成分は大分違うけど、どこか似通っているのかな。
「リズ、タロとヒメに赤ちゃんを見せてみたいけど、嫌がるかな?」
「んー。犬とか狼とか飼っている人は飼っているけど。大丈夫だと思うよ。でもどうして?」
「この機会じゃないと、中々見せてあげられないかなと思って。後、南の村まで一緒に行くから、挨拶も兼ねてかな」
「それなら大丈夫かな……。お母さんは安全かどうかは気になると思う」
リズが虚空を見ながら、少し考える。
「一緒に行こうか。私も赤ちゃん見てみたいし。少し説明するよ」
そう言うと、リズが率先して立ち上がる。念の為、タロとヒメに首輪を着けて首輪を握る。
「それだとありがたい。一緒になっていきなり泣かれても大変だろうし。少しだけでも慣れてもらえると嬉しいかな」
「じゃあ、行こっか」
リズと二人で、再度大部屋に向かう。リズがノックして先に入り、扉が閉められる。暫くすると、扉が開きちょこんとリズが首を出す。
「大丈夫だって。入って」
にこりと微笑みながら、リズが告げる。
『大人しくしてね』
『はいなの』
『はい』
部屋に入ると、暖炉で暖まった空気の中、むせかえるような乳の香りが広がる。食事の後は眠っているのかなと思うと、思ったよりも活発にベッドの上で動き回っている。
「あら、まだ子供なのね」
お母さん方でも年長の人が微笑みながら、タロとヒメを撫でる。はっはっと息を荒げながら、しっぽを盛んに振る二匹。
「ふふ、可愛いわね。うちの子だともう大きくなっちゃって、太々しいのに」
女性がそう言うと、大きな笑いが起こる。
「放してもよろしいですか?」
「大丈夫よ。きちんと躾けられているようだし、慣れているから」
女性がそう言うと、他の皆も頷くのでそっと二匹を放す。そろそろと近くの赤ちゃんに近付くと、クンクンと匂いを嗅ぎ始める。その鼻元にあーだーとぺちゃりと赤ちゃんが手を伸ばしてくる。
『ちいさいの!! まま、ちいさいの!!』
『ちいさいぱぱ、おおい』
あぶーとか言いながら、ぺちぺち叩かれているが、楽しいのかクンクンと嗅ぎながら、顔を擦り付ける。赤ちゃんも肌触りに興味があるのか、盛んに接触しようとする。
「物怖じしませんね」
「はは。村の中じゃ結構犬やら狼を飼っている家は多いからね。領主様が平地を広げてくれたけど、その分森が狭くなったのか狼が群れて出てくる事も多いんだ。ヒツジやらヤギは襲われると困るんでね。犬や狼なら群れが近付いてきたら知らせてくれる。良い子達だよ」
興味深そうにタロとヒメが周囲を回っていくが、触っていた感触が無くなると寂しいのか、赤ちゃんが泣き出す。あらあらと、皆が敷物の上に赤ちゃんを並べていくとずりずりと集団がタロとヒメを襲う。
「しかし、もう寝ているものと思いましたが、元気ですね」
「あぁ、お乳かい? そりゃ、匂いに釣られて泣いていたけど、お腹が空いた訳じゃ無いからね。ちょっと時間がずれているのさ」
お母さん方と話していると、タロとヒメが伏せてぺにゅぺにゅと肉球で触ると、赤ちゃんが盛んに笑っているのが見える。ただ、油断した隙ににじにじとのしかかられて、動けなくなっている。
近くで様子を見ていたリズが恐々と抱き上げると、赤ちゃんが泣き出す。
「あらあら。奥様はまだ子供は慣れていないかい。恐々抱くと不安が移るからね。それに触ってるんが楽しかったんだろう。ほらほら」
子供のお母さんがあやすと、また機嫌が良くなり、タロとヒメに手を伸ばす。そっと下ろすと、またずりずりと近付いていく。
「ふふ。遊び相手が出来て喜んでいる。良い子だね。目を見たら、どんな子かは大体分かるけど、とびっきり良い子だ」
先程の年長のお母さんが近付いてきて、呟く。
「そんなものですか?」
「きちんと躾けていないと、怖いのは怖いからね。見たらきちんと分別も弁えているようだし、良いかなってね。でも本当に賢くて良い子だ」
肝の座った顔で微笑みを浮かべるのを見て、苦笑が漏れてしまった。
「やはり、母は偉大ですね」
「なんだい、男爵様が」
鳩が豆鉄砲でも食らったかのような顔になる。
「いえ、女性には敵いません」
そう答えると、くすくすと笑われる。
「それくらいが良いじゃないかい。奥様もそこまで思われてれば、家庭も安心だよ」
そうやって、にじにじと登ってはリズに下ろされるのを続けていると、疲れたのか赤ちゃん達がそのままぱたんと電池が切れるように眠り始める。
タロもヒメもくるりと丸まり、冷えないように赤ちゃん達を温めている。そのほのぼのとした光景を見て、皆でくすくすと笑ってしまった。




